「それで、俺の元に来たと……」
「うーんごめん、というか久しぶりグランツ」
「はい、久しぶりです。エトワール様」
私は、男達の暑苦しい叫び声が聞える訓練場から少しはなれたベンチに座ってグランツに頼み込んでいた。
思えば、グランツと会うのも久しぶりな気がしてきた。私の護衛だし、いつも後ろにいるものだと思っていたから。ここ最近は、何かと他の人といることが多かったから。勿論存在を忘れていたとかそう言うのではない。
グランツに事情を話したところ、彼はいつも通りの無表情で私を見つめ、それからため息をついた。
「ブリリアント卿と……そうですか」
「そうなの。何か色々あって……、それでまあ……その」
「事情は、何となく分かりました」
私は、恥ずかしさもあり、視線を泳がせながらグランツに説明をした。
グランツは、私が言い淀んでいると察して、それ以上何も言わずただ聞いてくれた。
そして、一通り話し終えると、納得したように返事をする。
「こういうことって、何となくグランツに話すと楽になるな……あはは」
「それは……」
「まあ、ありがとう。ほんと、星流祭で色々あって疲れてて、調査に行けーとかいわれて、ちょっと見栄はって大丈夫っていっちゃったけど、本当は大丈夫じゃなくて。凄く不安で怖くて、今でも逃げ出したいって思ってる。だって、魔物のこと……ルクスとルフレの家に行ったとき、襲われたとき凄く怖くて、今でもたまに夢に見て思い出しちゃうから」
私は自分で言っていて、あの時のことを思い出した。
いきなり襲い掛かってきた大きな狼。初めはただの動物かと思ったが、あれが魔物だと言うことを知り、此の世界で初めての魔物とのエンカウントだったわけで。あの時のこと思い出すだけで、身体の震えが止らなくなる。夢にもたまに出てきて、いろんな悪夢と混じって私に襲い掛かってくるのだ。
そんな私の話を黙って聞いていたグランツは、光の灯らない翡翠の瞳を少しだけ揺らし、私の前で膝を折った。
「怖いなら……逃げるのも、一つの手だと思います」
「え? いや、でも私は聖女で」
「ですが……聖女であっても、貴方は人じゃないですか。怖いと思うのも普通です。逃げたいって言う感情があるのも普通だと思います。それを押し殺して聖女だからと理由付けて……俺は、貴方が強くて弱いことを知っています。だから、逃げてもいいと思います」
そう、グランツは真剣な表情で私を見つめた。
いつもは無口であまり話さない彼が、今は私の為に言葉を紡いでくれている。その事実が嬉しくて、泣きそうになる。
私を気遣ってくれる人がいること。私を肯定してくれる人がここに居るということ。
私は、その言葉に思わず涙が出そうになったが必死に堪えて、ぎこちない笑顔を作る。だって、私は彼の主人で、彼が言うとおり強くないといけない。前にいったみたいに、守って貰えるに値する人間でなくてはならない。
確かに、聖女だって自分を強く言っているけど中身はただのオタクだし、怖いも痛いも勿論苦手。ホラーゲームですら怖がって、血が出るたびに痛いと自分が攻撃を喰らったわけじゃないのにいってしまうぐらいなのだから、そうなのだろう。私は、きっと痛みに敏感なのだ。それはさておき、グランツが私の手に自分の手を重ねて穴が空くぐらい見つめてくるので私は、気持ちを紛らわすために咳払いをする。
(そういえば、グランツの好感度も82になってるんだ……)
リースに続いて好感度の高いキャラデあり、一番低私に何も言わず付き従ってくれている攻略キャラでもある。まあ、それは彼がそういう設定だからなのであってきっと本物の聖女が現われたときには私への忠誠心も消えてしまうのだろうとか、何だか少し切ない気持ちにもなってきた。
(というか、いつ本物の聖女……ヒロインって現われるんだろう。結構時間経ったと思っていたんだけど)
思えば、まだ本物の聖女ヒロインは現われていない。私がエトワールな以上、本物のヒロインは何処かのタイミングで出てくるはずなのだ。私がエトワールストーリーをプレイしていないが為に、そのタイミングがいつか分からないが。
(でも、確かリース様の誕生日らへんには……って、待って。もしかして、ヒロインの登場って……)
「待って、もうすぐじゃない!?」
私がそう声を荒げると、ビクンとグランツの肩が上下した。
