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カイルは裸足のまま、四階の入り口前で肩を上下させて息を吐いていた。
額から汗が首筋に伝い落ちる。振り向くと、後ろには誰の姿も気配も残っていない。
喉の奥で笑いかけたが、足が止まる。
「でもなぁ…..」
小さな声がホールの壁に吸い込まれていく。胸の奥がもやもやとうるさい。
ここまで来て逃げ切るだけでいいのか?自分の足跡を振り返る。踏み荒らされた骸骨の破片をつま先で弾き飛ばす。
エリーゼたちはもっと奥に進んだ。彼女達は立派にやってる。なのに俺は?
漢なら後悔しないように頑張れよ!
自分を叱るように、転がっていたスケルトンの腕を踏みつけた。
骨の欠片が転がり、壁に当たって乾いた音を立てる。
息を整え、脱いでいた靴を置くと、勢いよく足に通した。硬い床を踏み鳴らしてホール中央へ走る。
俺が今、本当にやりたいことは――
「高そうな素材を集めること!!」
声が反響し、ずっと先の暗がりまで弾けて消えた。瞳に灯るのは、卑しさも迷いもない光だ。真ん中に積み上がる宝の山を、獲物を見る獣の目で睨む。
勿体ないよな!!せっかく俺が頑張って手に入れたもんだし!
「早く帰ってリーズちゃんに自慢するんだー!」
その叫びは、暗がりに弾けて遠くまで転がっていった。剣や装備が転がり、杖が跳ね、魔力石が鈍い音で床を転がる。金属と石のぶつかる音が混ざり合い、ホールにざらついた響きを残す。
宝の量に埋もれかけ、カイルは床に膝をつきながら、笑みを噛み殺すことができなかった。
「スッゲー金持ちの気分なんだけど!これ最高ですやん!!」
掴んだ素材を両手で抱えようとしたが、普通のアイテムになんて興味はない。
「何を持って行こうかねえ」
宝の間をかき分ける手が、ひやりと光を弾いた。端に転がる宝石を押しのけた先で、まぶしい金色が息を潜めている。
「何だあれ?」
転がる石を無造作に払いのけると、金色の剣がゆっくり姿を現した。
光が刃を滑り、目を刺す。まぶしさに目を細め、思わず顔を背ける。
「絶対高いやつやー!!」
喉を震わせ、剣を頭上に掲げた。声を張り上げながら、素材の山を踏み越え走り出す。足元で砕けた石が跳ね、鈍く転がる。
すると、周囲の空気が微かにうねった。床の裂け目から、じっとりとした影が滲み出す。泡立つようにスライムが形を持ち、骸骨の奥でメイジの杖が光り、骨の継ぎ目が軋む音と共にスケルトンが立ち上がった。
「かまってる暇はないしな。」
肩越しに笑い、剣を握り直す。
「強いっていうのも困るもんだねぇ。」
小さく息を吐くと、背後に湧く気配を振り切るように宝の山を蹴って飛び出した。硬い床を踏むたびに、モンスターの呻き声が背後でこだまする。
カイルは振り向かず、薄暗い通路へ吸い込まれていった。
四階層の階段前には、多くの冒険者が地図を囲んで小声で作戦を練っていた。
「ここはトラップが多いからな。盗賊のスキルを持ってる奴はいるか?」
「私は罠感知のスキルを持っていますが、レベルが低いので、もしかすると感知できないものがあるかもしれません。」
「いや、それでいい。五階層が危ないだけの話だ。ここのトラップは正直大したことは無い。」
「なら私が先頭を走ります!」
「頼んだぞ!」
各々が真剣に頷き合った刹那、遠くの通路から乾いた足音が響いた。
「なんだ?」
何人かが後ろを振り向くと、影がひとつ近づいてくる。
「あいつさっきの…..」
「間違いねぇ。ドロップキックで無双した化け物だ。」
「カイルって名前だったな。」
「…あいつは逃げる必要あるのか?何か変だよな。」
「確かにな。」
話しながらも、その足音が段々と大きくなる。
空気が震える。振動が床を伝って靴底に響く。
「……あいつ、大量のモンスターを引き連れて、やってきてるぞ!!」
奥の闇の中、光る剣を掲げたカイルの姿が見えた。その後ろには地響きを立てるモンスターの群れ。
「どういうつもりだ!?」
冒険者たちが剣を引き抜き、杖を構える。
一人が声を張り上げた。
「お前、あとでギルドにしっかり報告させてもらうからな!」
だが、それ以上に大きな怒声が廊下に響き渡る。
