テラーノベル
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「まずは……そうだな、君たちふたりがバルカム司祭の代理を務めるようになったのはいつからだ?」
この辺りの話はテレンスに聞いて既に知ってはいるけど、ルーイ様は本人たちの口から言わせることに拘った。テレンスが記憶違いをしていたり、ネルとティナが嘘を吐く可能性もある。事実確認は大事だ。
「正確な日付けは覚えていませんが、昨年の今頃くらいからでしたので……期間で言うと一年ほどにはなると思います」
「……そうか。この仕事を始めるようになった切っ掛けは?」
「それは……」
「私とネルから司祭様に話しかけたんです。何か仕事はありませんかと……」
ネルがまた言い淀んだかと思ったら、ティナがすぐさま代わりに返答を行った。ネルにはまだ私たちに協力することに躊躇いがあるみたいだ。その点で比較するとティナは覚悟が決まったのか回答に迷いがない。
ネルとティナ側から申し出たというのは意外だったな。てっきり司祭の方から持ちかけたと思っていたから……
「わざわざ君たちから仕事を望んだ理由を聞いても?」
「あなた方はとっくに調べてると思いますが、私たちは聖堂内で仕事をすることでお金を貰っています。子供に出来る範囲のものばかりなので金額はたかがしれています。それでも私たちにとってはたとえ僅かでも、自由に使えるお金というのはとても魅力的なのです」
「私とネルは欲しい物があったんです。ネルは本で、私は画材。それらを買うにはお金が必要だったの。だから私たちにも出来る仕事はないかと手当たり次第に聞いて回っていたのです」
児童養護施設の運営は貴族を中心とした国民の支援金で成り立っている。彼女たちが在籍しているのはリアン大聖堂に併設されているもの。他の地方の施設に比べたら設備も予算も充実しているとは思う。でも、だからと言って贅沢はできないだろうし、個人的に欲しい物などを手に入れるのは困難なのだ。
「その時にバルカム司祭から聴罪の代理を頼まれたんですね」
「うん。最初はこんな事を私たちがしてもいいのかなって迷いもあった。だけど、今までにやったどの仕事よりもたくさんお金が貰えたから……」
「ずるずると一年も続けてたわけね」
ネルとティナは揃って頷いた。肉体労働でもない。一日数時間ほど信徒の話を聞いていればいいのだ。当初はあった罪悪感も薄れていき、ふたりは積極的に代理を務めるようになったのだという。
「君たちが懺悔室に出入りするようになった経緯は分かった。次はニコラ・イーストンについて聞かせて貰う。ふたり共、ニコラさんの名前に覚えがあるようだけど、彼女が何者なのかは知っているのかな?」
「いいえ。知っているのは名前だけです。その人がどこの誰かなんて、こちらからは聞いたりしなかったので……」
ネルとティナは喋り過ぎてボロが出るのを防ぐためか、信徒が進んで話さないかぎり、会話をふったりする事はあまりなかったようだ。司祭にも余計な事は言わないようにと釘を刺されていたらしい。あくまで聞き手に徹し、お決まりの台詞を投げかけるだけだったのだという。
「だから普段は特定の人物の名前なんて覚えたりはしないです。ですが、そのニコラさんという女性だけは『予言者様』からのご指示があって、他の人たちとは違う対応をしたんです。だから印象に残っていました」
「そう、その予言者様ね。俺的にはそいつの事が一番気になるんだけど……。単刀直入に聞く。何者なんだ」
『予言者様』……その人物について改めてルーイ様に問われると、ネルとティナの視線はきょろきょろと移動して定まらなくなる。周囲の様子を窺っているのか……何かに怯えている?
ルーイ様もふたりの様子にはもちろん気付いている。さっきまで組んでいた両手を解いた。待機しているフェリスさんたちにいつでもサインを送れるようにするためだ。
聖堂の敷地内ではメーアレクト様の監視があるので、暴力行為は出来ないはず……しかし、その『予言者様』の正体が判明するまで油断は禁物である。
「予言者様はその名の通り……未来を予知する力を持ったお方です。私とティナは予言者様に命を救って頂いたのです」
ネルとティナは予言者に初めて会った時のことを語ってくれた。今からふた月ほど前になる。お使いで市街に出ていたふたりは、制御が効かなくなって暴走する荷馬車に轢かれそうになったのだという。原因は馬が蜂に驚いて暴れたから……
荷馬車は道を大きく外れて、近くにあった書店に突っ込んだ。店と馬車はめちゃくちゃになったけど、幸い死者はおらず、御者が軽い怪我を負うだけですんだとの事――――
「この事故が起きた書店の前に私とティナはいたんです。馬車がぶつかる直前で移動したので巻き込まれずにすんだのです」
「この時、私たちに危険を知らせてくれたのが、予言者様でした。あの方がいなかったら今頃は……」
「つまり……その予言者という人物は馬車の事故が起こるのが事前に分かっていたと? だから君たちを救うことができたというのか」
ネルとティナは頷く。更にその人物はネルとティナが養護施設で生活していることも、リアン大聖堂に出入りしていることも知っていたらしい。ふたりの身の回りで起きた出来事までも言い当てられてしまい、いよいよ神の使いではないかと、ふたりは恐れ戦いたのだそうだ。
「ルーイ先生。未来予知なんて……普通の人間に出来るのでしょうか。そもそもそのような能力自体が存在しているのですか?」
「……あり得ないな。未来は神にだって分からない。分かってしまったら面白くないからね。あっ、これは俺の上司の自論ね」
「予言者の予知は魔法のような超常的な力によるものではないというわけですね。そうなると……」
「事故が起こるのを予知したのではなく、確定している情報として記憶していた……ということになるな」
これから起こる未来の記憶……
そんなものを持っているのは私とルーイ様と同じ、時の遡りを認識できているものだけだ。まさか本当にそんな人間が存在しているなんて――――
ネルとティナは私とルーイ様のやり取りを呆気に取られたように見つめていた。そんな彼女たちを気にかける余裕が、今の私たちからは抜け落ちていた。
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