テラーノベル
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─あらすじ─
Psycer Brain -サイカーブレイン-
「神に抗え。その力で運命を変えろ。」
―突如として世界に現れた「能力者」。
それぞれが異なる能力を宿し、その力は人々を救う希望にも、世界を滅ぼす災厄にもなり得た。
主人公である高校生・一之瀬ソウヤは、仲間たちと共に能力の謎を追いながら、人々を守るため戦いへ身を投じていく。
そして能力者社会そのものを揺るがす数々の勢力が動き始めていた。
やがてソウヤたちは、受け継がれる能力者の歴史と人知を超えた存在を知り能力の真実へと辿り着いていく。
仲間との絆、宿命、そして運命を覆す戦い。
能力者たちの運命が交差するとき、世界を懸けた戦いの幕が上がる。
―神に抗い、運命を書き換える者たちの物語。
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第一話「知らない時間」
最近、自分のことが分からない。
そう思うようになったのは、いつからだったか。はっきりとは覚えていない。けれど、気がつけば、自分の中に妙な空白が増えていた。昨日まで普通に過ごしていたはずなのに、気づいた瞬間には数時間が経っている。何をしていたのかと考えても、記憶のどこにも答えがない。忘れ物をしたとか、眠っていたとか、そういう単純な話ではない。ただ、自分が確かに存在していたはずの時間だけが、まるで最初からそこにはなかったかのように抜け落ちているのだ。
最初の頃は、それをひどく怖いことだと思っていた。自分の記憶がおかしくなったのではないか、知らないうちに何か重大なことをしているのではないか、あるいは自分自身が知らない自分がどこかにいるのではないか。そんな考えが頭をよぎるたびに、不安になった。それでも、何度同じことが起きても、決定的な何かが見つかることはなかった。だからいつしか、不安よりも諦めの方が大きくなっていた。空白があることそのものに、少しずつ慣れてしまっていたのだ。
その日も、教室のドアの前で一之瀬ソウヤは足を止めていた。
特別な理由があったわけではない。ただ、なぜかすぐに扉を開ける気になれなかった。廊下には授業前の静かな空気が漂い、教室の向こうからはクラスメイトたちの話し声が聞こえている。いつもと変わらない学校の風景。それなのに、扉一枚を隔てた向こう側が、自分とは少しだけ違う世界のように感じられた。ソウヤは小さく息を吸い込み、肺へ入ってくる空気の冷たさを確かめるようにしてから、ようやく扉へ手を伸ばした。
ガラ、と乾いた音を立てて扉が開く。
何人かの視線が一瞬だけこちらへ向いたが、すぐにそれぞれの会話へ戻っていった。笑い声も、椅子を引く音も、机の上に教科書を置く音も、何一つ変わらない。ソウヤは誰にも声を掛けず、自分の席へ向かった。椅子を引いて腰を下ろし、机へ手を置いたところで、自分でも気づかないうちに指先へ力が入っていることに気づく。
まただ。
理由は分からない。何か嫌なことがあるわけでもないのに、身体だけが先に緊張している。ソウヤはゆっくりと指の力を抜き、何事もなかったように黒板へ視線を向けた。
授業は普通に進んでいた。教師の声が聞こえ、黒板には文字が書かれ、周囲では生徒たちがノートを取っている。ソウヤにも内容は理解できている。文字は読めるし、声も聞こえる。自分が今どこにいるのかも分かっている。それなのに、ほんのわずかだけ、現実に触れている感覚が薄かった。まるで自分と世界の間に透明な膜が一枚だけ挟まっているような、説明しようとしても言葉にできない違和感だった。
その感覚を意識した瞬間、頭の奥に小さなノイズが走った。
痛みではない。何か別のものが、自分の意識へ一瞬だけ触れたような感覚だった。ソウヤは眉をひそめ、ペンを持つ手を止める。けれど、その正体を探ろうとした瞬間には、もう何も残っていなかった。ただ、思考の奥に一つだけ、不自然な意味が浮かんでいる。
――大丈夫。
自分で考えたわけではない。
そう感じた。
声として聞こえたわけではない。誰かが耳元で囁いたわけでもない。ただ、その言葉だけが、自分の思考とは違う場所から自然に入り込んできたような感覚だった。ソウヤはしばらく動かず、その意味を確かめようとする。しかし、いくら考えても、それが誰のものなのかは分からない。
「……今の、何だ?」
柘榴とAI

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ゑぬ。
197
94
麗太
49
小さく呟いた声は、自分にしか聞こえなかった。
やがてソウヤは、気のせいだと結論づけるしかなかった。疲れているのかもしれない。最近、記憶の空白を気にしすぎているせいで、普通の思考まで異常に感じているのかもしれない。そう考えれば説明はつく。少なくとも、今すぐ答えを出せるようなことではなかった。
ソウヤは視線を黒板へ戻し、ペンを握り直した。そしてノートへ文字を書き始める。いつも通りの授業。いつも通りの教室。いつも通りの一日。そのはずだった。
けれど、その感覚は長く続かなかった。
ふと、周囲の音が遠くなった。
最初は気のせいだと思った。教師の声が少し小さく聞こえただけなのかもしれない。だが、次の瞬間には黒板を走っていたチョークの音が妙に遠ざかり、周囲のざわめきまでもが薄い膜の向こうへ押し込められたように感じられた。視界は確かにある。教室も見えている。けれど、その景色だけが自分から離れていくような感覚があった。
「……あ」
声に出したつもりだった。
けれど、自分の声すら遠かった。
意識が滑っていく。
