一度始まった揺れは、その後も弱まることなく続いた。
そしていよいよ鳴海たちがいる通路の壁面にもヒビが入り、崩壊が現実味を帯びてくる。
と、そこへ更にドドドッ…という不穏な音が聞こえてきた。
3人がバッと目を向けた先には、数時間ぶりに会う頼れる人物の姿があった。
「もう逃がさないぞ。」
「ムダ先!」
「来たか。」
「無人くん!」
「今いいところだったんだよ!邪魔すんじゃねーよ!」
相変わらずイライラしながら叫んでいる矢颪を無視し、無陀野は彼の背後に見えている鳴海の元へ駆け寄る。
「唾切に何かされたか?」
「接触はしたけど、特に何も。」
「そうか…俺のモノかと聞かれただろ。」
「あ、うん。」
「…危険な目に遭わせて悪かった。」
「! 無人くんは何も悪くない!」
「だが事実、こうして影響が出てる。これから何か聞かれても、知らぬ存ぜぬで通せ。」
「どうしても…?」
「どうしてもだ」
「…無人くんの奥さんって言ったらダメ?」
「お前の身を守るためだ。」
「……目の前で言われるとショックだから、俺がいる前では絶対言わないで。」
「拗ねるな。」
「拗ねてないもん。」
少し不満そうな表情を見せる鳴海に何か伝えようと口を開きかけた無陀野だったが、桃太郎がそう長々と待っているわけはなく…
自身の能力を発動した蓬は、上着を脱ぎ捨て臨戦態勢に入った。
今地下通路には戦闘部隊の一般隊員たち、鳴海と生徒2人、そして彼らの担任の先生がいる。
この場面で桃太郎の相手をするのは…もちろん鳴海である。
「蓬ちゃーん!出てきよー!もっと遊ぼってばー!ねぇー!蓬ちゃんの能力コピーさせてよ〜!」
「無陀野さん…どーします、これ…?」
「…」
「閉じこもっちゃってますよ。」
あの蓬と言えど、疲れ知らずスタミナお化けの鳴海が出てきては勝ち目はない。
桃太郎は自分1人という状況も相まって、先程までの強気な態度から一変…自ら作り出した箱の中に身を隠してしまった。
「もう壁を塞ぐ力も残ってない。放っておこう。」
「いいんすか!?」
「崩壊も近い。優先すべきは内部の救助だ。鳴海、いつまでもゴンゴン叩くな。行くぞ」
「やだーっ!蓬ちゃんの能力欲しい!」
隊員にそう答えると、無陀野は嫌がる鳴海にハーネスを着け、仲間を連れて支部内へと足を速める。
その道中皇后崎が、気にしていたもう1つのことを無陀野へ問いかけた。
「なぁ。途中でチャラい医者見たか?」
「京夜か?いや。鳴海、何か知らないか?」
「知ってる!っていうか、俺はそれを迅ちゃんに伝えるために来た!」
「…あぁ、確かに何か言おうとしてたな。」
「バタバタしててすっかり忘れてた…ごめん。一言で言えば…大丈夫!」
そうして内部へ到着した一行は、鳴海の言葉の意味を目の当たりにする。
声がする和室を覗けば、そこには変わらず元気な花魁坂の姿があった。
皆が脱出のためにバタバタと動いている中、鳴海は静かに横たわる一ノ瀬の元に歩み寄る。
花魁坂の治療のお陰で傷は治り、傍目には寝ているように見えるだろう。
だが数十分前まで彼はあの唾切と激闘を繰り広げ、そしてついには隊長格を倒してしまったのだ。
一ノ瀬の髪を撫でながら、鳴海は彼の傍を離れない芽衣へと話しかけた。
「このお兄ちゃん、強かった?」
「うん…!私のこと守ってくれた。」
「そっかぁ。でもね、このお兄ちゃん鬼になったばっかりで、まだまだ未熟な部分も多いんだぁ。」
「そうなの?」
「そう。だから本当なら、あそこの桃太郎を倒すなんてこと出来なかったと思う。」
「でも、やっつけてくれたよ?」
「それは…芽衣ちゃんがいたから。」
「私?」
「うん。このお兄ちゃんすごく優しくて、誰かのために全力で頑張れる人なんだ。だから芽衣ちゃんを守るためなら、命を懸ける覚悟があったと思う。お兄ちゃん…四季がここまで頑張れたのは、全部芽衣ちゃんのお陰。芽衣ちゃんがいなかったら、お兄ちゃんは死んでた。四季を守ってくれてありがとう。」
そうして優しい笑顔と声を向けられた芽衣は、ふと一ノ瀬から言われたことを思い出す。
“…鳴海は俺にとって天使なんだ。”
“だから芽衣も、何かあったら鳴海に甘えていいんだからな?”
