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魔王が帰ったあと。
阿部はしばらく玉座で待っていた。
すると。
ドンドンドン!
大きな音が響く。
「……来た。」
阿部は杖を持って立ち上がった。
「勇者かな。」
恐る恐る、城の入口へ向かう。
長い廊下を抜け。
大きな扉が見えてきた、その時。
外から激しい音が聞こえた。
ドン!
バキッ!
「うわぁぁぁ!」
誰かの叫び声。
「……え?」
阿部が急いで扉の近くまで行く。
少しだけ開いた隙間から外を覗くと。
勇者らしき四人組がいた。
剣を持った人。
盾を持った人。
杖を持った人。
弓を持った人。
いかにも勇者パーティ。
そして。
その前には。
巨大なドラゴン。
「え。」
どう見ても強そうだった。
「中ボス……?」
阿部が呟く。
次の瞬間。
ドラゴンが大きく息を吸う。
ゴォォォォ!
炎が勇者パーティを包んだ。
「うわああああ!」
一瞬。
勇者たちは光になって消えた。
「……。」
阿部は固まる。
(倒された。)
いや。
自分、何もしていない。
これでいいのだろうか。
そう思っていると。
ドラゴンがこちらを向いた。
阿部は反射的に杖を構える。
しかし。
ドラゴンは頭を少し下げた。
「魔王様。」
「お疲れ様です。」
「……。」
阿部は目を瞬かせる。
「え?」
「本日もよろしくお願いします。」
「……あ。」
ドラゴンはそれだけ言うと。
翼を広げて飛び去っていった。
「……。」
阿部はしばらく動けなかった。
「お疲れ様です?」
聞き間違いではない。
完全に。
仕事の挨拶だった。
___________
しばらくして。
今度はゴブリンらしき集団が通り掛かった。
阿部を見る。
「魔王様。」
「お疲れ様です!」
「お、お疲れ様です。」
反射的に返してしまった。
ゴブリンたちは満足そうに頷き、そのまま城の奥へ歩いていく。
次。
鎧を着た骸骨。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
次。
巨大な狼。
「今日もよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします……。」
次。
小さなスライム。
ぷるぷるしながら。
「おつかれさまです。」
「喋れるんだ。」
「はい。」
「……お疲れ様です。」
スライムも去っていく。
阿部はその場に立ったまま、だんだん理解してきた。
(これか。)
魔王が言っていた。
『手下と、そうじゃないモンスターは見れば分かる。』
確かに。
分かる。
理由は説明できない。
でも。
手下を見ると。
「あ、味方だ。」
と自然に分かる。
そして。
全員。
普通に挨拶してくる。
「……。」
阿部は城の入口を眺める。
ドラゴン。
ゴブリン。
骸骨。
狼。
スライム。
見た目は完全に異世界。
でも。
会話だけ聞けば。
「お疲れ様です。」
「本日もよろしくお願いします。」
「先に上がります。」
ほぼ職場だった。
(……これ。)
(完全に仕事現場じゃん。)
阿部は思わずため息をついた。
魔王軍というより。
巨大な会社。
自分は今日から突然配属された上司。
そんな感覚だった。
「嫌だなぁ。」
阿部は小さく呟く。
___________
その時。
ギィィィ。
再び大きな扉が開いた。
「……。」
阿部は振り返る。
入ってきたのは。
今までとは明らかに雰囲気の違うモンスターだった。
巨大な体。
鋭い角。
全身を覆う黒い鱗。
手には大きな斧。
見るからに強そう。
そして。
その瞬間。
阿部には分かった。
(こいつ。)
(手下じゃない。)
感覚だった。
頭で考えるより先に分かる。
「なるほど。」
阿部は杖を構える。
モンスターが吠えた。
「魔王!」
「倒してやる!」
「……俺、今日なったばっかりなんだけど。」
当然、聞いてくれない。
モンスターが斧を振り上げて走ってくる。
「うわ!」
阿部は反射的に杖を向けた。
「えっと。」
何の魔法を使えばいい。
フレイム。
サンダー。
ヒール。
以前使えた魔法を思い出す。
「じゃあ……。」
「サンダー!」
杖の先が光る。
バチッ。
次の瞬間。
ドォォォォン!
城全体が揺れるほどの雷が落ちた。
「……。」
モンスターは。
一瞬で消えた。
静寂。
「……え?」
阿部は杖を下ろす。
「終わり?」
あまりにも早かった。
何か間違えたのではと思うほど。
「……。」
阿部は自分の手を見る。
次に。
杖を見る。
黒く染まった、いかにも魔王らしい杖。
「……待って。」
もう一度。
杖を見る。
「前こんなに強くなかったよね?」
賢者だった頃。
もっと一生懸命魔法を使っていた。
何度も攻撃して。
体力も使って。
ようやく敵を倒していた。
それなのに。
阿部は杖を持ち上げる。
「これ。」
「チートじゃん。」
完全に反則性能だった。
その瞬間。
頭の中で音が鳴る。
ピロリン。
『レベルが上がりました。』
「……。」
阿部は固まる。
「本当にゲームみたいなんだ。」
さらに。
『魔王レベルが上がりました。』
「魔王にもレベルあるの?」
『魔力が上昇しました。』
「もう十分強いけど。」
『スキル:威圧を覚えました。』
「いらない。」
『スキル:闇属性魔法を覚えました。』
「使い方知らない。」
表示は無視して進んでいく。
阿部は頭を抱える。
「ちょっと待って。」
敵を倒す。
レベルが上がる。
さらに強くなる。
もっと簡単に敵を倒せる。
「……。」
悪循環なのか。
好循環なのか。
分からない。
その時。
城の奥から、さっきのゴブリンが走ってきた。
「魔王様!」
「はい?」
「先ほどの戦闘。」
「お見事でした!」
「ありがとう……。」
「さすが新魔王様です!」
「いや。」
「杖が強いだけだから。」
ゴブリンは感動したように頷く。
「ご謙遜を!」
「本当に杖なんだけど。」
「我々一同、ついていきます!」
「重い重い。」
ゴブリンは満足そうに去っていった。
「……。」
阿部はその背中を見送る。
そして。
もう一度杖を見る。
「これ。」
「俺が強いんじゃなくて。」
「装備が強いだけだよね。」
そんなことを考えていると。
また遠くから。
ドンドンドン!
