(あれ、多分あいつが小野原さんと話してなきゃ、課内めちゃくちゃ空気悪かったろうなぁ。今も)
その場を乗り切ることができようとも、自分に、相手の心を思いやりケアする能力が欠落していることはもちろん知っていたし。高柳に指摘されることも多々あった。
そんな坪井の葛藤も真意も、何も知らない真衣香は言った。
『坪井くん、大好き』
初めて面と向かって伝えられた好意。
手離せなくなりそうな予感に恐怖が募った。
(やめろよ、俺はこの先を知らないんだってば)
ひたすらにそう思っていた。
思うのに、胸が痛いほどに高鳴る。
『約束。どんな坪井くんも見せてね? 不安な時はその都度伝えるよ、大好きって』
優しく響いた声に、勘違いしそうになった。
本気で好きになってしまった後、どう行動すればいいのかを知らない。
大切にする方法も、ずっと傍にいられる術も。
知らないのだ。なぜなら”逃げた”から。
(どんな俺もって、そんなのさ。 好きな女の子見捨てた俺にも言える言葉?)
吐き出してしまいそうになった、きっと真衣香の知らない情けない声で。
(俺は初めての恋を手離した。 記憶も薄れる程に消し去って無傷のまま生きようとしてきた)
人を好きになることはイコール、見たくない自分を見ることになる。触れたくない記憶に触れることになる。
だから。
(俺が、この手のひらでコントロールできていなければダメだ)
何がダメなのか。
あの時、きっと答えを見つけられてはいなかった。
……見つけられないまま訪れた。きっと最大の分岐点は、あの夜だ。
あの夜選べなかったことを、きっとずっと悔やむのだろうと思う。
――咲山が、真衣香と坪井をダーツバーに誘った夜のことだ。
(夏美がいて、立花に何しでかすかぐらいわかってたんだよな)
これまで散々、坪井のまわりを離れなかった咲山が何をしていたか知っていたし、知っていて見ないふりをしていた。
けれどあの日、坪井が強く言えば咲山は引き下がったはずだ。
なのに、しなかった。
加えて、あの店はとてもじゃないが真衣香が好むような店ではない。元々は坪井が咲山を連れて行き、そこで咲山の友人が常連だと判明して『世間は狭いねぇ』だなんて、二年前会話に花が咲いた。
そんな経緯で通うようになった。
だが客層は悪く、真衣香を連れて行った日にも来ていた咲山の友人たち。多くが男で。酒が入ると”悪い”層の客に入る。
その為、真衣香にどんな態度で、どんな言葉をかけるかくらい何となくだが想像がついていた。
ついていたのに、あえて真衣香と咲山を対峙させた。
そんな自分は、なんて卑怯だろうかと坪井は思う。
(俺が傷つけて離れてくんじゃなくて、夏美に傷つけられて逃げ出してくれればいいなんて)
思い返せば矛盾だらけだ。
真衣香から離れたいのに、自分自身が傷つけるのは嫌だ。そのうえ、いざ傷つけられている彼女を見ると頭に血が上った。無意識に守ろうとしてる自分がいた。
傷つける場に傷つけようとして連れて来たのは自分自身だというのに……だ。