眠っているわけではない。気を失ったわけでもない。ただ、自分の意思とは関係なく、何かに引かれるように意識そのものが別の場所へ移っていく。抵抗しようとしても、力が入らない。何が起きているのかを理解するより先に、視界がゆっくりと暗くなっていった。
そして――ソウヤの時間は、そこで途切れた。
「……っ」
次に目を開けたとき、最初に視界へ入ってきたのは空だった。
赤く染まった夕焼けが、頭上いっぱいに広がっている。
ソウヤはしばらく瞬きを繰り返した。頬へ触れる風の冷たさを感じ、ゆっくりと身体を起こす。背中にはベンチの感触があり、周囲には木々が並んでいる。見覚えのある公園だった。どうしてここにいるのかは分からない。しかし、そのことに対して以前ほど強い驚きはなかった。
「……またか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
ポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認する。表示された時刻は、午後六時を少し過ぎていた。教室で授業を受けていたときの時間から考えれば、三時間ほどが綺麗に抜け落ちている。
三時間。
その間、自分が何をしていたのか。
ソウヤは目を閉じ、記憶を探ろうとした。教室にいたところまでは覚えている。その後に何かをした感覚もない。眠っていたわけでもない。それなのに、三時間という時間だけが、最初から存在しなかったかのように消えている。
それでも、ソウヤは以前のように焦らなかった。
「……まあ、いいか」
そう思ってしまう自分がいた。
もちろん、完全に気にしていないわけではない。むしろ気になる。自分の時間が勝手に消えていくことを、本当に何とも思っていないはずがない。それでも、何度考えても答えは出ない。ならば、今の自分にできることは、空白を無理に埋めようとすることではなく、何事もなかったように日常へ戻ることなのだろう。
ソウヤはベンチから立ち上がった。
身体の調子は普通だった。痛みもない。怪我をした様子もない。何かを失った感覚もない。ただ一つだけ、確実に存在していないものがある。
時間だ。
自分が過ごしたはずの三時間だけが、どこにも残っていない。
風が吹き、公園の木々が揺れる。葉と葉が擦れ合う音が、夕暮れの静かな空気へ溶けていく。ソウヤはその音を聞きながら歩き出そうとしたが、ふと足を止めた。
なぜか、この場所に見覚えがあるような気がした。
公園そのものには確かに見覚えがある。けれど、それとは別の感覚だった。以前にもここへ来たことがあるような、あるいは自分がここで何かをしたことがあるような、記憶とは呼べないほど曖昧な感覚だけが残っている。
「……ここで、何かしてた気がする」
口にしてみても、答えは返ってこない。
思い出そうとすればするほど、そこには何もない。けれど完全な空白とも違う。何かがあったという痕跡だけが、意識のどこかに残っているような感覚だった。
ソウヤは軽く首を振った。
無理に思い出す必要はない。
そう自分へ言い聞かせる。
考え続けても分からないのなら、今は帰ればいい。明日になれば、またいつもの学校生活が始まる。今日もきっと、その中の一日として終わっていく。そう思った、その瞬間だった。
頭の奥へ、再び何かが触れた。
今度は、先ほどよりもはっきりしていた。
ソウヤの足が止まる。
風の音は聞こえている。木々の揺れる音も聞こえている。けれど、そのすべてとは別の場所から、一つの意味だけが直接意識へ流れ込んできた。
――見つけた。
ソウヤは息を止めた。
誰の声なのか分からない。そもそも声なのかどうかすら分からない。それでも、その言葉だけは確かに理解できた。耳から入ったのではない。自分の内側へ直接浮かび上がってきたのだ。
「……誰だ?」
思わず問い掛ける。
返事はなかった。
しばらく待っても、何も起こらない。ソウヤは周囲を見回すが、公園には誰もいない。夕暮れの中にあるのは、木々とベンチと、静かに沈んでいく空だけだった。
それなのに、もう一度だけ、その意味が意識へ重なった。
――やっと、見つけた。
今度は、さっきよりも明確だった。
ソウヤは何も言えなかった。
恐怖というより、理解できないことへの戸惑いが強かった。自分の時間が抜け落ちることにも、少しずつ慣れてきたと思っていた。けれど、今度は自分の記憶だけではなく、自分の意識そのものへ何かが入り込んでいる。
「……なんなんだよ」
問い掛けても、答えはない。
ただ、その存在は最後に一つだけ言葉を残した。
――もう、始まっている。
その瞬間、頭の奥にあった異質な感覚は消えた。
まるで最初から何もなかったかのように、風の音だけが戻ってくる。木々が揺れ、葉が擦れ、夕暮れの公園には静かな時間が流れている。ソウヤはその場に立ったまま、しばらく動くことができなかった。
もう、始まっている。
いったい何が。
誰が。
そして、いつから。
考えても答えは出ない。ただ一つだけ確かなことがある。自分が知らない場所で、自分が知らない時間の中で、何かが進んでいる。そしてその「何か」は、どういうわけか自分を見つけたと言った。
ソウヤはゆっくりと歩き出した。
まだ何も知らない。自分自身のことさえ、完全には分かっていない。それでも、いつもの日常へ戻るしかなかった。
そのときのソウヤはまだ知らなかった。
自分が失っていると思っていた時間が、ただ消えているだけではないことを。そして、自分の中に存在するもう一つの意識が、やがて自分自身の運命だけではなく、この世界そのものを大きく変えていくことになるということを。
ソウヤは夕暮れの公園を後にする。
その背中を追うように、誰もいない場所へ長い影だけが伸びていた。
第一話 完
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