ウーヴェとマウリッツが久し振りに前後不覚になるまで飲んだ夜から数日後、今日も一日縋るような思いを抱えてやってくる患者に誠実に向き合った充足感を得ていたウーヴェは、疲れを感じた身体に優しい甘さで労ってくれるようなココアを飲みながらため息を一つ零すが、甘過ぎたかと問われて緩く頭を左右に振る。
「ちょうどいい。いつもありがとう」
「どういたしまして」
コーヒーテーブルを挟んで向かい合うリアに笑顔で本当に美味しいと再度伝え、ジンジャークッキーにも手を伸ばしたウーヴェだったが、ドアがノックされたことに気付いて顔を見合わせる。
「どうぞ」
診察後に来るとすれば業者か上の階のクリニックの双子達かはたまた仕事を終えたか抜けて来たリオンぐらいだったが、ノックがごく一般的なものだった為にリオンが消去され、双子ならばドアの向こうからこちらの様子を窺う楽しそうな声が聞こえて来るが、それもない事から業者かと二人が再度顔を見合わせリアが立ち上がってドアをあける。
リアの様子を注意深く見守っていたウーヴェは彼女の肩越しに見えた男の顔に、お気に入りのチェアに立てかけていたステッキをついて慌てて立ち上がる。
「ドナルド!?」
「やあ、ウーヴェ。久しぶりだね」
リアが今目の前にる男性と面識はあるが誰だったかを思いだそうとするのを自然と手助けをしたウーヴェは、今日はどうしたと問いかけながらステッキを付きながらいつもよりは足早にリアの傍に向かう。
沈痛な面持ちで今日のように突然やってきたドナルドが今も決して忘れることのできない悲しい事実を伝えたのは何年前になるだろうかと、脳裏で昨日の事のように思い出しながら片手を差し出すとそっとその手を握り返される。
「大変だったようだね、ウーヴェ。足はもう大丈夫なのか?」
誰かから聞いたのだろうが、足を悪くしたウーヴェを気遣う言葉に小さく笑みを浮かべて頷きソファへと身体を振り向けると、ドナルドもそれを汲み取ってウーヴェに並んでゆっくりとソファへと歩いていく。
「……ウーヴェ、お茶の用意をして来るわ」
「ああ、頼む」
ソファとチェアに向かい合って腰を下ろした二人だったがどちらが口を開くのかを待っているような雰囲気になってしまい、互いに顔を見合わせて肩を竦めあうと、自然と笑顔を浮かべてしまう。
「本当に久しぶりだ」
「元気そうに見えますが、元気でしたか?」
なんだか緊張していて変なことを聞いてしまうなと珍しく己の言動に自信がない顔でウーヴェが呟き、ドナルドもその気持ちがわかるのか小さな笑みを浮かべて一つ頷く。
「元気にしている。今年の夏にデナリに登ってきたよ」
「デナリ……?」
リオンなどからは辞書が要らないのではないかと揶揄われるぐらい物事を知っているウーヴェだったが、聞きなれない固有名詞に素直に聞き返すと、以前はマッキンリー山と呼ばれていたと教えられて軽く目を見張る。
「カナダかアメリカにある山ですよね?」
「ああ。アラスカだね。アルプスやヒマラヤの山々とはまた違う雄大な山だよ」
山体は本当に雄大の一言に尽きると心の中で山容を思い浮かべているらしいドナルドにウーヴェもぼんやりと想像しようとするが、全く想像できないと苦笑した時リアが紅茶とクッキーを運んで来る。
「ああ、ありがとう、フラウ」
「どうぞごゆっくり」
ウーヴェに目礼をして診察室を出て行った彼女はドアが閉まる直前に嬉しい知らせがあったと聞こえた気がして振り返りたくなるのをグッとこらえて己のデスクに戻り、明日の診察の準備をしようと気分を切り替えるのだった。
「嬉しい知らせ?」
一体何だろうかと訝るウーヴェにドナルドが出された紅茶を一口飲んで喉の渇きを癒すと深呼吸を一度だけし、ウーヴェの目を真っ直ぐに見つめて腿の上で拳を握る。
「……あの子が見つかったよ」
その言葉がウーヴェの耳に入り脳味噌の中で理解されるまで珍しく時間を要してしまったようで、眼鏡の下でターコイズ色の双眸が限界まで見開かれたのは再度ドナルドが紅茶のカップを手に取った頃だった。
「……オイゲンが、見つかった、のですか……!?」
