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「立花?」
夕方、郵便物や宅配便を各業者から受け取った真衣香は、各部署に郵便物を届けていた。
その途中、一階の営業部入り口付近で声をかけられた。
相手が誰だかわかっているから、振り返る前からドキドキとして、急いで表情を作ってしまう。
もちろん、笑顔だ。
「坪井くん、お疲れ様」
「はは、お疲れ。何だろ今日全然会わなかったね、忙しかった?」
言いながらひょいっと真衣香が手にしていた分厚い封筒を取った。
「あ、やっぱうちのだった。見覚えのある封筒だと思ったんだよね」
「ありがとう、重かったから助かるよ」
「うん、で? 今日忙しいの?」
話題が流れていかなかった。
と、いうことは、真衣香の今日が忙しかったか忙しくなかったかは今の坪井には大事な話題なんだろう。
「ううん。でもそういえば営業部関連の仕事、今日はなかったから。坪井くんには全然会えなかったよね」
そうは言っても、このところわざと自分から出向くようにしたり、少しでも会えたらいいな。仕事中の坪井を見られたらいいな。
そんな不純な動機で動いたりもしてしまっていた。
(我ながらちょっとどうかとも思うけど……)
じゃあ、今日は違ったのか?
――そう、違ったんだ。 明確には、そうなるように動いていた。
「ふーん、そっか」
坪井が何となく不服そうに聞こえる声で聞こえる声で短く返してきて、けれど。
何故か続く言葉が出てこない。真衣香は焦りを誤魔化すように、下を向き唇に力を入れた。
実際には数秒程度だったのかもしれないが、真衣香は延々と続いているかのような沈黙に耐える。
しかしその間、ジッと見つめられているように感じ……。
その視線の先が、真衣香の、不自然に力む唇に注がれている気がして。
変な焦りが心を襲った。
「んー、っと。 あのさ、立花。気のせい? 目が合わないんだけど」
「え? き、気のせい……」
ギクリとしながらも歯切れの悪い返事をしていた、
そんな真衣香の返事を途切れさせたのは――
「あ。やっと見つけた、涼太」
聞き慣れない、明るい声だった。
けれど記憶の端に残る声だった。
『涼太』
それは口にしたことはないけれど、もちろん誰の名前かなんて、知っている。
「……夏美?」
『夏美』
と、声にした。
声色に、なぜ感じるんだろう。
重ねた年月や、真衣香の知らないところで囁きあったであろう景色や、歴史や、深みや。
立ち入れない、厚みを。
知らない空気が一気に真衣香の周辺を囲ってしまったような。
真衣香を弾き出してしまったような。
激しい居心地の悪さ。
「あ、夏美って言った。会社なのに~! なんてね」
「……ったく、お前な」
「ん?? 誰だって? お前?」
「……咲山さん」
ため息をついて、それでも言い直した坪井を見てご満悦と言った表情で、前山は頷きながら答えた。
「はいはい、咲山夏美さんだよ。久しぶりだねぇ元気?」
独特なリズム。だけど二人の距離の近さを感じる。
きっと二人はこんなふうに言葉を交わし合い、真衣香の知らない日々を一緒に過ごしてきたんだろう。
さらりと揺れるボリュームのある柔らかな、淡い栗色の髪。
軽く上品に巻かれた毛先と、トップに程よいボリュームを出したハーフアップ。
咲山が言葉を発し肩が動くたびに、こちらにまで、いい香りが漂う。
可愛らしさと、大人っぽさの両方を兼ね備え、同性の真衣香の視線をも奪う。
(意識して見ちゃうと、ほんと綺麗で、ほんと……坪井くんと並んで違和感がないどころか)
ただただ、お似合いでしかない。
自分とは雲泥の差だ。
自虐心いっぱいの胸が苦しさを訴えてくるが、気付かぬふりをして、真衣香が知る限りの咲山を思い出していく。
彼女は、真衣香たちが入社するまでは営業二課に在籍していたと聞くが、その後仕事ぶりを評価され新設された営業所へ異動になったのだという。
二年前の新人研修では『もう引継業務だけだからね、暇だし手伝わされてるんだよ』と。
当時研修を受けていた数名の同期だった人や、坪井が咲山さんと、そんな会話をしていたように思う。
その中で誰かが言った。