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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ソネリーノ・ファミリーの最高権力の象徴である、中央カジノの最上階。そこは限られた富豪と裏社会の重鎮だけが入室を許される、防音完備のVIPルームだった。
ドン・ソネリーノ――マフィオソは、部屋の中央に置かれた総革張りの重厚な椅子に深く腰掛け、一人で手元にある利権の書類に目を通していた。
彼の佇まいは今夜も完璧であり、一分の隙もない冷徹な均整を保っている。
縦縞の入った漆黒のフェドラ帽を目深く被り、仕立ての良い真っ黒なコートの襟を厳格に立てていた。
白いシャツの喉元には、一ミリの狂いもなく斜め縞のネクタイが締め上げられている。
時折、彼が書類をめくるたびに、ベストのポケットから伸びた金色の懐中時計のチェーンがジャラリと冷たい金属音を立てて揺れた。
その凍てついた音だけが、静寂に満ちた室内に規則正しく響いていた。
「……ボス、全フロアの配置に異常ありません。警備は完璧です」
耳に装着したインカムから、コンシリエーレ(相談役)の冷徹な声が響く。
階下ではカポレジーヌやソルジャーたちが目を光らせ、コントラクティーが影に潜んでいるはずだった。
マフィオソは「苦労をかける」とだけ短く応じ、再び静寂の淵へ沈み込もうとした。
その瞬間だった――。
――バツン、と激しい電子音が静寂を打った。
それと同時に、部屋をきらびやかに照らし出していたクリスタルのシャンデリアが、一瞬にしてその光を失った。
カジノ全体のシステムを管理する自家発電装置さえも沈黙させる、完全なる計画停電。
ネオンの明かりが完全に遮断された室内は、一寸先も見えない本物の真っ暗闇へと塗りつぶされる。
「ボス!? 通信が――」
インカムから聞こえていたコンシリエーレの音声が、激しい砂嵐のようなノイズと共にぷつりと途切れた。
電波遮断(ジャミング)。完全に外部との繋がりを断たれた、十分間の空白(ブラックアウト)が始まった。
「……っ」
マフィオソは本能的な危機感を覚え、椅子から立ち上がろうとした。
暗闇の中でコートを翻し、内ポケットの銃へ右手を伸ばす。
だが、彼が引き金に指をかけるより早く、背後の虚空から、音もなく伸びてきた腕が彼の身体を後ろから完全に組み伏せた。
「――叫んでも無駄だぜ、ボス。この部屋が一切の音を通さないこと、お前が一番よく知ってるだろ?」
耳元で囁かれた、低く、滑らかで、あまりにも聞き馴染んだ悪魔の声。
チャンス。
男は暗闇を最初から味方にしていたかのように、正確にマフィオソの死角を突き、その身体を自らの胸元へと引き寄せていた。
「チャンス……! 貴様、電力を落としたな……っ」
「ギャンブラーの基本だろ? 勝てない勝負をするときは、まず盤面をひっくり返してルールそのものを変えるのさ」
マフィオソは自由な右手でチャンスの腕を 振り払おうとしたが、視覚を奪われた暗闇の中では力の拠り所が見つからない。
さらにチャンスは、マフィオソの右手を掴むと、それを彼の背中側へと強引にひねり上げた。
「くっ、離せ……!」
「離さないさ。この十分間だけは、お前がどれだけ叫ぼうが、あの過保護な部下たちはお前を助けに来られない」
「世界でお前と俺だけだ、マフィオソ」
チャンスの熱い息が、マフィオソの首筋に吹きかかる。
暗闇の中で視覚が機能しない分、他のすべての感覚が狂ったように鋭敏になっていくのを、マフィオソは恐怖と共に自覚していた。
「……冷たいな、お前の鎧は」
チャンスの左手が、マフィオソの真っ黒なコートを乱暴に肩から滑り落とした。
床に落ちた高級な生地が、重い音を立てる。
白いシャツ一枚になったマフィオソの身体は、暗闇の中で微かに震えていた。
組織を統べる怒りによるものか、それとも、すぐ後ろにいる男から放たれる圧倒的な熱量に気圧されているせいか。
「やめろ、チャンス……。私はファミリーのドンだ、お前に屈するわけには――」
「まだそんな仮面を被る気かい?」
チャンスはマフィオソの斜め縞のネクタイを指先に絡めると、それを容赦なく引き下げ、結び目を完全に崩した。
喉元を締め付けていた規律の檻が外れ、マフィオソの口から微かな息が漏れる。
チャンスの手は止まらない。
白いシャツのボタンを上から一つ、また一つと、指先の感覚だけで器用に外していく。
暗闇の中で布地が擦れる音が、妙に生々しく鼓膜を揺さぶった。
「お前がどれだけ偉大なボスだろうが、俺の腕の中じゃ、ただの身体の熱い一人の男だ」
「ほら、心臓がこんなに跳ねてるぜ、マフィオソ」
チャンスの手のひらが、シャツの 隙間からマフィオソの無防備な肌へと直接滑り込んだ。
「……!」
冷え切っていた肌に、チャンスの容赦ない体温が直接刻み込まれる。