「ああ。あの子が落ちたクレバスは深かったけれど浅い場所に引っかかっていたようで、漸く引き上げる事が出来たよ」
数年前、悲しい、どうあっても後悔しか残らない永遠の別れをしてしまった友人の遺体が発見されただけではなく引き上げる事が出来たと教えられたウーヴェは、震える手であの日のように口元を覆い、肩を揺らす事で溢れ出しそうになる感情を何とか堪える。
そのウーヴェの様子にドナルドが好意的に目を細め、今は手続きをしているためにまだ帰ってこれないがと前置きをした後、スイスに迎えに行くのだが君さえ良ければ一緒に来てくれないかと甥の気持ちを誰よりも理解した上で告げるが、ウーヴェの表情が見る見るうちに悪くなり、心配そうに名を呼んでしまう。
「ウーヴェ?」
「……す、みませ、ん……少し、待って……」
口元を覆っていた手が震えるだけではなく身体全体が震え出したことにドナルドがソファから身を乗り出そうとするが、ウーヴェが手の中に吐き出すように何かを呟いていることにも気付き眉を寄せる。
「……約束……。大丈夫、だ……」
約束という単語を繰り返していることにドナルドの目が見開かれるが、まもなくウーヴェの口から震える吐息が流れ出し少し取り乱してしまったと反省の言葉も流れ出したため、ゆっくりと頭を左右に振って気にすることは無いとウーヴェの罪悪感を薄めようとする。
「……俺、は、行け……ません」
「そうか」
学生時代一番仲の良かった君に同行して欲しかったがと残念だと肩を竦めるドナルドにウーヴェが軽く目を伏せるが、次いで顔をあげた時には顔色の悪さはそのままだったが、眼鏡の下のターコイズは強い意志に染まっていた。
「その代わりと言っては何ですが、俺の代わりに行ってもらいたい人が、います」
「代わり?」
君の代わりなどいないと思うがと残念さからつい皮肉な言葉を告げてしまったドナルドにウーヴェが頷き、俺とオイゲンが学生時代にもっとも仲良くしていて今でももちろん付き合いのある男ですと告げ、俺よりも彼が相応しいとも伝えるとドナルドがそっと頷く。
「君がそう言うのならその人が相応しいのだろう」
「……は、い」
迎えに行く日時が確定したら連絡をするからその人に伝えて欲しいとの言葉に脳裏に友人の横顔を思い浮かべたウーヴェは必ずと頷き、紅茶を飲んで足を組んだドナルドの動きに釣られたわけでは無いが左足を撫でて二重窓の外へと視線を向ける。
「……もうすぐ雪が降りそうですね」
「ああ、天気予報でも降ると言っていたな」
陰鬱で憂鬱になる冬がまた来ると二人揃って窓の外の光景に想いを馳せるが、ドナルドがさてと小さく呟いて立ち上がったことに気づきウーヴェも同じように立ち上がる。
「ああ、ここで良いよ、ウーヴェ」
「……今日は来てくださってありがとうございます」
そして、オイゲンが発見されて連れて帰って来ることができると教えられて本当に嬉しいと他意の無い笑みを浮かべて手を差し出すと、ドナルドも同じ顔で頷きウーヴェの手を握る。
「そうだね。私も報告出来て嬉しかったよ」
こちらに戻って来たらお別れ会を行おうと思うが出席してくれるかと問われ、呼ばれなくても行くつもりだと即答したウーヴェにドナルドも安堵の笑みに切り替え、その時はよろしく頼むと言い残して診察室を出ていく。
その背中を見送ったウーヴェだったが、彼がクリニックの両開きの扉を出て行った頃、膝から力が抜けたようにチェアにどさりと座り込んでしまう。
辛く苦い思い出となったオイゲンとの最後は己の未熟さから唐突な別れになってしまい、文字通り二度と顔を見られなくなったと思っていた彼との再会。
亡くなったことへの悲痛な思いや慚愧の念は消えずに薄らいだだけだったが、遺体となって戻って来る彼と対面した時、己はあの夜の出来事に引きずられてしまうのでは無いかと言う恐怖が不意に芽生え、両肘をきつく握りしめる。