そこまで思い出した芽衣は、気づけば鳴海に駆け寄り抱きついていた。
鳴海から発せられる温かい何かに触れ、その安心感で芽衣の涙は次から次へと溢れ出す。
優しく少女を抱き締め、泣き止むまで頭を撫でている鳴海の姿は、一ノ瀬の言う通り…まるで天使のようだった。
一方、一ノ瀬にやられ死にかけている唾切に対し、彼と向かい合う無陀野は冷たい視線を向けていた。
2人の現世での最後の会話は、鬼神の子・一ノ瀬についてだった。
「無様だな。」
「自分でもそう思うよ。」
「最後に…一ノ瀬四季の鬼神の力はどうだった。」
「…凄まじかったよ。けど僕には、命そのものを燃やしてるように見えたけど…?」
「「…」」
「(四季ちゃんが鬼神の子…なんとなくそんな気はしてたけど…)」
唾切の言葉に、無陀野と花魁坂は少し表情を曇らせる。
そして鳴海もまた、目の前で寝息を立てる一ノ瀬をツラそうな顔で見つめていた。
と、話題が一ノ瀬からもう1人の人物へと移る。
「それと、そこにいる鳴海だけど…今後はもっと気をつけた方がいい。」
「…」
「え、俺?」
「昔から見てきたし、鳴海の事だ。君の血は万能性が高いんだろう?回復が出来るとしたら、回復能力のない桃太郎にとっては喉から手が出る程欲しい。君たちが相当大事にしてるところから考えて、僕たちにも有効な力なんじゃないのか?今回の件で顔と名前が割れた。…全力で来るよ。」
「その時は全部返り討ちにしてあげる。俺にはやる事があるからそんな事で死ぬわけにいかないから」
「だといいけど。」
それが、桃宮唾切の最期の言葉となった。
泣き疲れて眠ってしまった芽衣を抱き上げ、和室を出ようとした鳴海だったが、桃太郎の能力を使いすぎなのと心身の疲労とで足元がフラつく。
傍にいた花魁坂が支え声をかければ、1つ大きく息を吐いた鳴海は “大丈夫” と笑顔を見せた。
だがそれを聞いても、花魁坂の表情は冴えない…どころか、むしろ険しくなる。
そして近くを歩いていた隊員に芽衣のことを頼むと、自身は鳴海に向き合った。
「なるちゃん、こっち見て。」
「んぇ…京夜くん?あの、俺大丈夫だよ?」
「どこが大丈夫なの…オーバーヒート起こしてるでしょ」
下まぶたに親指を当てて鳴海の目の中を確認した花魁坂は、医師としてそう診断した。
桃太郎が攻めて来てからというもの、常に誰かしらの治療を行い戦い、その人数もかなりのものになっていた鳴海。
ゆっくり休む間もないこの状況では、自分の血や体力を回復することは難しかった。
「動悸とか息切れは?」
「…」
「なるちゃん」
「…ちょっと、ほんのちょっとある。頭痛い」
「じゃあ体もダルいでしょ。おんぶしてあげるから、背中乗って?」
「そんなことしたら、京夜くんが潰れちゃう…!」
「なるちゃんくらい運べますけど?それに…これ以上無茶すると、またダノッチに怒られるよ?」
「!それは…嫌。」
「ほらおぶってあげるから休憩しよ」
鳴海の言葉に優しく返事をしながら、サッと背中を向ける花魁坂。
遠慮がちに乗ってくる友人からお礼を言われれば、彼は “どういたしまして!” と明るく言葉を返すのだった。
体を休める場所として、鬼が経営している旅館に到着した一行。
各自が自分たちの部屋へ向かう頃には、花魁坂の背中から穏やかな寝息が聞こえてきていた。
無陀野に一言断りを入れてから、花魁坂は鳴海をおぶったまま彼の部屋へと向かう。
そしてキレイに整えてある布団へ鳴海を寝かせると、自分も静かにその傍へ腰を下ろした。
気持ち良さそうに眠る鳴海の髪に触れながら、花魁坂はとても小さな声で言葉を紡ぐ。
「動けるようになってきたね…血の扱いも菌の扱いも昔より上達してるし、これなら本格的に前線復帰か……妬けちゃうな~」
鳴海が医療部隊の隊長を退き京都を離れ、無陀野と共に東京へ渡ったのが約2年前。
2年という決して短いとは言えない期間を、2人はどう過ごしていたのか…