指先が鎖骨の窪みをなぞり、引き締まった胸元から腰へと滑り落ちていくたびに、マフィオソの身体は電流が走ったようにビクリと跳ね上がった。
「チャンス……お前、の、匂いが……」
「お前もいい匂いだ」
チャンスはマフィオソの身体を強引に向き合わせると、そのまま重厚なデスクの端へと押し付けた。
マフィオソの腰がデスクに当たり、ポケットの中の懐中時計がジャラリと激しい音を立てる。
だが、その硬質な音さえも、チャンスの笑い声にかき消された。
「お前の部下たちは、お前のこんな声を絶対に知らない」
「お前を神聖な場所に閉じ込めて、誰も触れないように守っているつもりだろうが……」
「本当にこいつを欲しがっていたのは、お前自身だろ?」
チャンスの指先が、マフィオソの顎を強引に掴み、上を向かせた。
暗闇のせいで、相手の顔は見えない。
ただ、目の前にいる男の、狂おしいほどの執着を孕んだ視線が、確かに自分を射抜いていることだけが伝わってくる。
マフィオソの理性の堤防は、チャンスの放つ圧倒的な大人の色気と、自身の孤独を肯定する甘い言葉によって、崩壊を始めていた。
「……お前の負けだ、ボス。その綺麗な唇で、俺を迎え入れろ」
「……っ、チャンス……」
マフィオソが諦めたように小さく名前を呟いたその瞬間、二人の唇が暗闇の中で激しく重なり合った。
視覚がない世界での口づけは、これまでになく深く、暴力的だった。
チャンスの舌がマフィオソの不器用な抵抗を容易く融かし、口内の隅々までを支配していく。
マフィオソの自由になった両手は、いつの間にかチャンスのスーツの襟を強く掴み、自分から応じていた。
「ん、……ふ、……」
衣服が激しく擦れ合い、互いのネクタイが絡み合う。
デスクの上に散らばった書類が床へと滑り落ちる音が聞こえたが、今の二人にとっては些細なことだった。
チャンスの手がマフィオソの白いシャツを完全に押し広げ、その熱い肌を何度も何度も、愛撫していく。
暗闇の密室の中で、二人は確かに繋がっていた。
部下たちの過保護な愛という名の檻から解き放たれ、ただ互いの存在だけを貪り合う、狂おしい十分間。
だが、部屋の隅にある非常用ランプが、微かに赤く明滅を始めた。
システムの復旧。十分間の終わりを告げるカウントダウン。
「……ハァ、……ハァ、……チャンス、もう、時間、が……」
マフィオソは息を荒げ、唇を離してチャンスの胸を押した。
彼の顔は、暗闇の中でも分かるほど熱く、融けきっていた。
「……ちっ、もうお迎えの時間か。本当に楽しい時間はすぐに過ぎるな、ボス」
チャンスは名残惜しそうにマフィオソの濡れた唇を最後にもう一度強く吸うと、彼の身体から素早く離れた。
暗闇の中で、彼が手際よく衣服を整える気配がする。
「今夜のゲームは俺の完全勝利だ」
「……その首筋の痕、部下たちに見つからないようにうまく隠すんだな、マフィオソ」
フワリと、チャンスの煙草の香りが残る夜風が部屋を抜けた。
彼がバルコニーの窓から闇へと消えた、まさにその一秒後――。
――パチチチ、と音を立てて、シャンデリアの眩い光が一斉に部屋を照らし出した。
「ボス!! ご無事ですか!!」
「今すぐ扉を爆破――あ、もう開いてました」
システムが復旧した瞬間、インカムからコンシリエーレの悲鳴のような怒号が響き、同時にカジノの防音扉が乱暴に開け放たれた。
眩しさに目を細めながら、マフィオソは床に落ちていた黒いフェドラ帽を素早く拾い上げ、深く頭に被り直した。
そして、引きちぎられんばかりに緩んだ斜め縞のネクタイを震える指先で大急ぎで締め直し、真っ黒なコートを羽織って首筋の「鮮やかな紅い痕」を完全に隠蔽する。
「……何でもない。ただの停電だ。……騒ぐな」
デスクに片手をつき、必死でいつもの「冷徹なドンのポーカーフェイス」を構築するマフィオソ。
その肌は、まだ微かに熱を帯びていた。
「ボス、本当に異常はありませんか!? 闇の中で不審な『雄の気配』を感じたのですが……!」
コンシリエーレが血眼で部屋の隅々を捜索し、カポとソルジャーが「ボスに変な虫がついてないか確認しろ!」とバールと鉄パイプを構えて部屋中を引っ掻き回す。
コントラクティーは「あ、床にトランプの『ジョーカー』が落ちてます」と、チャンスが残していったカードを拾い上げていた。
部下たちのいつも通りの 喧騒が部屋を満たしていく。
マフィオソは、コートの襟をさらに強く引き上げながら、ポケットの中の金色の懐中時計に触れた。
再び動き出した秒針の規則正しい音が、彼に冷酷な現実を思い出させる。
しかし、彼の身体の奥に残されたチャンスの指先の熱と、暗闇の中での甘い喘ぎ声は――。
どれだけ部下たちの過保護な愛で包まれようとも、決して消え去ることはないのだった。
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