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突然だが、私は転生者である。突拍子もないことを言っている自覚はあるが、事実なのだから仕方がない。私は日本でとある剣術流派の娘として生まれた。幼い頃から剣を仕込まれ、厳格に育てられたものだ。
だが、平和な平成の世で剣術などが活かされる機会などあるはずもなく、青春を鍛練に捧げた私には甘酸っぱい思い出等無かった。いや、戦いこそに自らを捧げるしか生き方を許されなかったと言うべきか。
当然のように自衛隊に入隊、国を人々を護るため、そして自らの戦いへの渇望を埋めるため日々職務を遂行していた。それが長じて様々な戦いの歴史を学び始めたのだったかな。
だが、平和な日本で私の渇望が満たされるはずもなく、私は除隊。本家の危険な伝を使い傭兵として世界の戦場を渡り歩く生活をしていた。それでも、所詮傭兵は男の世界。女である私が如何に活躍しようとも評価されることはなく、最後は仲間に裏切られ一人寂しく人生を終えた。私は、何のために生まれたのだろう。私の存在した意味は。最後に私はそう問いかけ、静かに目を閉じた。
再び目が覚めた時、見覚えの無い天井が先ず映った。さて、私は死んだはずだが。運良く生き延びたのだろうか。そう思いながら周囲を見渡すと、見慣れない部屋が広がっていた。如何にも高級そうな調度品がいくつか目に写るが、それよりも気になったのは周囲に居る女性達の服装だ。その、メイド服の女性が居るのだ。いや、それは良い。それ以外の女性には、その、何と言うか映画や時代劇で見るような古いヨーロッパの服装に似ていたのだ。
はて、劇団か何かなのか。
「あぁぅ…」
声を出そうとしたが、上手く喋れない。何だこれは!?
「まあ、お嬢様がお言葉を!」
「旦那様にご報告しなければ!」
私が言葉を発すると、周りのメイドさん達が慌ただしく動き回る。まて、これはまさか!
ある事実に想い居たり驚愕していると、燃えるように真っ赤な髪を流した美しい女性が私を覗き込んできた。
「あら、もう目が覚めたの?貴女はやんちゃねぇ。少しはお姉ちゃんを見習って…いえ、あの子は静かすぎて張り合いがないからちょうど良いかしら」
私をそっと抱き上げながら、そう笑顔で漏らす女性。そして視界には大きな鏡があり、赤ん坊を抱えた赤髪の美女が映っていた。
……これ、もしかして…転生…?
仏教には輪廻転生と言う概念があるし、前世云々の話も耳にしたことはある。或いはそれなのだろうが、前世の記憶があるのは解せない。いや、事実として受け止めなければいけないのだが…その、三十路の大人が授乳したりおしめを代えられるのは……羞恥の極みだな。仕方ないが。
私はかなり裕福な、言ってしまえば西洋風の貴族の家の次女として生まれたようだ。何不自由の無い生活に戸惑いながらも、先ずは順応しなければと想いを新たにする。
母は赤髪の美女。性格は貴族らしくない豪快かつ気さくなもので、個人的には好感が持てる。堅苦しいのは苦手だ。
父は逆に金髪の美男。優男風だが、優雅な立ち振舞いが貴族らしく見える。何とも対極的な夫婦ではないか。少なくとも私は両親に恵まれているらしい。
そして、姉。父と同じ金の髪を流した愛らしい美少女だが、確か二歳になるだろうにほとんど無表情で物静か。子供らしさが全く無い。ハッキリ言って初対面では大層不気味に映った。
……最初の数秒だけだが。何故ならば、私を見た瞬間眩しいほどの輝く笑顔を浮かべて……まあ、なんだ。私を溺愛し始めたのだから。
前世では家族の愛など全く感じることがなかった私にとって、全てが新鮮だった。戸惑いはあったが、胸が温まる感情を制御できず泣いてしまい姉を右往左往させる珍事もあったが。ごめんなさい、お姉さま。
転生した理由などは最早どうでも良い。この転生に感謝し、今はこの幸せを噛み締めたい。
私は家族の愛を受けながらすくすくと育ち、七年の月日が流れた。この幸せな日常がこれからも続くことを疑い無く信じ、前世で不幸だった私へのご褒美なのかと自惚れた程だ。
精神は三十路だが、やはり外見に引っ張られるのか言動や行動は幼子そのもの。違和感なく七歳の子供として振る舞えるのは有難い。いや、言っては何だが姉より子供らしいと言える。
「何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「まさか、大好きなお姉さまのことを考えていました」
「何ですか、そんなことを言っても夕飯のおかずをあげることしか出来ませんよ」
「わーい」
姉は九歳になっても表情が乏しかったが、私だけには常に優しげな笑顔を向けてくれる。それに、姉は感情が希薄等ではなく、ただ絶望的に感情表現が下手くそなのだ。最早欠落していると言えるレベルで。
だが、何かと気に掛けてくれて優しい姉のことが大好きだ。前世では決して得られなかった、温かい感情が私を包み込む。
七歳の冬の日、そんな幸せは突如として終わりを迎えた。優しい両親は殺され、親しかった従者さんもたくさん死んだ。そして、私は姉に逃がされてただ一人難を逃れた。私は、また独りぼっちになってしまった。
危機感が足りなかったのだ。この世界は優しいのだと勘違いしていた。母に稽古を受けていた姉と一緒に私も稽古を受けるべきだったのだ。私に力があれば。いや、前世で叩き込まれた武術を少しでも取り戻せていたら…だが、後悔は意味がない。
姉は生きているはずだ。あの姉が、お姉さまが死ぬわけがない。今度こそ、私は姉を護るために強くならねばならない。
五年後、十二歳に成った私の目の前には見上げるほどの巨大な一つ目の化け物、サイクロプスが居て私を見下ろしている。
私を叩き潰そうと振り降ろされた腕をわずかな動きで避けて、そのまま大きな腕を駆け上がる。
私は強い願いを手にした剣に込めると、刃が氷を帯びていく。
「氷華…一閃っ!!」
言葉に力を込め、叫ぶと同時に振り抜いた刃はサイクロプスの首に突き刺さり、一瞬にしてその巨体を氷付けにした。
「すげぇ!サイクロプスを一人で!」
「あの年で…化け物かよ!」
失礼な、人間のつもりだ。どうやら私には転生に伴い恩恵が付与されていたようだ。それは世にも珍しい『魔法』の行使。人間ではこれまでの歴史で数人しか前例がない大変希少な能力らしい。つまり、『魔法を使える人間』だ。その事でよく厄介なことに巻き込まれるがそれをはね除ける力を持つまでに成った。
私は冒険者として魔物討伐や軍の依頼などを積極的に請け負い自らを鍛え続けている。幸い前世で叩き込まれた剣術や武芸は成長と共に体に馴染んでくるので助かった。
十二歳にして災害級の魔物であるサイクロプスを倒せるまでには成った。まあ、お母様は十歳で仕留めたらしいので、我が母ながら規格外である。
だが、まだまだだ。まだ私には力が足りない。前世で培った武芸と熱心に研究した数多の戦史を活かせる程には至っていない。
お姉さま、どうかご無事で。必ず私が助けに行きます。それまでは、どうか耐えてください。
少女は、必ず生きているであろう姉に想いを馳せる。燃えるような赤い髪を背まで流し、金の瞳には強い意思を宿した美少女。腰には剣を帯び、身のこなしは一流の剣士に引けを取らない。魔法を使えると言う類い稀な才能を持つ彼女の名前は、レイミ=アーキハクト。離れ離れとなった姉妹の運命は間も無く交差する。