テラーノベル
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この日、阿部は番組の中継で、とある夏祭りを訪れていた。
色とりどりの提灯。
たくさんの屋台。
浴衣姿の人たち。
賑やかな会場を歩きながら、食べ歩きをする企画だった。
「いい匂いする。」
阿部は笑いながら屋台を見て回る。
焼きそば。
たこ焼き。
りんご飴。
そして。
「イカ焼き!」
スタッフに勧められ、焼きたてのイカ焼きを受け取った。
「いただきます。」
一口食べる。
「美味しい。」
そのまま番組は何事もなく進んだ。
問題が起きたのは、中継が終わってしばらくしてからだった。
「……あれ。」
なんとなく具合が悪い。
最初は暑さのせいだと思った。
一日中外にいた。
水分も取っているけれど、疲れもある。
ところが、時間が経つにつれて明らかに体調がおかしくなっていった。
胃がむかむかする。
体が重い。
(……最悪。)
阿部の頭に浮かんだのは。
さっき食べたイカ焼きだった。
(まさかね……。)
なんとか仕事を終え。
やっとの思いで家まで帰る。
玄関の扉を開けた瞬間。
「ただいま……。」
当然、返事はない。
目黒はまだ仕事から帰ってきていなかった。
(めめ、まだか……。)
靴を脱ぐだけでもしんどい。
水だけ飲んで、リビングのソファへ倒れ込んだ。
目黒に連絡した方がいい。
そう思ってスマホを手に取る。
でも。
画面を見るのもしんどかった。
「ちょっとだけ寝よ……。」
ソファへ横になる。
その瞬間。
ふと。
嫌な予感がした。
(……待って。)
以前も。
体調を崩して眠ったあと、妙にリアルな夢を見た。
異世界。
賢者。
天使。
「これ……。」
阿部は重たい瞼を閉じながら呟く。
「また、あの夢見ちゃうかも……。」
そして。
そのまま眠りに落ちた。
___________
阿部はゆっくり目を開けた。
真っ白な空間。
雲のような床。
そして。
目の前にいる。
「……。」
天使。
阿部は目を閉じた。
「寝ないで。」
「嫌だ。」
「起きて。」
「絶対また変なことするじゃん。」
「起きてって。」
仕方なく目を開ける。
天使は呆れたように阿部を見ていた。
「ねえ。」
「食べ物には気をつけてって言ったじゃん。」
「……。」
阿部は固まった。
「言われた気がする。」
「言ったよ。」
「でも仕事だったし。」
「イカ焼き食べたでしょ。」
「食べた。」
「具合悪くなったでしょ。」
「なった。」
「だから言ったじゃん。」
阿部は少し腹が立ってくる。
「俺が悪いの?」
「そこまでは言ってない。」
「じゃあ怒らないでよ。」
天使はため息をつく。
「まあいいや。」
「よくないよ。」
「今回はね。」
天使は阿部の話を完全に無視して続ける。
「賢者。」
「……。」
阿部は自分を見る。
「また?」
以前着たようなローブ。
手には杖。
「また賢者なの?」
「そう。」
「前と同じ?」
「大体。」
阿部は少し安心する。
一度経験している。
魔法の使い方も何となく覚えている。
「じゃあ前より楽かも。」
「でも。」
「何。」
天使はにっこり笑った。
嫌な予感しかしない。
「今回は魔王になってもらうから。」
「……。」
阿部は数秒固まった。
「何に?」
「魔王。」
「俺が?」
「うん。」
「賢者なのに?」
「うん。」
「魔王?」
「そう。」
阿部は頭を抱えた。
「意味分かんない。」
「賢者兼魔王。」
「兼任するものなの?」
「できるできる。」
「適当すぎない?」
天使は気にせず話を続ける。
「あべちゃんには魔王城に住んでもらいます。」
「家帰りたい。」
「それで。」
「聞いてないし。」
「魔王城には、いろんなモンスターが来るから。」
「……倒すの?」
「倒して。」
「魔王なのにモンスター倒すの?」
「あと勇者も来る。」
「勇者?」
「魔王を倒しに来るから。」
天使は笑顔で言った。
「倒しまくってね。」
「待って。」
「モンスターも勇者も。」
「待ってって。」
「いっぱい倒してレベル上げして。」
「何で?」
「強い魔王になってもらわないと困るから。」
「誰が困るの?」
「私。」
「知らないよ!」
阿部の声が真っ白な空間に響く。
天使は楽しそうだった。
「大丈夫。」
「何が。」
「前も魔法使えたでしょ?」
「ほとんど初心者だったよ。」