オイゲンにレイプされた事実をリオンと二人で乗り越え時には忘れたふりをして来たが、対面すると否が応でもそれを思い出してしまうのでは無いかとの恐怖に加え、ウーヴェの足を壊した男達にされていた事も連鎖的に思い出されてしまうのではとの恐怖が芽生えた瞬間、己の努力では到底抑えきれない程に身体が震え、一瞬にして世界から色や音が消えてしまう。
音も色も無くなった世界の中、人を傷付けることになんら躊躇しないどころかそれを歓喜にすら感じている男の声が深淵の闇の奥から響いて来る。
『スイスに行けばどうだ? お前をたいそう可愛がってくれる人が待っているぞ』
その声に体が強張り反論する事も否定する事も出来ず震える身体を己で抱きしめることしか出来なかったウーヴェは、ドアが開いてリアが入って来たことにも気付けなかった。
客が帰ったことで診察室に戻ってきたリアだったが、お気に入りのチェアで己の身体を抱きしめて蒼白な顔で震えるウーヴェを発見し駆け寄り呼びかけたものの、己の声に反応しない不安に彼女も蒼白になる。
「ウーヴェ、大丈夫!?」
リアの必死の呼びかけが何度か続いた時、ウーヴェの震える手が意思表示をするように立てられる。
「……リア、悪、い……一人にしてもらっても、良い、か……」
「え、ええ。大丈夫? ウーヴェ……」
「あ、ああ、大丈夫、だ」
だから頼む、一人にしてくれと蒼白な顔でリアを見つめるウーヴェに彼女も心配をギュッと押し殺して頷くと、何かあればすぐに内線を鳴らしてと言い残して部屋を出て行く。
心配しつつも己の言葉を受け入れ守ってくれる彼女に感謝の言葉を胸のうちで呟いたウーヴェは、浅くなる呼吸を意識的に深く長く大きくする為に胸を開こうとするものの上手くできず、こんな時リオンがいればどうしていたと脳味噌が悲鳴じみた声を響かせる。
「約束……、だ、いじょ……うぶ……」
リオンと幾度となく交わした言葉を震えながらも口に出し、大丈夫と安心させる言葉を続けると、体の奥底に芽生えた恐怖がほんの少しだけ薄らいだ気持ちになる。
恐怖の割合が減ってくれば震えも薄らぐはずで、それはもう間も無くだと信じ震える己の身体を好きにさせつつ抱きしめた時、診察室のドアが壊れたのではないかと思えるような音がする。
いつもならばその物音に溜息をこぼしたり頭痛をこらえる表情を浮かべてしまうが、今ばかりは天からもたらされた救いの手のように感じ、それを受け取った脳味噌が震え以外の動きを全身に伝え、それに突き動かされるようにウーヴェがチェアから立ち上がる。
ステッキが無ければ己の身体を支える事も難しくなったはずなのに、左足の痛みや不自由を亡失し逸る気持ちに引きずられるように診察室のドアに向かった時、ドアが開いて陽気な声が出迎えてくれる。
「ハロ、オーヴェ! 熱烈大歓迎してくれるなんて、俺、愛されてるー」
前のめりに気持ちだけで駆け寄って来ている事を教えるようなウーヴェの姿にドアを開けたリオンが両手を広げて抱きしめる態勢になった直後、ウーヴェが脱力したように動きを止めた為、リオンが一歩を踏み出してウーヴェの身体をしっかりと抱きとめる。
「……よく頑張ったな、オーヴェ」
リオンの腕の中で目を見張り己の現状を伝えようとウーヴェが口を開くものの、出てくるものはいつものように滑らかな言葉ではなくただの音の羅列になってしまっていた。
それもしっかりと見抜いたリオンが、そんな状態になっても付き合い出した当初とは違って思いを伝えようとしてくれるウーヴェのこめかみに口付け、力が抜けた身体を優しく抱きしめる。
「リ、オン……っ」
「ああ。もう大丈夫だぜ、オーヴェ」
患者が座る一人がけのソファにウーヴェを座らせてその前に膝をついて蒼白な顔を見上げたリオンは、震える口が開いて意味のない音を流す様を辛抱強く見守っているが、震えながら上がった手が何かを探していることに気づき、己の左手をそっと差し出すと痛みを覚えるほどの強さで握り締められる。
ウーヴェの心が過去に囚われて不安を覚えた時、それを解消するためにリオンの手を必要としていたが何故かそれは左手だったため、今もそれをするために差し出したのだが間違ってはいなかったようで、ウーヴェの呼吸が徐々に徐々に落ち着いたものになっていく。
