暁による総攻撃によって血塗られた戦旗本拠地が壊滅し、組織そのものが瓦解して一週間が経過した。
暁は警戒を継続しつつ黄昏の経済活動を再開させ、各地との交易も活発化させた。
何より大きな変化は、ライデン社の大規模な工場を黄昏内部に建設することを決定。
既に鉄道によってライデン社の技術者や工員達が多数黄昏入りして、暁が用意した資材を用いて早速建設が開始された。
多数の建設作業員達を目当てに商人達も集まり、建設現場周辺は活気を増していた。
「必要なものは此方で用意しますので、工事を加速させてください。一日も早い完成を期待しています」
「ここで彼女を失望させては、ライデン社の名折れですわ!給金は弾みますから、ドンドン工事を進めますわよ!」
マーガレット=ライデンが工事を直接監督して速度を早め、必要な資材等は暁が適正価格でライデン社に売却。
これにより資材の現地調達が可能となったため輸送の手間が大幅に無くなり工期の短縮が見込めた。
「まあ、一杯やろうじゃないか。ワシらはお前さん達に聞きたいことが山ほどあるからな」
ドルマン率いるドワーフ達もライデン社に属するドワーフを初めとした技術者達と積極的に交流し、技術力の向上を図っていた。
「縄張りは!?ちゃんと隅々まで確認するわよ!いざ工事が始まって魔物が現れたなんてことになったら、赤っ恥よ!」
「念のため地面の中もある程度は調べた方がいいわね」
リナ率いるエルフ達は飛行場建設予定地である黄昏南部の土地を確保すべく、魔物狩りを加速させていた。
幸いスタンピードで粗方狩り尽くし、遺された魔物も大半がロウェルの森へ逃げ込んだので魔物の数は少なく予定地の確保は順調に進んでいた。
「制服を改良するよ!もっと動きやすくて頑丈な材質を!」
エーリカ率いる被服担当部門は、収穫された綿花や新たに新設された牧場で羊毛の生産が始まったことを受けて、衣服の改善と量産に乗り出していた。
これはライデン社から提供された手動のミシンの存在が大きく、手縫いに比べて製作時間の大幅な短縮が実現。
更に『大樹』の影響を受けた綿花や羊毛から作られる衣服は、頑丈で肌触りが良く長持ちであると人気が高く交易品としても重宝される。
そしてこの日、黄昏病院を訪ねたシャーリィ。
「よしっ!こんなもんだな。助かったぜ、ロメオ」
「あんまり無理はしないでくれよ、ベルさん。治った直後が一番危ないんだ」
「ああ、分かってるよ」
血塗られた戦旗との戦いで負傷したベルモンドの傷が癒えて退院の運びとなった。
シャーリィはその報を聞いて自ら迎えに赴いたのである。
「元気そうで何よりです、ベル」
「心配かけたな、お嬢。でも大丈夫だ。今日から護衛に復帰する」
ベルモンドの復帰はシャーリィ暗殺を目論み、虎視眈々と機会を窺うスネーク・アイにとって喜ばしくない状況となった。
一方敗者のガイアは目立たぬよう細心の注意を払い、暁の情報網に感知されること無く十五番街からの脱出に成功する。
以後も慎重に移動して、一週間かけてシェルドハーフェン中心部にある一番街へと辿り着いた。
そこはシェルドハーフェンの中心だけあってビルが乱立し、電気も普及しており数は多くないがライデン社製の自動車が道路を走り、様々な人々が大勢行き交うまさに大都会と言える区画である。
その中心に存在する巨大なビル。帝国最大の金融機関カイザーバンクの本社である。
帝室御用達であった頃から更に勢力を増し、今となっては帝国の政財界に多大な影響を与える巨大企業へと成り上がっていた。
その本社一階のロビーにガイアの姿があった。みすぼらしい衣服を纏い、周囲からの視線に屈辱を感じながらも彼は受付へと脚を運ぶ。
「血塗られた戦旗を率いてるガイアって者だ。あんた達から融資を受けてる。責任者と話したいんだ」
受付の女性に出来るだけ笑みを浮かべて語り掛けるが、受付嬢は怪訝そうな表情を浮かべた。
「血塗られた戦旗、でございますか。アポイントメントは?」
「いや、事前の連絡はない。緊急の案件でな、直ぐに話がしたいんだ」
周囲の者は怪訝そうな視線を向ける。彼が血塗られた戦旗の代表である保証など無いのだから。
「お待ちください」
判断に困った受付嬢はガイアを待たせて上司と相談。上司が確認すると、意外なことに面談が許可された。
「ガイア様、担当の者がお話を伺います。どうぞ此方へ」
帝国では非常に珍しいエレベーターを使い最上階へ向かう。
尚、このエレベーターは蒸気機関を用いており、維持費もバカになら無い。
最上階にある執務室。全面ガラス張りで、シェルドハーフェンを見渡すことが出来る。調度品も帝国有数の高級品が集められていた。
机に座り書類を裁いていたカイザーバンク総裁セダール=インブロシアは、部屋へ通されたガイアを一瞥して、書類に視線を戻した。
「見ての通り多忙の身、用件は手短にお願いします」
「セダール総裁、会えて嬉しいぜ。その、追加の融資を受けたいんだ」
ガイアの言葉にセダールは手を止める。
「血塗られた戦旗には充分な融資を行ったはずですが」
「他の奴等が下手を打ったんだ!だが、暁にも少なくないダメージを与えてる。だから、もう一押しなんだ。その為には、兵隊を集めないといけねぇ」
「下手を打ったですか。我々からの融資で充分な装備や人員が用意できたはずです。にも拘らず、あなた方は敗北した。いや、惨敗とも言える結果を出してしまった。融資を行った身としては、融資した分を回収できるか疑問ですが」
冷たい視線をガイアへ向けるセダール。
「あんたの心配は分かる!けどな、このままじゃ本当に融資が無駄になるぞ!今ならまだ建て直せる!奴等は俺たちが壊滅したと油断してるんだ!融資が無理なら、兵隊を貸してくれれば良い!」
「更なる融資か、あるいは我々の戦力を求めると。なんとも浅ましい。確証があるのですか?」
「ああっ!絶対に勝てる!」
断言するガイアを見て、セダールは視線を再び書類に落とす。
「更なる融資は行いません。貴方が暁に勝利するとは思えませんし、暁の実力を計ると言う目的は果たされました」
「何の話だ!?」
「目的は果たされました。よって、次は回収を行います。予定通りではありますが、もう少しあなた方には頑張って頂きたかったですね。あなた方の不甲斐なさは、予想以上で失望を禁じ得ません」
再び顔を上げたセダールの視線はどこまでも冷たく、ガイアは身の危険を感じて冷や汗を流し、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
直ぐにこの場を離れなければいけない。
そう考えたガイアではあったが、いつの間にか屈強な男達に囲まれていることに気付く。
「ガイアさん、融資した分を回収させていただきます。あなた方には感謝している面もありますし、出来るだけ楽になるようにしておきますね」
「あっ……ああぁ……」
ガイアは自身の迂闊さを呪った。目の前の男は、金融王である前に自分と同じ裏社会の人間であることを、身を以て思い知らされることになる。
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