割と頻繁に鳴海から連絡はもらっていたが、日々の全てを聞いているわけではない。
自分の知らないところで、鳴海と無陀野が強い絆で結ばれていたことに、花魁坂はどうしようもなく嫉妬した。
「俺…思ってたよりもだいぶなるちゃんのこと好きみたい。ダノッチに嫉妬までするとか…笑えるよね。」
相変わらず穏やかに眠り続ける鳴海の顔を見つめながら、花魁坂は自嘲気味にそう呟いた。
告白されたことも、自分からしたことも、これまでの人生で1回や2回ではない。
学生時代何度も告白しようとしたが鳴海は色んな人から好かれていた。でもその度に”無人くんのことが好きだから”の一言で断っていた。
そして気がつけば2人は結婚して鳴海は人妻になっていた。
「でも安心して、なるちゃん。この想いは絶対にぶつけないから。誰にも話さないし感ずかせない」
鳴海へ悲しそうに微笑みかけると、花魁坂は静かに部屋を後にした。
サッとお風呂で汗を流してから浴衣に着替えた花魁坂は、医師として一ノ瀬が眠る部屋へと足を向ける。
室内には、自分が不在の間一ノ瀬を見守っていた無陀野の姿があった。
相変わらずキッチリ私服を着ている同期に苦笑しながら、花魁坂は小さな声で話しかける。
「お疲れ~四季君どう?目覚ました?」
「いや、まだだ。だが呼吸は安定してる。」
「良かった~…じゃあダノッチも少し休みなよ。」
「仮眠ならさっきした。それより鳴海の方は?」
「こっちも大丈夫。もうすぐ目が覚めるんじゃないかな。」
「そうか…」
「どうしたの?」
「いや…起きたら少し話がしたいと思っただけだ。」
「おっ。何、ケンカでもした?」
「してない。」
“そうだったら面白いのに…” と思ってしまったことは隠して、花魁坂は無陀野を酒に誘う。
まだ0時を回ったばかりだし、生徒たちはもうしばらく起きてこない。
いつでも気を張っている無陀野に、少しでもリラックスしてもらいたいという彼なりの気づかいだった。
「…お前は程々にしておけよ。」
「分かってます~」
そんな会話をしながら窓際に置いてあるイスに座り、一升瓶を開ける2人。
特に何かを喋らなくても気まずい空気にならないのは、彼らが積み重ねてきた年月のお陰だろう。
月に照らされながら向かい合う無陀野と花魁坂は、傍から見ればとても絵になる光景だった。
数時間後…
静かにお酒を楽しんでいた2人の耳に、コンコン…という控えめなノックが聞こえてくる。
花魁坂がドアを開ければ、そこにはすっかり回復して笑顔を見せる鳴海が立っていた。
「なるちゃん!起きて平気?」
「平気!京夜くん俺が寝てる時横にいた?」
「あ、うん。よく分かったね」
「京夜くんの匂いがしたから」
そう言ってふわっと笑う鳴海に、花魁坂は堪らなくなる。
会えない期間が長くても、自分の僅かな残り香を感じ取ってくれる彼の存在が愛おしくてしょうがないのだ。
「(ヤバいな…気持ち抑えられなくなりそう…)」
「京夜くん?大丈夫…?」
「ん?大丈夫だよ!それより部屋入る?そんな目パッチリしてたら、もう寝られないでしょ。」
「あ、お酒呑んでる!ずるい…」
「言うと思った。っていうか…俺一緒に呑みたいんだけど?ダメ?」
「!ダ、ダメ…じゃない!」
「ふふっ。よかった。」
「…おい、鳴海は入ってこないのか?」
「ふっ。ほら、旦那様もあー言ってることだし。おいで?」
笑顔でドアを開ける花魁坂にお礼を言いながら、鳴海は静かに中へと入った。
手渡された酒を飲みながら一ノ瀬の様子を聞いたり、今回の事件について彼らと話し合ったりして時間を過ごす鳴海。
そんな彼に話があると言っていた同期の言葉を不意に思い出した花魁坂は、またもお得意の気づかいを見せた。
「さて!俺ちょっとその辺散歩してくるね。」
「え、こんな時間に?」
「…ダノッチが仲直りしたいんだって。」
「へ?」
「京夜。」
「じゃあ行ってきま~す。」
そう言って笑みを見せると、花魁坂は部屋を出て行った。