「お前らー!早くどけー!!」
輝く剣を高く掲げるカイルが一直線に突進してくる。その姿に、冒険者たちの目が剣に奪われた。
「あの剣はなんだ!?見たことないぞ!」
「あれは、まさか…..」
「属性石で作られた剣じゃねぇか!!あんなのがドロップするなんて聞いたことないぞ!」
モンスターたちも、その剣の輝きに吸い寄せられていた。
「きっとモンスターもあの剣が欲しいんだろうな。」
「俺らは速く逃げるぞ!!」
慌てて地図を蹴飛ばしながら一斉に散るが、足音はもうすぐ後ろだ。
「離れろー!」
カイルの叫びが響いた瞬間、一同は壁の端に身体を押しつけ、息を殺す。
モンスターの群れは冒険者たちを無視し、カイルだけを追っていった。
「欲しいものがあるなら、リスクを負っても手に入れるか。あいつはすげえ冒険者だな。」
「そうだな。俺らもあいつについて行くぞ!!」
「後ろから魔法放つなよ!卑怯者!」
遠ざかっていく足音の先で、カイルの荒い息が交じる。
止めようのない勢いで通路を突っ走りながら、叫び声が跳ね返った。
「二階はどうやって行けばいいんだ!」
地図なんか持っているはずもない。通路を走り抜けながら叫んだその足元で一枚の床板が僅かに沈んだ。
カイルは気づかずに全力で駆ける。
直後、奥の床が音を立てて横に滑り、大穴が姿を現した。
「ちょっと待ってくれ!!」
足が止まらない。
「こんなの聞いてないぞ!!」
勢いに押されるように、そのまま黒い穴へ猪突猛進する。
「マーマー!!!」
叫び声が、冷たい空気に引き裂かれて落ちていった。
落下するカイルの前に、無数の魔術式が浮かんでいた。淡い光の輪が空中に渦を描き、複雑な文様が回転する。
「NOO!!!」
絶叫と同時に、魔術式が弾け、色とりどりの魔法が空を埋めた。轟音と光が混ざり合い、落下するカイルの周囲を容赦なく襲う。
しかし、その魔法を止めるように、リザードマンが槍を掲げた。
氷の槍が放たれるが、相殺するには到底足りない。吹き飛んだ氷片が砕け、カイルのすぐ横をかすめた。
カイルの周囲だけ、魔法の光が吸い込まれるように消えていく。
「ありがとうー!!!君には俺の剣を貸してあげるから、速く助けてくれー!!!」
空中で剣を振り回し、声を張り上げる。だが、その仕草はリザードマンの苛立ちに火をつけただけだった。
「シャアア!!!」
裂けるような咆哮が響き渡り、周囲のモンスターたちが一斉にリザードマンへ魔法を浴びせる。
一方その頃、エリーゼはラシアを抱きしめていた。冷たい空気に震えるラシアの耳元に、そっと息を吹きかけるように声を落とす。
「ラシアさんはすぐに逃げてください。」
だがラシアは、目線を上げたまま硬直している。
「エリーゼさん、上…..」
小さな声に、エリーゼは抱きしめた腕を強めた。
上のことなんて今はどうでもいい。守らなければならないのは、この子だ。
「不安でおかしくなるのは分かりますが、気を確かにしてください。大丈夫です。私もすぐに駆けつけますから」
視線を外さず言い切るが、ラシアは必死に首を振る。
「いや、違うんですけど…..」
けれどエリーゼの意識は、もう遠くにあった。騎士になったあの日、父の背を守ろうと誓った自分。その思い出が脳裏に滲む。
まさか、こんな終わり方になるなんて。
でも、この子だけは――
頭上から槍のように折れた残骸が落ちてきた。エリーゼは目をつぶり、ラシアをさらに強く抱きしめた。
だが、氷の槍は落ちてこない。代わりに、頭上から響いたのは聞き覚えのある叫び声だった。
「こんなことなら、ダンジョン行かなきゃよかったよーー!!」
こんな時にカイルさんを思い出すなんて。いっつも逃げてばっかだけど、王国を助けてほしいな。
笑みを残して、死を覚悟した時だった。
「カイルさん!?エリーゼさん!カイルさんですよ!!」
ラシアに肩を叩かれ、思わず顔を上げた。
「え?」
視界の端に、落下してくる影が見えた。
見間違いだろうか。まさか――
もう一度まばたきをして目をこすると、頭上から声が落ちてくる。
「エリーゼーー!!」
「ええ!?」
自分を呼ぶ声に、身体が強張ったまま動けない。
なんでカイルさんがここに!?
