皆様ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。『蒼き怪鳥』との戦いで桟橋を得て海の交易へと乗り出して、二年の月日が流れました。私は十六歳となり、身体もまた成長しています。より女性らしく、コンプレックスだったお胸も膨らみました。シスターやマーサさん、エレノアさんと比べたら泣きたくなりますが、ルイがちょうど良いと言うのでそこはあまり気にしないようにします……ジェラシー。
さて海を手に入れた『暁』ですが、ノウハウが無いので最初の二年は国内向けの交易や各ギルドの依頼請け負いを中心に行いました。
幸いマーサさんの『ターラン商会』が贔屓にしてくれて、それを見て他の商業ギルドからも護衛依頼や輸送依頼も少しずつ増えて、利益を生み出しています。
海の交易は、確かに儲かります。フリゲートもあるので信頼できる護衛として名が売れ始めているのも嬉しいことですね。
そして、私が密かに再現した木から作った紙も少しずつではありますが売れ始めています。
ルイの伝を使って事務所や芸術家、銀行なんかに売り付けてみると大変好評で、追加注文が途切れず単価は安いのですが長期的な利益が見込めます。もちろん、羊皮紙ギルドに目を付けられないようにコッソリとですが。
確実に利益は増えているのですが、少し問題も起きています。実は、『暁』にはいわゆる『縄張り』が存在しないことです。教会は郊外にありますし、当然無人地帯。農園が広がっているだけです。港湾エリアだって、桟橋一つといくつかの倉庫があるだけ。実質的な縄張りはありません。
縄張りがなければ一人前の組織とは言えない。確かに地盤があるのは良いことですが…。
「悩みごとか?シャーリィ」
悩んでいるとルイが声をかけてくれました。ルイも十六歳となり、更に身体も鍛えられて立派になっています。
私を護るために強くなると日々ベル達に鍛えられている姿を見ると、胸の高鳴りを覚えます。嬉しい。
「縄張りについて考えていました」
「ああ、『暁』には縄張り無いもんな。何でだ?金はあるし、力もあるぜ?」
「市街地に進出するのは、出来れば避けたいんですよね」
当然シェルドハーフェン市街地は既に既存の組織が縄張りを巡って群雄割拠しています。その中に割って入る度胸はありません。何より驚いたのは、『ターラン商会』でさえシェルドハーフェンでは中堅組織に過ぎないと言うこと。
つまり私が知らないだけでシェルドハーフェンには巨大な組織が幾つもあると言う事実が、私に市街地進出を思い止まらせているのです。
「縄張りを作ったら旨味はあるんだけどな」
「それは分かりますが…」
今は縄張りも持たない弱小勢力として相手にされていないだけ。市街地に進出すれば間違いなく目を付けられる。それをはね除けるだけの自信がまだありません。
戦闘員は百人を越えて、マクベスさんが日々鍛えていますが何処まで通じるか疑問です。
「いや、余裕だと思うんだが」
「油断大敵ですよ、ルイ。これは別に急ぐことではないんです。慎重に行きます。判断を誤れば皆を無用な危険に晒してしまいますから」
先ずは更なる利益の確保、装備の充実を図り『暁』を強化しなければ。
その為には、明日から始まる海外交易を確実に成功させなければなりません。
アルカディア帝国。豊富な魔石の産出により魔法文明と呼ばれる大繁栄を遂げた大国。ロザリア帝国とは長年の宿敵である。しかし、内情は開放的な面もあり商人たちによる敵国であるロザリア帝国との交易も黙認されている。
アルカディア帝国を統べるオンドール家は、それが情報収集など自国の利益にも繋がることを理解しているのだ。その思惑に乗るように、ロザリア帝国の一部の商人はアルカディア帝国との密輸に手を染めていた。
「つまり、彼方にはロザリア帝国との貿易専用の港があるんだよ、シャーリィちゃん」
エレノアさんが解説してくれました。この日をどれだけ待ちわびたか。『蒼き怪鳥』が使っていたルートを利用してアルカディア帝国と貿易。
この時に備えて、農園ではロウが大量の薬草を育ててくれています。本来薬草は栽培が極めて難しいとされていますが、『大樹』パワーなのかあっさりかつ大量生産に成功しています。
後はこれを乾燥させて売る。ロザリア帝国では薬草は需要がありませんが、アルカディア帝国では薬草から『ポーション』と呼ばれる回復薬を作り出す技術があるため需要があります。
…ん、ポーション製作の技術ですか。
「つまり薬草なんかを高値で売れる、そう言うことですね?」
「まあ、そう言うことさ。距離があるから、三ヶ月は戻れないけどね。ちゃんと売り払ってくるから期待しておくれよ」
「なら追加の注文を。可能ならポーションの製作技術を手に入れて欲しいんです」
「うちでも作って儲けるつもりかい?相変わらず利に敏いじゃないか。ちょっと調べてみるよ」
豪快な笑みを浮かべるエレノアさん。そしてそれに反応するように揺れるお胸が素晴らしい。ワンダフル。
「エレノアさん、積み荷は二の次で構いません。皆さんが無事に戻れることの方が大事です。忘れないでくださいね?」
「分かってるよ、シャーリィちゃんを泣かせたりしないさ。無理をしないで、やばそうなら逃げてくるからさ」
始めての貿易になるので、エレノアさん自身がフリゲートを指揮してアルカディア帝国の密輸港へ向かいます。この二年でエレノアさんたちも商売に慣れてきているので、安心して任せられます。もちろん、安全第一で。
利益とエレノアさんたちの命、選択する余地すらありません。願うのは、大切なものが無事であることだけです。
「エレノアさん、お気を付けて。無事に帰ってきてくれることを願っています」
「行ってくるよ、シャーリィちゃん。お土産に期待しときな!」
この日、エレノアさんが指揮して始めての海外貿易が始まりました。
この時より、我が『暁』は飛躍が始まるのでした。
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