彼の言葉にピンと来ていない鳴海は、キョトンとした表情で無陀野の方へ顔を向ける。
同期の露骨なやり方に大きなため息をついた無陀野だったが、一方でこういう機会を与えてくれたことには感謝していた。
鳴海を窓際のイスに誘うと、向かいの席に座っていた無陀野はゆっくりと話し始める。
「さっき地下通路で話してた件だが…」
「あ、うん。」
「俺だって、お前を嫁にして後悔したことなんて一度もない。むしろ公開したいくらいだ。」
「無人くん…」
無陀野が話したかったのは、京都支部の地下通路で自分の嫁だということを隠すように言った件についてだった。
あの時しっかりと想いを伝えられなかったことを、彼自身ずっと気にしていたのだ。
無陀野はイスから立ち上がり、鳴海が座る方へと移動する。
そして膝をついてしゃがむと、また静かに話し始めた。
「お前は俺にとって世界で1番愛している人で、大切な存在だ。それだけは信じて欲しい。俺たちがお互いの想いを理解してれば、口でどれだけ嘘をついても何の影響もないだろ?それとも…そんなことで壊れるような関係なのか?俺とお前は。」
「そんなことない!」
「俺もそう思ってる。だから少しだけ、嘘つきになってくれ。」
「…無人くんのため?」
「あぁ、俺のためにだ。できるか?」
「うん!無人くんのためなら、もちろん」
「ふっ。いい子だ。」
いつもの明るい笑顔で返事をする鳴海に、無陀野も少し笑みを見せながら鳴海の口にキスを落とす。
愛してやまない旦那様から褒められた鳴海は、すっかりご機嫌モードだった。
だがここで1つ疑問が…
「でも今回の件で俺が生きてるのも無人くんと結婚してるのもバレたんだよね?ならこの情報いらなくね?」
「確かに隊長格の連中にはそうかもしれない。だが今回の情報が桃太郎全体にすぐ広まるとは思えない。下っ端の連中はまだしばらく、”無陀野の秘書” という情報だけで鳴海を探そうとするだろう。念には念をだ。」
「なるほど…分かった!」
鳴海との会話を終えた無陀野は、飲み物を買おうと一旦部屋を出る。
ドアを開けると、そのすぐ傍に散歩に出ていた花魁坂が立っていた。
「何やってる。入らないのか?」
「2人にしてあげてたの。ちゃんと仲直りできた?」
「元々ケンカなんかしてないと言ってるだろ。」
「そうでした~。で、どっか行くの?」
「水買ってくる。お前もいるか?」
「ううん、大丈夫。ありがと。」
そうして無陀野と入れ替わりで入って来た花魁坂と共に、一ノ瀬を見守ること数十分…
ついに大激闘を繰り広げたヒーローが目を覚ました。
「ん?ここは…?チャラ先…?鳴海もいる!」
「お!起きた!」
「おはよう、四季ちゃん」
「鬼が経営してる旅館借りてんのよ。もう朝の5時過ぎだから、他の生徒は部屋で休んでるよ。」
「! 先生。」
「よくあの唾切を倒したな。」
水を差し出す無陀野に声をかけられ、一ノ瀬は改めて自分が勝ったことを認識する。
だが彼の口から出るのは渇いた笑いと、後悔の言葉だった。
「…まぁ…芽衣の両親は帰って来ないんだよな。」
「そうだ。喜ぶにはあまりに多くを失った。それでも俺らは前を向かないといけない。今はただ…生きて朝を迎えられたことを喜ぼう。」
開け放った窓から朝日が差し込む中、無陀野はそう言って一ノ瀬を振り返る。
それから1時間もしないうちに、生徒たちは各自支度を整え、港に集合していた。
早朝ということもあり、見送りは花魁坂と芽衣の2人だけだ。
「じゃーなー!次は普通に観光したいわ。」
「はは!マジで来なよ!芽衣ちゃんもこっちで引き取るから、たまには会いにおいで。」
「おい、出発するぞ。」
無陀野の合図で、生徒たちはゾロゾロと動き出す。
そんな中で花魁坂は、またしばらく会えなくなる友人に声をかけた。
小走りで自分の方へ走ってくる鳴海に、彼は笑顔を見せる。
「久しぶりの京都だったのに、全然ゆっくりできなかったね。」