その様子に胸を撫で下ろしたリオンは何があったか教えてくれと囁き、ウーヴェの手の中で強く握られたために白く色を変えた手を引き抜いた後、その手でウーヴェの白とも銀ともつかない髪を撫でて抱き寄せる。
「……ス……ス、が……、ス、イスに、行けな……か……って」
「あの国に?」
途切れ途切れの言葉から察することができたのはスイスという単語だけで、誰かに行けと言われたのかそれとも仕事で行かなければならなくなったのかと問いかけると、腕の中で喉が詰まったような悲鳴が小さく響く。
「い、やだ……スイス、は……っ」
「行かなくていい、オーヴェ」
スイスと言われただけで心が不安定になるのだ、そんな場所に行く必要はないと断言しつつウーヴェの肩を抱いて引き寄せると、ソファから滑り落ちるようにぶつかってくる身体を支え、行く必要はねぇと再度耳に流し込む。
あの事件の最中、人身売買の客がスイスにいる事を常に聞かされ、その客の元に送られた後の己の運命を先に経験しておけと言わんばかりの扱いを受けていたため、救出されて入院している時にはスイスという単語が聞こえてくるだけで心拍数や脈拍が異常に速くなり呼吸も大きく乱れるようになっていた。
それをリオンが今のように絶対に己からは口にしないように気をつけ、大丈夫だ、行かなくても良い、絶対に行かせねぇと根気良く教え、以前と同じように仕事を始めた頃に不意に聞いても心身の異常を訴える回数が少なくなってきていたのだ。
それが再発している事にリオンが冷や汗を浮かべつつも大丈夫だ、絶対にお前を行かせないと断言し、こめかみや頬にキスを繰り返すとウーヴェの呼吸がいつもより少しだけ速い程度に回復する。
「……落ち着いたか?」
「……もう、少し、だけ……」
こうしていてほしいとの想いは言葉に出さなくともリオンに伝わったようで、もちろん好きなだけそのままでいれば良いと告げ、入院時に良くしていたようにウーヴェの耳を己の胸に宛てがうと、背中を撫でて深呼吸をしろと優しく繰り返す。
「ほら、オーヴェ、ゆっくり息を吸って。吐いて」
大丈夫だからとも繰り返し、ただひたすらにウーヴェの心の平安を望んで背中を撫で続けたリオンの耳に何か大きな事をやり終えた者特有の溜息が流れ込み、眼鏡を取って直接ターコイズ色の双眸を覗き込む。
「もう落ち着いたか?」
「……うん」
「そっか」
ウーヴェの声にも平静さが戻った事に気付き、もう大丈夫と判断をしたリオンがウーヴェと一緒に立ち上がり、一人がけのソファに座ると同時にウーヴェを足の上に座らせる。
「リアが心配していた」
「……後で礼を言っておく」
「そうだな。……何があった?」
患者と話をしているときにあの国の話でも出たかと、汗で額に張り付く前髪を掻き上げてやりながらリオンが眉根を寄せるとウーヴェが一度深呼吸をした後、オイゲンを引き上げる事に成功したから一緒に迎えに行って欲しいと言われたと伝えたため、リオンの手に力がこもる。
「あの山男、クレバスに落ちたって言ってたよな? 引き上げられたのか?」
「そう、らしい。でも……俺は、……あの国に、は、行きたくない、から……」
例え友人を迎えに行くだけのことであっても、あの事件を連想させる場所には行きたくないときつく目を閉じつつ口早に呟くウーヴェの額にキスをし、そんな理由なら尚更行かなくて良いとウーヴェを安心させる。
「うん……だから、ルッツに、行ってもらうこと、にした」
「マウリッツ? あぁ、山男の事好きって言ってたなぁ」
だから一年以上も遊びに行くことができなくなっていたと以前ウーヴェがリオンに教え、先日自宅で二人がほろ酔いを通り越した泥酔の域に達するまで飲んでいた翌朝、食欲がなさそうな顔でベーコンを突いていたマウリッツが、なにか新しい出会いとか探してみたくなったなぁと笑った時に吹っ切れたのかと思ったのだが、そんな彼に迎えに行かせて大丈夫なのかと問いかけると、ウーヴェが悩みながらも彼が適任だと思うと呟く。
「……迎えに行って後悔するかもしれない。でも……行かなかった時の後悔に比べれば、絶対行った方が、良い」
