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“あの日、私だけが取り残された坂道”
Episode 07 #まっさらな紙
街灯の下、手元にある進路希望調査の用紙は、驚くほど真っ白で、どこか不気味にすら見えた。
「第一志望:医学部医学科」
何度も頭の中で思い浮かべたその文字列を、どうしても紙に落とすことができない。
もしこれを書けば、お母さんは一瞬だけ安心するかもしれない。でも、その後に続くのは「今の成績でどうするの」という、これまで以上に激しい追及だ。
じゃあ、白紙のまま出したら?
先生に呼び出され、親に連絡がいき、家での居場所は完全に失われるだろう。
(どこに行っても、逃げ道なんてないんだ)
スマホの画面が明るくなり、お母さんからの着信を告げる。バイブレーションの振動が、ベンチを通じて私の背中にまで不快に響いた。
出たくない。声を聞きたくない。
私は電源ボタンを長押しして、画面を強制的に真っ暗にした。
静寂が戻る。ただ、遠くを走る車の音だけが聞こえていた。
私はカバンの中から、もう一枚の紙を取り出した。それは、今日配られたばかりの、塾の「クラス編成変更のお知らせ」だった。
私の名前の横には、一つ下のクラスの名称が印字されている。
これを見せたら、お母さんはどんな顔をするだろう。私のことを「裏切り者」と呼ぶだろうか。「もうあなたにお金をかける価値はない」と見捨てるだろうか。
想像するだけで、呼吸が浅くなっていく。
「何やってんの、こんなところで」
突然、上から声をかけられた。
驚いて顔を上げると、そこにはマフラーに顔を埋めた千尋が立っていた。手には、コンビニの温かいココアの缶を二つ持っている。
「……千尋。なんで」
「塾、サボったでしょ。美咲の乗るはずの時間の電車に、美咲がいなかったから。なんとなく、ここかなって思って」
千尋は隣にどさりと腰掛け、温かい缶を私の頬に押し当てた。
「ひゃっ」と声を上げる私に、千尋は「はい、これ」と缶を押し付ける。
「……ストーカーみたい」
私が小さく呟くと、千尋は「人聞きが悪いな。心配性の友達って言ってよ」と、いつもの調子でけらけらと笑った。
その笑顔が、今は不思議と、昼間ほど痛くなかった。昼間にあれだけ感情をぶつけてしまったのに、千尋はいつもと変わらない態度で隣にいてくれる。
「美咲、その紙、まだ白紙なんだね」
千尋の視線が、私の膝の上の進路希望調査に向かう。
「……書けないよ。お医者さんになりたいなんて、もう言えない。でも、他に何になりたいかも分からない。ずっと、お母さんに言われるがまま勉強してきたから、自分が何を好きなのかすら、もう忘れちゃった」
温かいココアの缶を両手で包み込みながら、私はぽつりぽつりと話し始めた。一度溢れ出た本音は、もう止まらなかった。
「千尋が羨ましかった。私より成績が悪かったのに、急に追い抜いていって……。私は、勉強ができることしか取り柄がないのに、それすら奪われたら、私には何も残らない。お母さんに、見捨てられちゃうのが怖いんだよ」
声が震え、涙がココアの缶の蓋にぽたりと落ちた。
千尋は、私の話を黙って聞いていた。そして、自分の缶をベンチに置くと、私の冷え切った手を、自分の両手でぎゅっと包み込んだ。
「見捨てたりしないよ。少なくとも、私は美咲が勉強できてもできなくても、美咲のことが好きだから友達になったんだよ」
千尋の手は、驚くほど温かかった。
「お母さんのことは、私には分からない。でもさ、美咲。一回、全部ぶちまけてみたら? 医者になりたくないことも、今の勉強が辛いことも。このまま嘘をつき続ける方が、美咲が壊れちゃいそうで、私はそれが一番怖いよ」
千尋の言葉が、冷え切った私の心に、じわじわと染み込んでいくのが分かった。
焼肉食べたい気分☺︎
夜中になると爆食したくなりますよね
ではまた次回
#現実世界
雪代 真希奈
107
#進化
雪代 真希奈
25
#儚い
nanaha.
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コメント
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那月さん、第7話読ませていただきました。 白紙の進路希望調査票が、美咲の心の迷いをそのまま映しているようで胸が締めつけられました。千尋が「美咲のことが好きだから友達になった」と手を温めてくれる場面、あの優しさに私もじんわりきました。母への恐怖と自分の無力感に押し潰されそうな美咲に、千尋の言葉が少しずつ沁みていく感覚がとても丁寧に描かれていて、心が温かくなりました。続きが気になります🍀