「で、何なのこれは」
呆れた様な顔で、ディオンは山の様に積み上げられた食べ物を見遣る。
「あのね、街の人達に貰ったの」
リディアは簡潔に今日の街で起きた事を説明した。
「実はディオンって、凄いのね! 私ね、てっきりディオンって性格も口も凄~く悪いから絶対領民の人達からも凄~く嫌われてるって信じて疑わなかったけど、違ったのね。皆、ディオンに感謝してたわ。だってこんなに沢山貰っちゃったのよ! それだけ慕われているって事よね。やっぱり、ディオンって外面はいいのね!」
褒めては貶し、また褒めては貶す……リディアに悪意は皆無だ。
だが、どんどん部屋の空気は冷え切っていく。ディオンは口元を引き攣らせており、明らかに怒っていた。
それでもリディアは、兄の予想だにしなかった人気にかなり興奮していて、まるで気が付いていない。
自分の事の様に嬉しく感じた。屋敷に帰ったら、ハンナやシモン達に報告したいし、シルヴィにも話したい。そんな事で頭がいっぱいになり、終始浮かれていた。
「オリヴァー。分かってるよね」
そんな中、ディオンはため息を吐くと口を開いた。冷たく低い声が部屋に響き、鋭い視線を向ける。ディオンのただならぬ雰囲気に、リディアは目を見張り黙る。
もしかして、調子に乗って失言でもしただろうか……怒ってる? とリディアは此処で初めて思った。だが冷たい視線はリディアではなく、何故かオリヴァーへ向けられていた。
「申し訳ございません」
青い顔をしたオリヴァーは頭を下げたまま動かない。
「……まあ、今回は何も無かったから不問に処すよ。ただ……次は、ないから」
「肝に銘じておきます」
見た事もないくらい冷淡な様子のディオンに、リディアは声も出なかった。何故こんなにも兄が怒りに駆られているのか、何故オリヴァーが怒られているのか……まるで分からない。気にはなったが結局、聞く事は出来なかった。
ただただオリヴァーを見下ろす兄の瞳が、怖いと思った……。
「でさ、肝心の物は手に入れたの」
人払いをした後、ディオンとリディアは部屋に二人になった。ディオンは長椅子に腰掛けると、リディアにも座る様に目で促す。先程の兄の様子が頭を過り躊躇うが、強い視線に根負けして素直に従った。恐る恐る腰を下ろす。
「うん、オリヴァーに素敵なお店に連れて行って貰ったから」
あの後、オリヴァーと向かった店は驚いた事に酒屋だった。リディアは、不審に思いながらも中に入ると沢山の酒瓶が綺麗に陳列されおり、奥の棚には目的であるジャムの瓶も見える。それらは棚いっぱいに上から下まで敷き詰められていた。
正直、こんなにジャムの種類が世の中に存在しているなんて知らなかった……棚を眺めながらリディアは感嘆した。
「木苺、チェリーに、オレンジ、アプリコットか……もしかしてこれってさ、自分が食べたいから買ったんじゃないよね? まさか」
沢山の種類からリディアが厳選したのがこの四種類だ。感嘆する程珍しい物から一般的な物まであったにも関わらず、結局選んだのは何処にでも見かけるような陳腐な物ばかりだった。
我ながらつまらない性格だと思う。しかも、気付けば無意識に自分の好きな物ばかりを手に取ってしまっていたのは否めない。
リディアはディオンからの指摘に「ゔ……」と一瞬顔を引き攣らせた。
「ちゃ、ちゃんと考えたわよ……子供達はどれが好きかなぁて……」
後ろめたさに、目が泳ぐ。
「ふ~ん。でも、子供ならピーナッツバターとか蜂蜜とかさ、もっと違う方が良かったんじゃない?」
「……ピーナッツバターと蜂蜜って、ジャムじゃないじゃない。ディオンがジャムって言ったでしょう」
「ピーナッツバターも蜂蜜もジャムだろう」
「違うでしょう」
「厳密に言えば違うかも知れないけど、分類したら似た様なもんだよ」
「……」
リディアはそっぽを向き黙る。
「何、お兄様に言い負かされて拗ねたの?本当、お前は餓鬼だね」
愉快そうに笑っているディオンに苛つく。
「あ、そうだ。これ食味しなくていいの?」
リディアは思い出して、振り返る。確か街に行く前に買い食いしないで持って帰って来る様に言われていた。後でディオンが判断するからとか何とかごちゃごちゃ言っていた。
でも結局買った物はジャムだけで、後は全て街人からの貰い物だが。
「これは子供達が食べるんだろう。まさかさ、やっぱりお前も食べる気?」
「食べないわよ! そんな意地汚くない」
「なら、必要ないよ。俺はそんなに善人ではないからね」
リディアはその言葉に、訝し気な顔した。意味がまるで分からない。善人とは一体何処から出てきたのか。今日は分からない事だらけだ。
「ねぇ、善人って何の話?」
「さあ」
「じゃあ何でさっき、オリヴァーに怒ってたの?」
ついでに聞いてみたが……。
「……お前は、知る必要はないよ」
結局、何も教えてはくれなかった。