「あらまあ」
「やあ、アイリス嬢。同じクラスだね」
アッシュは私に微笑んだ。
三年となり、クラス替えが行われた。私とヴァイスは同い年だが、婚約者であるせいか、クラスはずっと同じだった。
そして今回、編入となったアッシュもクラスが同じとなった。王子のご友人、というより護衛に近い存在だから、同じクラスなのでしょうけどね。
「半年間、よろしく」
「こちらこそ」
王子と一緒の時と比べると、ずいぶんとフランクな感じだ。こっちが素なのかもしれない。
それにしても変ね。ループで同じクラスになるのは分かり切っていたけれど、彼から話しかけてくるパターンは記憶にない。
やっぱり何かフラグを立てたんだ。でもわからない。いつもと同じだったと思うのだけれど……。
「王子殿下と一緒にいなくていいのかい?」
「ん?」
「王子様」
アッシュの視線は自然とヴァイス王子と、その周りに集まる女子生徒たちに向けられる。
「婚約者として見過ごしていいのか?」
「同じクラスになってはしゃいでいるのでしょうよ」
私は微笑してみせた。
クラス替えで初めて王子と同じクラスになった貴族娘たちが、ご機嫌取りをしているのだ。
「王族主催のパーティーだと、出席者は皆ご挨拶に伺うでしょう? それと同じ」
「なるほど。わざわざ目くじら立てるほどではない、と」
アッシュは自らの顎に手を当て、考えるポーズ。うーん、このイ・ケ・メ・ン。心なしか以前より近くて、ドキドキしてくるわ。
「まあ、あわよくば側室狙いの子もいるでしょうけどね」
王子の婚約者は、私。それはこの国の王も認めている。正妻は無理ならば側室に――ということだ。もっとも、あの娘たちの何人が心からそれを望んでいるかは知らないけれど。
貴族の娘は政略結婚の道具。恋愛結婚など望むべくはない。……現代で恋愛して結ばれるというものを知っている私としては、世知辛くあるわ。
ちなみに、前世での私の恋人は、ゲームの中にしかいなかったけどね!
「それより、あなたこそ王子様のそばにいなくていいの?」
「何故?」
「あなた、殿下の護衛も兼ねているのでしょう?」
「お見通しだったか。アイリス嬢は鋭いね」
「ふふん、あまり褒めないで。すぐ調子に乗ってしまうから」
私はニヤリとしてしまう。令嬢らしく余裕ぶっているけれど、褒められると嬉しい。私に尻尾がなくてよかったわ。もう、ブンブンに振っていたでしょうね。
「護衛ではあるけど、殿下はあらゆる守りの護符やアクセサリーで守られている。僕はむしろ、悪漢が出たら取り押さえるほうが仕事」
アッシュは、王子とその周りの娘たちを観察しながら言った。
「あら意外。ボディガードは敵の排除より、護衛対象を何が何でも守るのが仕事だと思っていたわ」
「身を挺するのは僕の仕事じゃないよ」
そう、役割が違うのね。私はそのあたり素人だから、わからないけど。
「フフ……」
「何かおかしかったかな、アイリス嬢?」
「ごめんなさい。あなた、一人称が『ボク』だったんだって、思って」
「おかしいかな?」
真顔のアッシュ。私はクスリと笑う。
「いいえ。でもてっきり『俺』と言いそうな雰囲気があったから、意外だなって思ったの」
「変えたほうがいい?」
素直な表情でアッシュは言う。私に指摘されたから、変えるの?
「そのままでいいわ。可愛いもの」
「可愛い……か」
アッシュは微妙な顔をした。そうそう、男の子にとって『可愛い』は褒め言葉じゃないのよね。
でも可愛い。だから私は訂正しない!
それにしても、アッシュってこんなキャラだったんだ。こんな逸材をこれまで放置していたなんて。
新しいことはしてみるものね。見た目も好みだったけれど割と話しやすい。何のフラグを立ててしまったかは知らないけれど、これなら彼と親しくするのも全然ありね。
「おっと」
アッシュの表情が曇った。
「どうやら王子様はご機嫌斜めのようだ」
私がアッシュとお話したから? と思ったけど、そうではなく、単に周りに集まった令嬢たちのご機嫌取りに、気分を害したようだ。
「誰かが言わなくてもいいことを言ったようね」
王子様は、あれで超真面目人間だから。特に他人への悪口などを嫌う。ついでに――
「冗談を冗談で流せない方ですものね」
よくも悪くも、堅物なのだ、あの王子は。
美形で周囲からモテるの外見なのだけれど、あれで異性との付き合いは、正妻はひとり。側室などいらない、と言ってしまう人なのだ。
ハーレムだって作ろうと思えば作れるのにね。むしろ異性に興味がないのかしら、と一時期は思ったくらいだ。要するに、不器用。
「そろそろお助けしたほうがよろしいかしら」
私は、ヴァイス王子の席へ足を向けて、アッシュへ顔を向けた。
「あなたも。見てないで手伝ってくださる?」
「お邪魔じゃないかな?」
「馬鹿ねぇ、空気の読めないお邪魔虫の役を演じるのよ」
嫌みのない笑みを浮かべてみせて、彼も巻き込む。ええ、そう。私だけ貧乏くじを引くつもりはないわ。
悪役令嬢としたら、ここで娘たちを蹴散らしてもいいのだけれど、それで王子が私に恩を感じても困るのよ。
いまあの人は、運命の女性と巡り会い、真剣に恋愛できる対象ができたのだ。その火を私が吹き消すわけにはいかない。
ループから脱出できるという保証は今のところはない。けれどもし脱出できた時に、この国がハッピーエンドを迎えてくれなくては、脱出を目指す意味がなくなる。
自分だけ生き残って、でも国や世界が滅びるなんて末路は、誰だって嫌でしょうし。
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