「今回も最初は弱いから。」
「大丈夫じゃないじゃん。」
「いっぱい戦えば強くなるよ。」
阿部は嫌な予感がして聞く。
「ちなみに。」
「うん。」
「負けたらどうなるの?」
天使が笑った。
「お仕置き。」
「……。」
「何。」
「内緒。」
「嫌だ。」
「負けなければいいだけ。」
「絶対嫌だ!」
阿部が逃げようとする。
しかし。
足元に魔法陣が現れた。
「あ。」
以前も見た。
これ。
絶対にまずいやつ。
「待って!」
光が強くなる。
「まだ説明足りない!」
「大丈夫!」
「何が大丈夫なの!」
「詳しいことは向こうで分かるから!」
「またそれ!?」
天使が笑顔で手を振る。
「頑張ってね、魔王あべちゃん。」
「その呼び方やめて!」
「倒しに来るモンスターと勇者をいっぱい倒して。」
「嫌だって!」
「レベル上げ頑張ってね。」
「待って!」
そして最後に。
天使は満面の笑みで言った。
「負けたら、お仕置きだからね。」
「だからお仕置きって何――!」
眩しい光が阿部を包む。
足元が消える。
体が落ちていく。
「うわああああ!」
___________
次の瞬間。
どさっ。
「痛っ!」
阿部は冷たい床へ落ちた。
「……。」
恐る恐る顔を上げる。
目の前には。
巨大な玉座。
黒い壁。
紫色の炎。
いかにも魔王が住んでいそうな、不気味な城。
「……。」
阿部は床に座ったまま辺りを見回した。
そして。
自分の手に握られている杖を見る。
「……帰りたい。」
異世界へ到着して数秒。
魔王になった賢者・阿部は。
早くも心の底から現実世界へ帰りたくなっていた。
___________
魔王城へ飛ばされてから。
十分ほどが経った。
「……。」
阿部は玉座に座っていた。
誰も来ない。
モンスターも来ない。
勇者も来ない。
最初は警戒して杖を握っていたけれど。
さすがに十分間、何も起きないと気が抜けてくる。
(そもそも何すればいいの。)
天使は。
『倒しに来るモンスターや勇者を倒しまくってレベル上げしてね。』
それしか言わなかった。
(説明が雑すぎるんだよなぁ。)
阿部がため息をついた、その時。
「ごめーん!」
大きな扉が勢いよく開いた。
「遅れた!」
「……え?」
阿部は杖を構える。
誰かが走ってくる。
黒いマント。
大きな角。
見覚えのある姿。
「……。」
阿部は目を細める。
「どこかで……。」
「久しぶり!」
「……あ。」
思い出した。
「魔王!」
以前、この世界へ飛ばされた時。
自分が倒した魔王だった。
「そう!」
魔王は笑顔で手を振る。
「元気だった?」
「魔王、キャラ崩れてるじゃん。」
「まあ、元気だったけど。」
「よかった!」
「いや、待って。」
阿部は立ち上がる。
「なんでいるの?」
「俺の城だから。」
「俺、倒したよね?」
「倒されたね。」
「生きてるじゃん。」
「夢だから。」
「それで全部解決するのやめて。」
魔王は気にせず阿部の隣まで来る。
「いやー、本当にごめん。」
「何が?」
「引き継ぎ遅くなって。」
「引き継ぎ?」
「うん。」
魔王は大きく伸びをした。
そして。
とんでもなく軽い調子で言った。
「俺、疲れちゃったから代わりやって。」
「……。」
阿部は固まった。
「何を?」
「魔王。」
「……。」
「よろしく。」
「嫌だよ!」
魔王城に阿部の声が響く。
「なんで俺が!」
「天使から聞いてない?」
「魔王になれとは言われたけど!」
「じゃあ話早いじゃん。」
「早くない!」
魔王は笑いながら玉座を指差す。
「今日からそこ、あべちゃんの席ね。」
「いらない。」
「座り心地いいよ。」
「そういう問題じゃない。」
「腰痛くならないように作ってあるから。」
「ちょっと魅力的だけどいらない。」
魔王は楽しそうに笑った。
「まあまあ。」
「簡単だから。」
「何が簡単なの。」
「来た敵倒すだけ。」
阿部は眉を寄せる。
「それなんだけど。」
「天使がモンスター倒せって言ってたけど。」
「魔王ってモンスター側じゃないの?」
「そうだよ。」
「じゃあ倒しちゃダメじゃん。」
「ああ。」
魔王は納得したように頷く。
「そこ説明してなかったんだ。」
「されてない。」
「モンスターにはね。」
魔王が指を二本立てる。
「俺たちの手下と、そうじゃないやつがいる。」
「……そうなの?」
「そう。」
「手下は倒しちゃダメ。」
「うん。」
「それ以外は?」
