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午後の授業が終わり、生徒たちの部活動の時間となる。
全員参加ではないけれど、武術や魔術など己の伸ばしたい技能向上のために、大抵は部活動に参加する。成績いかんによっては、卒業後に影響するから、割と重要。
『赤毛の聖女』においても、意中の攻略対象男子がいる部活に所属したほうがイベントも起きるのだが、ことヴァイス王子を攻略対象にする場合は、部活に所属しないという選択肢が出てくる。
何故なら、王子様は部活動に参加していないからだ。
そして入学した一年生もまた、諸先輩方からの勧誘や、時に命令が発せられて部活に所属させられたりする。
ゲームでは、主人公であるメアリーは、これら部活は自由に選ぶことができるのだが、ランダムで、クラスメイトの不興を買って、嫌がらせされてしまうイベントが発生することがある。
そしてループの経験上、これはランダムではなく、確実に発生する。ゲームならばただの数値の上下で済むが、実際に生きている人間にとってはそうはいかない。
以前のメアリーの中には、いじめられた経験がなくて、メンタルがドン底まで落ちてしまった子がいた
さすがに、いじめとわかっている以上、阻止しなくてはいけない。私の思い描くヒロインハッピーエンド計画において、メアリーは幸せにならなくてはいけないのだ。
「とはいえ、初っ端は回避できないのよね」
なにせ、放課後前、つまり私が一年の教室に行く前に起きてしまうのだから。早足で駆けつけてもちょっと間に合わない。あらかじめ、悪いイベントが起こると、メアリーには伝えてあるのだけれど……。
「メアリー! いるかしら?」
急いできたが、そうと思わせない令嬢スマイル。常に淑女であれ。もっとも、教室に入る早々、声を張り上げるのは、令嬢らしからぬ行動だけれど。
「あ、アイリス様!」
メアリーが反応した。周りの生徒たちも、入学早々の挨拶で私の名前と顔は覚えているから、姿勢を正した。
ざっと見たところ、クラスの大半の生徒はいるようね。……しめしめ。
「メアリー、あなたは私の下僕なのだから、放課後になったらすぐ私のところにきなさい」
悪役令嬢ムーブをかます。
「私は寛容だから、最初だけは呼びにきてあげたわ。……さあ、寮に帰る支度をして、私のところにきなさい」
「はい、アイリス様」
渋々、というか少々気落ちしたようなメアリーの動き。クラスメイトたちは、驚いたり、あるいは不思議そうな目で、それを追う。
「あら、その鞄……」
私はさっそく気づいた。メアリー愛用の鞄に、派手な傷がつけられている。
初っ端の嫌がらせイベント。主人公の私物にイタズラする、だ。この手のイベントが、後々攻略対象に影響するものなら、私も手を出さないけれど、今回のこれはそれともまったく関係ないことを知っている。
さあ、始めるわよ! 私は自身の胸に手を当てて、大げさに驚いてみせる。
「まあ! なんてこと! 私があなたにプレゼントした鞄に傷がついているじゃない!」
教室に響いた私の声に、クラスメイトたちの空気が凍った。
「私、マークス侯爵の令嬢たる私が送った品に傷をつけるとは、どこの愚か者なのかしら!?」
私は教室を睨みつけるように見渡せば、一年たちの表情が青ざめる。
「あ、あの、アイリス様――」
「あなたはお黙りなさい、メアリー」
ピシャリと発言を遮る。もう少し、お芝居に付き合いなさい。
「私の所有物であるメアリーに手を出した愚か者は、今すぐ名乗り出なさい。マークス侯爵家に逆らった愚か者は、家ごと潰してやるわ!」
「……」
もちろん、こんなことを言えば、犯人は名乗り出れないだろう。出たら家が潰されるなんて。
上級貴族である侯爵家に逆らえば、たとえ貴族だろうが本当に家が潰されるなんてこともあり得るのだから。貴族の権力とは理不尽。やると言ったらルールや法律さえ、かいくぐり落とし前をつけさせるのだ。
沈黙が恐ろしいほどのトゲとなって、一年生たちの心を痛めつけているだろう。さて脅しはこのあたりでいいだろう。今回のそれは犯人をいぶり出すのではなく、警告なのだから。
「なるほど……どうやらこのクラスの者ではないようね。私は寛大だわ。今回は見逃してあげる。でも次はなくってよ」
はっきり、きっぱり宣言する。
「私の所有物に手を出した者は、学校追放だけじゃ済まさないわ。それと、もし私のメアリーと、その持ち物に手を出す者を見かけたら、私に報告しなさい。知らせた者には、私がご褒美をあげるわ」
飴と鞭。侯爵家にご機嫌取りをしたい者たちには、密告でご褒美はおいしい。特に貴族連中は、他人の足を引っ張ることに余念がないから、これでメアリーへの悪さはできなくなるでしょうね。
まあ、それでも手を出す馬鹿には、裏で制裁してやるけれどね。私は寛大だけれど、二度はないのよ。
「さ、行きましょう、メアリー」
教室を出る。私の後に従者のようにつき従うメアリー。他のクラスの一年生たちも、何事かと私たちを見ているけれど、意に介さない。
寮にある私の部屋へと向かう道すがら、人がいないのを確認して、私は言った。
「大丈夫?」
「はい、嫌がらせイベントが起きるって、教えてもらってましたから」
メアリーは薄く笑った。なお、メアリーが本来、愛用していた鞄は無事であり、今回傷がつけられたのは、本当に私が手配して渡しておいたものだ。
なので私がプレゼントした、というのは嘘ではなく本当である。よく似た類似品であり、よく見れば違うってわかるんだけれどね。
「これで明日から、愛用の鞄が使えるわね」
メアリーの持ち物に対する嫌がらせもほぼ不可能になるだろう。どれが私が手配したものか、傍目にはわからないから。
「でも、私の手の届かないところで、グレーゾーンの嫌がらせは起きるかもしれない。授業でも平民差別の教官や上級生がちょっかいを出してくることもあるわ」
これはアイリス個人ではなく、平民生全体を狙ったものだが。
「油断はしないでね。あまりに悪質なら私が処理するから、遠慮なく告げ口しなさい」
「告げ口、ですか……」
「そう、告げ口。日本人って、そういうの苦手なのよね。我慢しても何の得にもならないからね」
それに――
「私、立ち位置は悪役令嬢なのよ」
「わたしにとっては、救世主ですけどね」
メアリーが屈託のない笑顔になれば、それで私の心も温かくなる。この娘は、やはり笑っているところが一番だ。この世界の男たちが、ときめくのもわかるわ。
「見方の問題よね。……さあ、今日はケーキを作ろうと思っているのだけれど、あなたもどう?」
「アイリス様って、本当に色々できてしまうんですね」
「お菓子作りは前世で少しやって、あとはこの世界で研鑽を重ねたのよ」
料理だけではない。何十にも渡るループの結果、私は大抵のことができてしまえるようになった。
たとえるなら、レベルカンストしているプレイヤーキャラみたいな?