「本当に…さっき四季ちゃんも言ってたけど、今度は絶対観光で来るね!」
「ふふっ。待ってる!…あ~またしばらく会えないのかぁ。」
「寂しい?」
「うん、寂しい。」
「!」
「行かせたくない。」
「京夜くん…!」
「…な~んてね。冗談だよ。また連絡する。」
「うん!」
その言葉にニカッと笑った鳴海であった
鳴海と花魁坂が話している頃…
芽衣は自分を守り、助けてくれた一ノ瀬へ声をかけていた。
彼女の心からのお礼と満開の笑顔に、一ノ瀬もまた明るい笑顔で言葉を返した。
と、そんな彼の元へ、何かを思い出したように芽衣が駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「あのね、天使の先生がお兄ちゃんのこと褒めてたよ!」
「え、鳴海が!?」
「うん!すごく優しくて、誰かのために頑張れる人だって言ってた。」
「へへっ。そっか!教えてくれてありがとな!」
芽衣に嬉しそうにそう言ってから、足取りも軽く船に乗り込む一ノ瀬。
後から乗って来た鳴海を見つけると、ニコニコしながら駆け寄った。
「鳴海!」
「あ、四季ちゃん。なになにどしたの?そんな嬉しそうにして。」
「芽衣から聞いたんだけどさ…鳴海、俺のこと褒めてくれたんでしょ?」
「あー、褒めたなぁ」
「それ聞いたらすげー嬉しくてさ!だから今度は直接褒めて欲しいな~って!」
キラキラした目で自分を見つめてくるワンコのような一ノ瀬に、鳴海も思わず笑みが漏れた。
吸っていた煙草をポケット灰皿に押し付け火を揉み消す。
これだけ望まれて無視はできない!と鳴海は男気を見せる。
一ノ瀬の髪の毛をワシャワシャと撫でながら、今回の彼の活躍っぷりを褒め称えるのだった。
「よくやったぞ、四季ちゃん!!頑張った!あの唾切を倒すなんてすご過ぎるよ!」
「うわっ…!」
「…四季ちゃんがいなかったら、今こうして皆で帰れてたか分からない。芽衣ちゃんだって、あんなに明るく笑えてなかったと思う。俺ね…四季ちゃんのその真っ直ぐで、誰かのために頑張れる性格がすごく好きなんだ。傍にいると元気もらえるから。だから今までのことも、今回のことも、本当にありがとう。お疲れ様!」
頭を撫でていた手を止めて穏やかに話していた鳴海は、そう言って一ノ瀬へ優しい笑顔を向ける。
ド直球で褒められたこと、頭を撫でてくれた優しい手、自分が大好きな笑顔…
その全てが一気にやってきて、褒められ慣れてない一ノ瀬の脳内は嬉しさと照れくささでぐちゃぐちゃになる。
結果、彼はその場に座り込んでしまうのだった。
「え、四季ちゃん!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫…!あ、えと、その…」
「ん?」
「…嬉しすぎて、処理しきれねぇだけ…だから。」
「! ふふっ。四季ちゃん顔真っ赤だよ?」
「い、言うなって…!自分でも分かってっから…!」
赤い顔のまま上目遣いでこちらを見る一ノ瀬に、鳴海はニカッと笑った。
普段のやんちゃな彼からは想像もできない程、その表情は可愛らしいものだった。
「四季ちゃんも整った顔してるよね。」
「へ?」
「今の表情もすごく可愛かった!」
「可愛い!?俺が?マジで言ってる?」
「うん!言われたことないの?」
「ねぇって!初めて言われたよ。」
「そっか!じゃあ四季ちゃんのモテ期はこれからか!」
「え~そんなの来るかな~?…って、俺の話はもういいから!それより俺、鳴海の話聞きたい!」
「俺の?」
「おぅ!鳴海、前まで京都にいたんだろ?そん時のこととか教えて!」
「ん~特に変わったことないと思うけど…まぁ時間もあるし、少し聞いてもらおうかな…!」
そうして鳴海は、動き出した船の上で自分の過去について話し始めるのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!