少し小走りでビルに戻る頃には、すっかり見回りの時間になっていた。
「早く行かないと…!ミツヤくんにも悪いことしちゃったな…」
辺りは微かに月の明かりに染まり、夜の風が心地よかった。
カランカラン…
「…ただいまぁ」
そろそろ解散の時間帯。人がいなくてもおかしくない頃だったが、ビルの資料を取りに来るついでにミツヤくん達にお礼が言いたかった。
「流石にもう居ないか…」
少しガッカリして、ふと時計を見た。
———9時半——————
すっかり解散している時間帯。いるわけがない。
「明日お礼言えばいいか…さ、資料資料〜っと」
コツンコツン…といつもの廊下を歩く。……と、窓があいているからだろうか。暗闇の向こうから微かに風が吹いている。
「な、なんていうか…夜ってどこでも怖いんだな…」
冷たく鋭い風は私の頬を通り過ぎ、廊下の向こうへと真っ直ぐに伸びていく。
「早く帰っちゃおう…これ以上ここにいるのはさすがに辛い」
ふと、前を見ると、カフェの扉が空いていた。よく見ると、微かに電気がついている。
「あれ…止め忘れかな…ここって何階だっけ…」
ハッ——-と2階だと気づくと、一気に緊張と不安が押し寄せてきた。
「もしかして………二カさんまだ帰ってないのかな…いや、まさかね………」
息を殺して足音に気をつけながら部屋を覗くと……
ポロン…♪
……!!!
「二カさん…!」
「………………!」
「…大将…?」
「ど、どうしてここに…!?もうとっくに解散の時間は過ぎて…」
「……………」
黙っている彼の目線は、私の目のほんの少し下にあるようだった。
「二カさん?」
「……………」
「………」
ついにはどちらも黙ってしまうという最悪な展開になってしまい、なにか明るい話題をと頭の中を漁っていた。
「大将…あんた…………今までどこに?」
「…え?…………ミ、ミツヤくんから説明されてないんですか?」
質問には答えずに、少し話を伸ばそうとした。
「…今日はちょっと休暇とってましてね。少し用事があって来てみたらあんたいないし。かといってなんだかんだ誰にもあんたの行方を聞けず…まぁ。今に至るわけですわ」
「………………」
ポカーンと二カさんを見つめていると、咄嗟に彼が頭を撫でてきた。
「んな顔しねぇでください。笑ける…」
そんな言葉とは裏腹に、彼はなんだか暗い顔をしていた。
「わ、私はちょっと高校の友達と夕飯に行ってて…資料を取りに来るついでにミツヤ君達にお礼を言いたかったんですけど…すっかりこんな時間になってて…」
「ぁあ…だからこの階にね。」
———ドキンッ———
—-「だからこの階にね」———
なんだかその言葉が頭から離れなかった。きっと彼は私が会いに来たと思ったんだ。そしてそれを資料を取りに来たと言ってごまかしたと…そう思ったのだと分かった。
「ほ、本当ですからね…?💧」
信じてもらえないもどかしさと恥ずかしさで、咄嗟に出た言葉は余計に嘘っぽく聞こえてしまった。
「あぁはいはい。分かりやしたよw」
絶対わかってない。少しほっぺたを膨らませて目をつぶっていると、彼はホッとため息を漏らしてピアノの蓋を閉めた。
…そういえば、今までピアノ弾いてたのかな………
ほんの少し歩み寄って彼の顔を覗いた。
「二カさん。ピアノ引いて。」
「はぁ?んなSiriにお願いするみたいに言わんといてください」
「ふふふ。」
はぁ…とため息をつくと、彼は再びピアノの蓋を開けてしぶしぶと椅子に座った。
彼のスラリと長い指が、鍵盤に触れたかと思うと、優しく儚い音色が部屋に流れる。
近くのソファにホッと座ると、目を閉じてその音色に耳を傾けていた。
どれくらい聞いていたのだろう。ふと二カさんがポツリと声を上げた。
「大将。あんた…昼間のこと怒ってやすか?」
「……………え?」
突然の切り出しに、戸惑いの表情を隠せなかった。
「………怒ってやすか?」
「……………」
寂しい彼の表情に目が離せなくなり、気づけばこう話していた。
「…いいえ。…怒るっていうか…………その……」
「二カさんは、私のこと好きなんですか?」
縋るような思いで二カさんを見つめると、彼はふと驚きの表情を見せた。
「あんた…それ今日も聞いてやしたよね?」
少し呆れたように笑い、椅子をくるりと回し、私の方へと向けた。
「昼間も言ったでしょう。嫌いじゃないと」
「それ…信じていいんですか?」
「ええ。信じてくれて構わないっすよ」
「……じゃあなんで…あの時」
「……二カは…あんたに好きになってほしくなかったから……とでも言っときやしょうかね…」
「…え?」
少し俯いてから、彼はパッと立ち上がり、私の横に座った。
「あんたが二カのことを好きだって言おうとしてくれたのは正直…死ぬほど嬉しかったっすよ。でもねぇ…あんたよく考えてみんさいよ…。立場ってもんが明らかに釣り合わないでしょう」
「…それは………二カさんが借金取りさんの部下だからですか?」
「……………ぁあ。それが一番の問題でしょうね。」
「……私、気にしたことなんてありません…。借金取りさんもいい人だし、二カさんだって……」
「…………あんたは良くてもね。問題はそれだけじゃあないんですよ」
「年の差だってあるし、何しろこんな火傷おってる男と一緒にいたいだなんて…どうかしてるだろ」
「………!」
驚くほど詩織の言っていたことに当たっていたことに、驚きと哀れみを感じた。
「二カさん…私全部承知の上で言ってるんです。火傷なんて所詮ただの怪我です。私はそんなただの怪我にしつこく同情もしませんし軽蔑もしません。関係ないんです…!年の差だって私には痛くも痒くもありません…!周りからなんと言われようと私は二カさんが好きです」
「………!」
しばらく黙ったあと、彼はつと顔を上げた。
「後悔しやすよ」
「しません」
ムッと彼に視線を投げ、キッパリとそう言った。
「はぁ……馬鹿な人だな…あんた」
「…………?」
呆れたように笑い、二カさんは私を見つめてきた。
「完敗です…あんたにはもう………敵わない…///」
ふっと笑うと、私の腰に手を回し、ソファに力強く押し倒された。
「ひゃ……///」
「後悔しないって言ったのはあんただ。今くらい…付き合ってくだせぇよ…?」
首筋に彼の吐息がかかり、触れたところがジンジンと熱かった。
「や…やっ/// 二カさん…!!///」
スカートの下から彼の手がするりと上り、大きな手がもどかしく私の欲を煽ってきた。
「今は誰もいないんすから…声いくら上げたっていいんすよ」
耳元で囁く彼の声に、思わずビクッと体が動いてしまった。
「ひゃっ///」
私の声にふっと微笑むと、彼は優しく言った。
「大将……好きって言ってください………」
ぎゅっと私を抱きしめる彼の手が、熱く熱く私の体に残った。
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