行っても行かなくても後悔するのなら行った方がいいと、この時ようやく顔を上げたウーヴェがリオンを見つめ、そうじゃないかと不安げに問いかける。
「そうだな。……マウリッツもオーヴェのダチだもんな。それぐらいの強さはあるか」
「そう、思う」
自分が勝手に決めていいことではないが、出来ればルッツに行って欲しいと己の偽らざる気持ちを口にし、再度リオンの胸に耳を宛てがったウーヴェは、落ち着いた鼓動に合わせるように呼吸を繰り返し、条件反射のようにあくびが出ることに気づいて苦笑する。
「リオン……」
「ん?」
「……うん。……俺は、今、ちゃんと……」
今という時間をお前やリア達と一緒に生きているだろうかと、まだ己は誘拐されていたあの時間の中にいて、今の現実は実は耐えきれなくなった脳味噌が見せている幻覚ではないかとの疑問を口にすると、リオンがウーヴェの震える唇にそっと口付け、いつでも見ていたいと望む笑みを浮かべる。
「なー、ダーリン。今のキス、ウソだと思うか?」
「……思わない」
「だろ?」
夢でも幻でもない、ちゃんと地に足を着けて生きているお前がここにいて、今俺とキスをしたんだと笑うリオンにウーヴェも釣られて笑みを浮かべ、両腕をリオンの首に回してしがみつく。
「……ダンケ、リーオ」
「いつも言ってるけど、お前のダンケやキスは気持ち良いから好き」
俺のオーヴェ、Du bist mein Ein und Alles.と言葉を繋いでウーヴェの背中を抱きしめたリオンは、ピアスが嵌る耳朶に小さな音を立ててキスをされ、望む言葉が流し込まれた後二人にとっては聞きなれた言葉も流れ込んできたことに気付いて笑みを浮かべる。
「リオン、リーオ。俺の太陽」
「……もう大丈夫だな、オーヴェ」
「ああ」
再確認をするリオンに頷いたウーヴェは、己の言葉が嘘ではないことを伝えるように自らリオンの肩に手をついて立ち上がると、嬉しそうな顔でリオンも立ち上がりウーヴェの腰に自然と腕を回す。
「家に帰ったら、聞いてくれるか……?」
「もちろん。聞いてやるから安心しろ」
「うん」
オイゲンの叔父であるドナルドが診察室を出て行ってからどのくらいの時間が経過したのか分からなかったが、待合室でウーヴェを心配しつつ信じているリアの事を思い出し、リオンに断りを入れて診察室から出て行くと、己のデスクで所在無げに座っているリアを発見する。
「……リア、心配をかけた」
「ウーヴェ! もう大丈夫なの?」
ウーヴェの声にリアの頭が跳ね上がり、椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がったかと思うと、デスクを回り込んでウーヴェの前に駆け寄ってくる。
そんな彼女にまだ少し緊張しているような笑みを浮かべたウーヴェは、心配をかけて悪かった、もう大丈夫だと頷き、不安が払拭されて行く様に胸を撫で下ろす。
「さっきドナルドが来たのは、オイゲンの遺体を引き上げる事ができた事を伝えに来てくれた」
「え……? オイゲンの遺体が……?」
「ああ。今手続きをしているからまだ連れて帰って来れないが、もうすぐ帰ってくるそうだ」
その迎えに一緒に行って欲しいと言われたが俺よりも相応し人がいる事を伝えたとリアに話し、胸を撫で下ろす彼女に小さく笑みを浮かべる。
「お別れ会をするそうだから、リアもよければ参加してくれ」
「え、ええ」
「あいつらには後から伝えておく。今日は心配をかけた」
明日の診察時には今日の気持ちを一掃しておくからと頷くウーヴェにリアも頷き、今日も一日お疲れ様でしたと終業の合図を交わすとリアが帰り支度をしながら二人に笑いかけ、詳しいことが分かったら教えてと言い残してクリニックを出て行く。
その背中を見送った二人だったが、リオンの腰に腕を回して支えられながらウーヴェが俺たちも帰ろうと疲労が滲んだ声で呟き、リオンが労うようにウーヴェの髪にキスをするのだった。
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