そう、確かリース様の誕生日の時には既にヒロインはいた。つまりはだ、私の命のカウントダウンはもう既に始まっているということなのだ。
「頭痛い……」
「大丈夫ですか? エトワール様」
「うん……まあ、まあ……」
いや、嘘だ。頭がガンガンする。
ルーメンさんにリースの誕生日が云々言われたが、ゲーム内でリース様と踊ったのはヒロインだった。あれが、ヒロインストーリーの最初の見せ場だった。というか、まず召喚時点でリース様に人目おかれてから、リース様の誕生日に合わせ聖女の披露宴的なのをやっていた気がする。ここに来てから、ゲームの記憶がうっすらとしか思い出せなくなってきたのだが、確かそうだった。その時、エトワールは出席していなかったし、何処で何をしていたのか分からなかったが……
でも、リースの誕生日が近いということはそういうことなのだろう。
何処かで、私が聖女じゃないって言われてそれからまた聖女を召喚するという流れだったはずだ。となると、今回のこの調査で私が聖女じゃないとか言われるんじゃないかと益々不安になってきた。ボロを出さないようにといっても、今の時点で私の株はそこまで高くないわけだし、攻略キャラ以外と関わってこなかったし、私を見るのも初めてな人もいるだろうし。
「ねえ、グランツ。この後誰かと会う予定とかあった?」
「いえ、特段そのようなことは」
グランツは首を横に振った。
まあ、グランツとヒロインが出会うのは後の方だった記憶があるし、順番だけでいえばリース、ブライトの後にグランツだった気がする。
そんな風に私が考えていると、グランツは淡々とした口調で、でも何処か不安げに私に尋ねた。
「どうして、そのようなことを聞くんですか?」
「え? ああ、ううん。ちょっと気になっただけ。グランツも忙しいでしょ?」
そう聞けば、何故かグランツは黙ってしまい私は頭にクエスチョンマークを浮べるほかなかった。
(好感度は下がってないし……変なこと言ったわけじゃないだろうけど……)
グランツは表情で感情が読み取りにくい分、好感度でその感情の浮き沈みが分かるのだ。
だから、今の質問はただ単純に聞いただけだったんだけどな。
グランツは暫く黙り込んでしまったが、顔を上げてそれからゆっくりと口を開いた。
「エトワール様より大切な用事などありません。なので、俺の事は心配しないでください。俺は貴方のことを優先しますし、貴方の為なら何でもしますから」
「……ありがとう、グランツ」
やっぱり、グランツって優しいな……そう思いながら、グランツの頭を撫でれば少し恥ずかしそうに目を細めた。
「……ところで、エトワール様は、俺に剣術を習いに来たいんですよね。最近休んで……魔法の特訓やら星流祭やらで忙しかったみたいで」
「ねえ、今休んでって言わなかった? 確かに、教えてって言ったのは私だし、休んでいたのも事実だけど」
「いってないです」
私が見つめてやれば、グランツは顔色一つ変えずもう一度「いってないです」と繰り返した。
絶対に言ってると思うんだけどなあ。それに、何か視線が痛いし。
グランツの言う通り、最近はずっと魔法の特訓だったり星流祭で忙しかったから、剣を握っていない。まあ、前にグランツに言われたとおり私は魔力量が人よりあるらしい聖女だから、剣術なんて学ばなくても……といわれているが、そういう問題ではない気がしてきたから。自分の身は自分で守る。異世界って危険がつきものだから。そういう思いで始めた剣術の特訓。いわれれば、本当にサボっていたのだ。
グランツに教えて欲しいと言いながら。
グランツは嘘が嫌いな誠実な騎士な分けだし、幾ら主とはいえよく怒らずに耐えてくれているものだと思っている。
「でも、久しぶりなので今日は軽めにしましょう。エトワール様」
「けど……後二日後に……」
「大丈夫です」
私の言葉に被せるように言い切ったグランツ。
その言葉に、思わず私は目を見開いた。彼の翡翠の瞳が私を真っ直ぐ見つめていた。
「俺が貴方を守ります。ですから、エトワール様は何も心配しなくて大丈夫です。必ず貴方を守ります。だって、俺は貴方だけの騎士ですから」
――どんな強い魔物が現われようとも、俺は貴方の盾となり剣となり……貴方を守り抜きます。例え、この身が、命が尽きようと。
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