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目を開けた瞬間、世界は赤かった。
いや、正確に言えば――俺自身が赤かった。
「……は?」
思考が追いつかない。
視界のすべてが揺らめいている。熱気のような、陽炎のような、空気そのものが歪んで見える。
だが、不思議と苦しくはない。
むしろ、落ち着く。
「なんだこれ……」
自分の声に違和感を覚えた。
低い。いや、低いどころじゃない。地の底から響くような重低音が、空気を震わせた。
その瞬間、周囲の木々が――
バキバキバキッ!!
と音を立てて倒れた。
「……は?」
俺、今、何かしたか?
いや、ただ声を出しただけだぞ?
混乱しながらも、自分の体に目を向ける。
そこで、完全に理解が崩壊した。
腕じゃない。
それは、巨大な前脚だった。
赤黒い鱗に覆われ、筋肉がうねるように盛り上がっている。指先には、鋭く湾曲した鉤爪。軽く地面に触れただけで、土がえぐれた。
「いやいやいやいや……」
震える。
だがその振動だけで、地面にヒビが入る。
おかしい。何もかもスケールがおかしい。
「夢か?これ……」
夢にしては、やけにリアルすぎる。
空気の流れ、土の匂い、遠くで鳴く動物の気配――全部が、現実よりも鮮明だ。
そして、決定的な証拠があった。
背中だ。
「……なんだこれ」
重い。だが同時に、妙に“馴染む”。
意識を向けると、それは自然に動いた。
――バサッ。
巨大な翼が広がる。
その瞬間、突風が巻き起こり、周囲の草木が吹き飛んだ。
「はは……」
乾いた笑いが漏れる。
「ははははは……!」
笑いは止まらなかった。
だってそうだろ。
これはどう見ても――
「ドラゴンじゃねぇか……」
◆
記憶は、はっきりしている。
俺は、ただの会社員だった。
名前も、年齢も、どこにでもいる普通の男。朝は満員電車に押し込まれ、上司に怒鳴られ、終電で帰る。
夢なんて、とっくに捨てた。
ただ生きているだけの人生。
そして――死んだ。
「トラック、だったな……」
信号無視。
クラクション。
誰かの叫び声。
避けきれず、衝撃が来て――
そこで終わりだ。
「テンプレすぎるだろ……」
異世界転生もの、ってやつか。
ネットで見たことはある。
でもまさか、自分がその当事者になるとは思わなかった。
しかも。
「なんでドラゴンなんだよ……」
普通、人間だろ。
勇者とか、魔法使いとか、せめてスライムとか。
いきなり最強種って、バランスどうなってんだ。
……いや、待て。
「最強種……?」
その言葉が、妙に引っかかる。
その瞬間だった。
――ズキンッ。
頭に痛みが走る。
「ぐっ……!?」
視界が一瞬白くなり、大量の情報が流れ込んできた。
炎の扱い方。
飛行の技術。
縄張りの意識。
敵対種の知識。
「……なんだ、これ」
理解してしまう。
考えるよりも先に、“知っている”。
「……なるほどな」
これは、ドラゴンとしての本能。
生きるための知識が、最初からインストールされているらしい。
「便利すぎだろ……」
だが、同時にわかることもあった。
この体は――強い。
とてつもなく強い。
◆
試しに、口の奥に意識を集中させる。
すると、自然と“溜まる”感覚があった。
熱。
圧力。
そして――破壊衝動。
「……やってみるか」
誰に言うでもなく呟き、前方の岩山を見据える。
そして。
「――ッ!」
吐き出した。
ゴォォォォォォォッ!!
圧倒的な炎が、一直線に放たれる。
岩に直撃した瞬間――
ドォン!!
爆発した。
「は?」
岩山が、消えた。
いや、正確には“抉り取られた”。
溶けて、蒸発して、跡形もなく消えている。
「威力おかしくない?」
思わず素でツッコむ。
これ、人間だった頃の常識で考えたら、兵器どころの話じゃない。
災害だ。
「……やべぇな、これ」
テンションが上がるのと同時に、少し怖くなる。
こんな力、簡単に人を殺せる。
いや、人どころか――街ごと消せる。
「……」
少しだけ、黙る。
そして。
「まあ、今さらか」
苦笑した。
もう人間じゃない。
倫理も常識も、そのまま持ち込む必要はない。
でも――
「全部捨てる必要もないか」
そう思ったときだった。
◆
ガサリ。
微かな音。
だが今の俺には、はっきりと聞こえた。
「……誰かいるな」
気配は小さい。
弱い。
だが、確実に“生きている”。
視線を向けると、草むらが揺れた。
そして――
「た、助けて……」
現れたのは、一人の少女だった。
銀色の髪。
痩せ細った体。
ぼろぼろの服。
明らかに、普通の状況ではない。
「……人間か」
少女は震えていた。
だが、逃げない。
普通なら、ドラゴンを見た瞬間に気絶するか、全力で逃げるはずだ。
それでも彼女は、ここに立っている。
「なんで逃げない?」
思わず聞く。
すると少女は、唇を震わせながら言った。
「逃げても……無駄だから」
その言葉には、妙な説得力があった。
「それに……」
少女は、一歩前に出る。
「あなた、怖いけど……でも、優しい気がする」
「は?」
何言ってんだこいつ。
俺はドラゴンだぞ?
さっき岩山吹き飛ばしたばっかだぞ?
「……勘か?」
「うん」
即答だった。
「……」
しばらく沈黙する。
正直、どうでもいい。
このまま無視してもいいし、食ってもいい。
それがこの世界のルールだろう。
でも――
「はぁ……」
ため息をついた。
「乗れよ」
気づけば、そう言っていた。
「え……?」
「助けてほしいんだろ。だったら乗れ」
「……いいの?」
「嫌ならいい」
ぶっきらぼうに返す。
すると少女は、少しだけ笑った。
「ううん、乗る」
そう言って、恐る恐る背中に触れる。
「熱くない……」
「そりゃな」
炎は、俺の意思で制御できるらしい。
少女が落ちないよう、少し体勢を低くする。
「しっかり掴まれ」
「うん」
軽い。
驚くほどに。
ちゃんと食ってるのか、こいつ。
「どこ行きたい?」
「……街」
遠くを指差す。
城壁に囲まれた都市が見える。
「なるほどな」
人間の拠点か。
面倒くさそうだが――まあいい。
「飛ぶぞ」
翼を広げる。
空気を掴む感覚。
一度羽ばたく。
体が浮く。
二度、三度。
気づけば――空の上だった。
「すごい……!」
少女の声が弾む。
その声を背中に感じながら、俺は思う。
「……悪くないな」
社畜だった人生。
何もできなかった過去。
でも今は違う。
「好きに生きるか」
ドラゴンとして。
そして――
「助けたいと思った奴くらいは、助ける」
そんな、わがままな生き方でいい。
俺は、空へと舞い上がった。