「ボコボコにしていい。」
「言い方。」
阿部はため息をつく。
そして、重要なことに気付いた。
「でも。」
「何?」
「俺、見分けつかないよ。」
「大丈夫。」
魔王は即答する。
「なんで?」
「魔王になったら見分けつくから。」
「……。」
「感覚で。」
「感覚?」
「見れば分かる。」
「そんな機能あるの?」
「あるある。」
阿部は半信半疑だった。
「本当に?」
「試してみれば分かるよ。」
魔王は軽く答える。
どうにも信用できない。
「じゃあ勇者は?」
阿部が聞く。
「いっぱい来るよ。」
「いっぱい?」
「うん。」
「そんなに?」
「結構来る。」
「俺、一人で?」
「大丈夫大丈夫。」
「何を根拠に。」
すると。
魔王が少し声を落とした。
「ここだけの話ね。」
「うん。」
「勇者も、みんなあべちゃんと同じだから。」
「同じ?」
「悪いもの食べて寝てる人。」
「……。」
阿部は固まった。
「え?」
「食あたりとか。」
「うん。」
「食べすぎとか。」
「うん。」
「賞味期限切れてたとか。」
「……うん。」
「そういう人が夢の中で勇者になって、ここに飛ばされてくる。」
「何そのシステム。」
「だから安心して。」
魔王は阿部の肩を叩く。
「ボコボコにしていいよ。」
「安心できないよ!」
「大丈夫。」
「何が!」
「現実では寝てるだけだから。」
「夢の中でも痛いでしょ!」
「多分。」
「多分って!」
阿部は頭を抱える。
勇者側も自分と似たような境遇らしい。
そう聞くと余計に倒しにくい。
「話し合いじゃダメ?」
「ダメ。」
「なんで?」
「レベル上がらないから。」
「そこ大事なんだ……。」
「あべちゃん、今弱いから。」
「知ってる。」
「いっぱい倒さないと。」
「嫌だなぁ。」
魔王はそんな阿部を上から下まで眺める。
「その格好、ダメだね。」
「格好?」
阿部は自分を見る。
前回と似た賢者の衣装。
ネイビーのローブ。
白いワンピース。
「賢者だもん。」
「今は魔王でしょ?」
「賢者兼魔王って言われた。」
「じゃあ。」
魔王が指を鳴らした。
「闇落ちしようね。」
「……は?」
黒い魔法が阿部の足元から一気に広がる。
「ちょっと待って!」
ネイビーだったローブが。
黒へ。
白かったワンピースまで、漆黒に染まっていく。
杖にも黒い装飾が現れた。
「……。」
阿部は自分の服を見る。
完全に悪役だった。
「似合う!」
魔王は満足そうに拍手する。
「いいじゃん!」
「戻して。」
「嫌。」
「俺、白の方が好き。」
「魔王が白はダメでしょ。」
「偏見じゃん。」
魔王は阿部の周りを一周する。
「うん。」
「完璧。」
「何が。」
魔王は満面の笑みを浮かべる。
そして。
阿部の肩をぽんっと叩いた。
「じゃあ。」
「闇落ちあべちゃん、頑張れ。」
「その呼び方やめて。」
「俺は帰るから。」
「待って。」
魔王が歩き出す。
「待って待って。」
「何?」
「俺一人?」
「うん。」
「説明これだけ?」
「大丈夫。」
「全然大丈夫じゃない。」
魔王は扉の前で振り返った。
「手下のモンスターは見れば分かる。」
「勇者はボコボコ。」
「敵のモンスターもボコボコ。」
「いっぱい倒してレベル上げ。」
「簡単でしょ?」
「雑すぎる。」
「じゃあ頑張ってね。」
「待って!」
魔王は笑顔で手を振った。
「闇落ちあべちゃん、ファイトー!」
「だからそれやめてって!」
大きな扉が閉まる。
「……。」
静寂。
阿部は一人。
真っ黒になった自分の衣装を見る。
「……。」
玉座を見る。
「……本当に帰った。」
仕方なく座る。
賢者レベル5。
魔王歴、約10分。
阿部はまだ知らなかった。
これから。
食べ物にやられて眠った勇者たちが、次々とこの城へやって来ることを。
コメント
1件
読了しました!第9話、めっちゃ面白かったです😂「賢者兼魔王」って兼任させられる阿部さんの困惑っぷりがツボでした。しかも元魔王が「疲れたから代わりやって」って軽すぎる引き継ぎも最高。食べ物にやられて飛ばされてくる勇者たちをボコボコにしていいよっていう謎システム、発想がユニークで笑っちゃいました。「闇落ちあべちゃん」呼びも可愛くて、次回どんな勇者が来るのか気になります!
kaede🍁
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