城の扉を叩く音。
「……。」
阿部は杖を握る。
「次。」
「何来るんだろ。」
魔王になってまだ一時間も経っていない。
それなのに。
阿部は少しずつ。
この異世界の「勤務形態」に慣れ始めていた。
___________
それからしばらく。
阿部は魔王城へやって来る勇者や、敵のモンスターを倒し続けていた。
最初こそ。
「次は何来るんだろ。」
と少しだけ楽しんでいた。
でも。
来る。
倒す。
レベルが上がる。
また来る。
倒す。
またレベルが上がる。
あまりにも単調だった。
「……つまんない。」
玉座に座ったまま、阿部は頬杖をつく。
さっき来た勇者パーティも。
杖を一振りしただけで終わった。
敵のモンスターも。
ほとんど一撃。
「これ、作業じゃん。」
完全に作業だった。
しかも。
手下のモンスターたちは相変わらず。
「お疲れ様です。」
「本日もお見事でした。」
「先に休憩入ります。」
と普通に仕事をしている。
阿部はますます会社にいる気分になっていた。
「……外行こう。」
このまま玉座に座っていても暇だ。
阿部は杖を持って立ち上がった。
___________
魔王城の大きな扉を開ける。
外へ出た瞬間。
「……。」
阿部は固まった。
目の前。
山。
森。
荒野。
その至るところに。
モンスター。
モンスター。
モンスター。
「多。」
数える気にもならない。
遠くまで。
敵らしきモンスターがうじゃうじゃいる。
しかも。
見た瞬間に分かる。
ほとんどが手下ではない。
「……これ全部敵?」
阿部は杖を構える。
近くにいた巨大な狼型モンスターが飛びかかってくる。
「サンダー。」
ドン。
消える。
その後ろから。
オーク。
「フレイム。」
消える。
次。
巨大な蜘蛛。
「闇属性……なんだっけ。」
適当に杖を振る。
黒い光が走る。
消える。
「……。」
阿部は無言になる。
簡単すぎる。
一歩進む。
三体来る。
倒す。
また進む。
五体来る。
倒す。
気付けば。
周囲のモンスターがどんどん消えていく。
ピロリン。
『レベルが上がりました。』
ピロリン。
『レベルが上がりました。』
ピロリン。
『レベルが上がりました。』
通知までうるさくなってきた。
「……。」
阿部はふと立ち止まる。
遠くを見る。
まだいる。
ものすごくいる。
山にも。
森にも。
空にも。
「これ。」
阿部は杖を眺めた。
そして。
少しずつ考え始める。
(この世界の敵モンスター。)
(全部倒したら。)
(どこまでレベルが上がるだろう。)
今ですら。
ほとんど一撃。
もっと強くなったら。
どうなるのか。
「……。」
阿部の目が少し輝く。
ゲームでのレベル上げ。
嫌いではない。
むしろ、数字が上がっていくのは結構好きだ。
「全部倒したら。」
「何レベルになるんだろ。」
一度考えてしまったら。
急に気になって仕方がなくなった。
阿部は魔王城を振り返る。
「……。」
戻って。
勇者が来るのを待つ。
それより。
こっちから狩りに行った方が早い。
「よし。」
決めた。
阿部は黒いローブを整える。
杖を持ち直す。
「旅に出よう。」
目的。
世界征服。
ではない。
世界平和。
でもない。
ただ。
「レベル上げ。」
阿部は一人で頷く。
「この世界の敵モンスター。」
「一掃してみよ。」
その瞬間。
近くにいた手下のゴブリンが慌てて走ってきた。
「魔王様!」
「何?」
「どちらへ!?」
阿部は平然と答える。
「モンスター狩り。」
「……。」
ゴブリンが固まる。
「どの辺りまで?」
阿部は遠くを見る。
「全部。」
「……全部?」
「うん。」
「世界中の敵モンスター。」
ゴブリンの顔が引きつる。
「一掃する。」
「……。」
しばらく沈黙。
そして。
ゴブリンは深々と頭を下げた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「うん。」
完全に出張を見送る部下だった。
阿部は少し笑う。
「城よろしくね。」
「かしこまりました。」
黒いローブを翻し。
杖を持って。
阿部は歩き出した。
こうして。
賢者。
兼。
魔王。
兼。
モンスター狩り初心者。
阿部の。
誰にも頼まれていない世界一周レベル上げの旅が始まった。
コメント
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うわぁ、第10話めっちゃ面白かった! 「お疲れ様です」って挨拶してくるモンスター軍団、完全に職場やんw 魔王になった阿部が「チートじゃん」って気づくシーン、めっちゃ共感したわ。 んで最後に「世界中の敵モンスター一掃する」って軽く言い放つの、かっこよすぎるでしょ。 この軽さと強さのギャップ、まじで好き。続きが気になる🔥
kaede🍁
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