「ウィンドウォール!」
ラシアの杖から風が渦を巻く。カイルの体がふわりと浮き、風に抱かれて地面へと運ばれた。
土を蹴る音と同時に、怒号が響く。
「なんなんだよ、このダンジョン!!死ぬところだったじゃねえかよ!!」
怒りながら剣を適当に振り回すカイルを、エリーゼとラシアは唖然としたまま見つめるしかなかった。
「えーっと、カイルさん?」
小さく呼びかけられ、カイルは剣を振るのをやめて振り向く。
「速く帰ろうぜ!こんなところ二度と来るか!」
強く地面を踏みながら五階から出て行こうとする。
しかし背後からラシアに腕を取られ、勢いよく抱き止められた。
「待ってください。今はそれどころじゃないんです。」
抱きしめられた感触に、心臓が跳ねた。低く小さく、言葉が漏れる。
「確かに。それどころじゃないね。」
まさかこんなところで。俺のことが好きな子は攻めるのが好きなのね。
頭にゼルフィアの顔がちらつき、口の端が勝手に緩む。
「奥にいる、リザードマンを倒さないと、私、困っちゃうんです。助けてください。」
背中をなぞるような吐息が伝わり、思わず身震いしたが、頬はだらしなく、たゆんだ。
「なるほどねぇ。」
ひとつ息を吐き、わざとらしく視線を遠くに投げる。
「やってあげましょう。ところで、そのリザードマンとらやはどこにいるのかい?」
ラシアが指差す先。そこには漆黒の鱗に覆われ、筋肉が岩のように盛り上がった化け物がモンスターの群れとぶつかり合っていた。
「あれを、俺が?」
顔が強張り、背中に冷たい汗が流れる。
「協力してくれますか?」
「また今度で良いですか?すいません。なんか、かっこつけちゃって。」
半笑いを浮かべたまま、そそくさと距離を取る。その背に、杖を落としたラシアの目が冷たく光った。
あの男、本当にクズだな。リザードマンより先に締めてやろうか。
「カイルさんはゼリアさんのそばにいてくれませんか?」
不意にかかったエリーゼの声に、足が止まる。
「ゼリアはどこにいるの?」
「扉の前にいます。」
「任せてくれ!!」
大きく頷き、息を整えると、出口へ向けて駆け出した。扉の前で寝込んでいるゼリアを見つけ、足を止める。
息を潜めて近寄り、しゃがみ込むと、長い黒髪が床に散らばり、わずかな光を吸って静かに揺れていた。
白い頬にかかる髪を指でどければ、眠るように穏やかな表情が露わになる。
首筋から肩にかけての滑らかな曲線と、破れた服の隙間から覗く白い肌が、無防備すぎて息をのむ。
「よくよくみると、ゼリアちゃんって美人だな。」
思わず独り言が漏れた。荒れた戦場の片隅とは思えないほど、彼女の姿は静かに艶やかで、胸の奥がくすぐられる。
「でも、なんでこんなセクシーな姿になってるんだ?」
破れた服の布地がひらひらと揺れ、肌にまとわりつくたびに目のやり場に困ることはなく、興奮してくる。
カイルは冷静になり、小さく頷くと、ゼリアの頭に生えた猫耳にそっと指を伸ばす。
「この子もヒロインで決まりっと。」
柔らかい感触を指先に確かめ、口元が自然と緩む。
「なんかいいなこれ。ありがとうございます。」
小さく呟いたとき、不意に手首に冷たい感触が走った。見下ろすと、ゼリアの瞼が薄く開き、鋭い目がこちらを捉えている。
「おい、なにしてる。」
低い声と共に、猫耳を撫でていた腕をガッと掴まれた。指先から血の気が引く。
「え?まだ寝てていいよ。」
間の抜けた声で言い訳してみせるが、ゼリアの力は緩まない。
「ふざけるな。すぐに離れろ。」
睨む目がすぐそこにあった。カイルは慌てて手を引っ込める。
「すんません。」
掴まれた手を振り解き、小さく頭を下げた。
「なぜお前がここにいるんだ。逃げたのではないのか?」
途切れた吐息混じりの声が、まだ寝起きの体に無理やり力を出しているのが伝わってくる。
カイルは笑みを引きつらせて肩を揺らした。
「逃げるだなんて、まったく。俺は逃げるわけないだろ。俺は仲間を見捨てたりなんてしないのさ。」
ゼリアの目が細くなり、視線が遠く奥へ向かう。
「あのモンスター達と装備の山はなんだ?」
かすれた声が鋭さを取り戻す。
カイルは頭をかきながら、目を逸らした。
「あれはね……その……まぁ色々あったのよ。」