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枯れる … 多年の修練などの結果、なまなましい鋭気がとれ、深みのある味をもつようになる。
朽ちる … 腐って形がくずれる、役に立たなくなる。転じてすたれる。むなしく終わる。
色褪せる … 以前のようなおもかげがなくなる。
暇乞い … 別れの挨拶をすること。別れを告げること。
毎時間、毎分、毎秒
世界中の誰かが恋に墜ち、赤い糸が結われる
そんな幸せが訪れる中
其れとは逆に自ら赤い糸が切る者と、切られる者も存在する。
それでも世界は
誰が恋に墜ちようと、 誰を愛そうと、 誰が傷付こうと
知らぬ顔をして今日も廻りゆく。
この話は私には関係の無い事だと思っていた
否、実際は関係無かった筈なんだ。
私があの五文字を口にしなければ
此の甘美な恋も愛も不特定多数の一つとしてずっと存在したんだ
貴方とはずっと繋がっていられたんだ
最早何度目か分からない決意
今日は別れる
もう愛せない
アンタに何度涙を流したと思ってるの
重い身体を起こして独りで眠るには少し広いベッドを見渡した。
カーテンの隙間からひっそりと覗く光は朝ではなく、昼を示す
私には眩しすぎる光だった。
独りでは広いベッドである筈なのに圧迫感があるのは
きっとほぼ毎日此の家に住み着くソイツがいる所為だ
寝起きで生理的に流れた涙を拭いて
線と繋がれた、なんでも出来てしまうことで人類の頂点と言われる小さな電子機器を二つ起動させた。
一つは私がよく使う自分用で
もう一つは男の所持品
両方のスマートフォンを交互に確認した。
アイツがした罪の証拠はもう揃っている
フォルダには何人もの見知らぬ女と
目の前にいる男が愛し合っている写真が沢山あった
「おはよ、もう昼だよ」
時計の短い針は14時を指す
横で眠っていた上裸の男は控えめな筋肉がついていた
其れすら憎らしいと思ってしまう。
起き上がっては挨拶を返す訳でもなく「朝メシは?」と聞いてくる図々しさ
そんなヤツも大嫌いだ
そんなの用意する訳ないじゃん、
小さく口から息を溢した
そして私のカサついた唇を震わせる。
「ね、別れよ」
此の瞬間を待ち侘びていた
何度も此の妄想だけを繰り返した
ソイツの目は明らかに見開いていて
寝起きにはバッチリの言葉らしい。
寝起きから13秒で追い討ちを掛ける
流した涙は此れでチャラになるだろうか
其れ共まだ恨んでしまうだろうか
「もう此れ以上は我慢の限界なの。
何回私を泣かす気?
私以外の女の子もこうやって連れ込んで泣かせたの?信じらんない。
私はアンタにとって都合の良い女だったのかもしれないけど出ていって、もうこれ以上愛さないで」
捲し立てられた言葉達は呆気なく、煙草の匂いが充満した部屋に熔けていった。
言葉が熔けてゆく代償に涙はまたアンタの為に流れる
其れは多分未練とかじゃなくて
悔しさだよね、哀しさだよね
自分に言い聞かせるのに必死で、目の前にいるヤツは視界にすら入れられなかった
呼吸が浅くなる
頭も視界も真っ白になって
また溺れそうになる
「ごめん、でも俺が愛してるのはお前だけだから。 だから俺は別れたくない。これからは絶対女と遊ばない。お前だけ。お前だけにするから」
弁明しようと言い訳しようと
珍しく早口で気色悪い言葉が紡がれた
どうしようもなくなって過呼吸になる私に駆け寄って背中を擦った。
こういう時だけ行動は速い
こんな屑に嵌ったんだなぁ、と今更後悔した
其れでもコイツとは今日限りでさようなら
「辞めてよ。触らないで
もう無理だから別れて」
突き放した
私がコイツを初めて突き放した。
本当はもっと私だけを見て
私だけを愛して欲しかった
私だって依存してたんだな
一人だけ舞い上がって
貴方の為に貢いで尽くして
私だって大概じゃん。
そう思ったのは気の所為にしてしまった
荷物をそそくさと纏めて
あの時幸せそうな笑顔をして渡してきた合鍵も置いていく
合鍵に付いていた可愛らしいキーホルダーがまるで私を睨みつけているようだった。
これでいい
これがいい
私のこれからの幸せの為に
こうしなくちゃいけない
そう言い聞かせて数ヶ月同棲したアパートを出た。
今迄悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい清々しい気持ちで居られた
否、清々しいは言葉選びを間違えた
だって私は今でもアイツの事を考えてる
アイツに会いたいと思ってしまう
あの甘ったるさを凝縮したかのような夜を求めている
纏めた荷物を抱えて駅の前で立ち竦んでしまう。
アイツの笑顔が離れない
嫌でもこびりついてまだ大好きだと心が叫んでいる
アイツはどうせ今日の夜にはコロッと表情を変えて其処らの女のコを捕まえているだろう
其れは確かに恨めしい
でも私はアイツとキスしたとき、煙草のフレーバーが香るアレが欲しいと求める
苦くて最初は気持ち悪くてもどんどん貴方を受け入れる度に大好きになっていたの
ねえ正解でしょう?
アイツと別れたら幸せになるでしょう?
自問自答を繰り返して私が納得する理由を作っても
私はどうしてかあの瞬間の笑顔を忘れられない
気がつけば一目散に走り出していた
ボサボサの髪型で、泣き崩れた顔面で、みっともない服装で、
それでも私はもう一度を求めていた
無我夢中で、独りしか住んでいない思入れのあるアパートへ駆けた。
アイツは矢張り仕事が早い所為か、
もう既に女のコを連れ込もうと腰に手を回していた
証拠を撮る為に苦しい思いをして見た光景も今ではどうでも良くなって
唯あのカオを、あの唇を、あの甘さを離せない
「ちゃんと私のこと愛しているんでしょう?
なら私だけ見てよ」
アイツは私を瞳に捉える
目が見開いた?
口が閉じなかった?
身体が硬直した?
そんなの心底どうでもいい
私は強引に唇を近づける。
大嫌いで大好きな煙草の香りが鼻を燻った
吹っ切れたアイがまた私達を、赤く甘くきつく結び付けるの
愛されて哀されても
赤い糸はいつの日か紐になることを願って
いつか其れをより強固にして
また上っ面でアイし合うの。
別れなんて私達にはまだ早い
何方かの左胸の鼓動が止まる迄
貴方を愛しては離さない
私は貴方に暇乞いを与えることはもうきっとない
その暇乞いは枯れて、朽ちて、色褪せて
そして醜く、小汚く、咲けばいい
fin.