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『え~、咲山さん異動しちゃうんですか。残念だな。こんな美人が会社にいてくれたら毎日ヤル気出るのにな~』
休憩中、上司が席を外した、談笑中。
休憩中にも関わらず、余裕なく資料に目を通していた真衣香には声の記憶しかないのだけれど、
惜しむ声の主が、坪井の声に変換されてしまう。
そんな風に二人は距離を縮めたのかもしれない。
(って、もう嫌だ……妄想しすぎ)
あやふやな記憶をも、二人に繋げようとする自分を、心の中でひっそり叱咤し、会話を見守る。
「え。何、今日本社来る日だったの?」
「ちょっとー、私、先週連絡したじゃん、行く予定だよって」
「……あー、見てないかも。マジで忙しかったんだよ、最近」
見守っていた二人の会話が、不安な心を確定的なものにした。
(連絡、取ってるんだ……。別れてからも)
モヤッとしたものが深まってく。
珍しいことじゃないのかもしれない。 世間の別れた男女の間では当たり前のことなのかもしれない。
ただ、真衣香が知らなさすぎるだけで、心が狭いだけなのかもしれない。
そう、思うのに、自分と並んで歩いてるとき、笑い合ってるとき、触れてくれているとき。
その時共にいた坪井は、咲山という綺麗な元恋人とも連絡を取り合い、彼女はまだ彼の世界に存在していた。
その事実が、自身の想像を遙かに超えて、深く胸を抉ってきたのだ。
「怪しい~。 だって」
咲山が真衣香に視線をうつした。
「新しい彼女なんだって?立花真衣香ちゃん」
悶々と考え込んでいた真衣香に突然二人の注目が集まる。
「……え?」
ものだから、反応が鈍くなってしまった。
「立花さんだよね? 今日久しぶりに本社に用事で来てたんだけど二人の話題で持ちきりだったの、驚いた」
「あ、えっと」
うまく言葉が出てこない。
「意外な組み合わせだなぁって思って! 立花さんっておとなしくて可愛らしい感じで、男に言い寄るイメージってあんまりないのに」
ぐいぐいと距離を詰められる。
そんな咲山を制するような坪井の声が割り込んできた。
「あのさ~、解せないんだけど、なんで立花が言い寄った前提なんだよ」
「だって、そりゃ……」
咲山が真衣香をじっと見る。
それこそ上から下まで。
その目が何を言いたいかなんてわかる。
釣り合ってない、とか。 こんなタイプ好きだっけ? とか。
雰囲気が全然違うとか、気の迷いなんじゃない?とか。
そういう目だと真衣香は思った。
視線自体にはここ最近でかなり慣れたのだけれど相手が相手だからだろうか。
思ったから、俯いてしまった。
(やっぱこうやってすぐに自分から負けて……嫌になるな)
誰かに前向きになれる道筋を立ててもらわなければ、そうはなれないのだろうか。
そんな真衣香の気持ちを知ってか知らずか。
あっけらかんと坪井は言い放った。
「可愛いだろ? 俺が言い寄ったんだよね、な?立花」
「え!?」と、咲山が驚いたような声で、不服そうな顔をして叫んだ。
真衣香が反応を返すよりも早く、
「はい、この話題終わり」と、まだ何か言いたそうな咲山の口元を坪井の手が覆う。
ためらいなく触れた、その手。
坪井は隠すことも誤魔化すこともなく言ってくれたのに、対する自分は何に気を取られているのか。
直視できない自分が何だか惨めだと、またきつく唇を噛み締めた。