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私たちは今日も、箒を走らせて世界の境界を旅していた。「カレン!行ってみたい場所があるの」
「お!いいね。じゃあ、操縦はまかせるよ!」
私の背中で笑うカレン。しばらくすると、空気を震わせる重低音が響いた。
――ボーーー。
「なんだ!?」
「あの世とこの世をつなぐ列車よ。生きたまま乗れるのは、月の駅まで」
銀色の煙を吐き出しながら現れた汽車に、私たちは飛び乗った。車窓の外は、一瞬で星の海へと変わる。
「うわあ、浮いてる!」とはしゃぐカレン。だが、終着駅は「死」そのもの。私たちはその手前、青い地球が一番綺麗に見える「月の駅」で降りた。
そこには、一人の女性がうなだれて立っていた。透き通るような白い肌。その姿はどこか、夜露のように儚い。
「……ない。どこにもないわ」
「どうしましたか?」
彼女は顔を上げ、悲しげに微笑んだ。
「彼からもらった指輪なんです。今日、私はあちらの世界へ行くけれど……これだけは、彼に返さなきゃいけないのに。私が持っていたら、彼はいつまでも私を忘れられず、前へ進めないから」
彼女は、自分が亡くなったことを受け入れ、遺された恋人のために「思い出」を地上へ返そうとしていたのだ。
「まかせなよ!俺たちが絶対に見つけてやる!」
カレンが叫び、私たちは酸素のない月面を駆け出した。月の時間は残酷だ。地球が少し自転するだけで、刻一刻と「最終列車」の時間は迫る。
「もうすぐ、最終列車が来てしまいます。それに乗らなければ、貴女は魂の行き場を失って消えてしまう!」
私の叫びと同時に、カレンが月砂の中から光るものを掴み取った。
「あった……!あったぜ!!」
カレンの手の中には、小さな銀色の指輪。
その時、駅のホームに「彼」によく似た面影の青年が、幻影のように現れた。地上で彼女の死を嘆く彼の想いが、月の引力に引かれて届いたのかもしれない。
「ありがとうございます。これで……やっと彼を自由にしてあげられる」
彼女は指輪を、私たちが持ってきた「地球行きの郵便ポスト」へそっと入れた。
ボーーー。
無情にも、あの世行きの最終列車が、真っ黒な煙を吐き出す。
「急いで!乗って!」
彼女は列車に飛び乗り、開いた窓から身を乗り出した。
「ありがとう。さようなら! 私のことは、もう忘れてって……彼に伝えて!」
列車のドアが閉まる。彼女の瞳からこぼれた一粒の涙が、重力のない月面で真珠のように弾けた。
「……バカだな。あんなに綺麗に笑う人のこと、忘れられるわけないだろ」
カレンが鼻をすすりながら、遠ざかる列車を見送った。
私たちは帰りの列車に揺られながら、窓の外に浮かぶ青い地球を見つめた。
あの指輪は明日、奇跡のような確率で、彼の元へ届くだろう。
私たちの旅は続く。
いつか誰かが、悲しすぎるお別れをしなくて済むように。その涙を、少しでも温かいものに変えられるように。