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静寂が、ナイフのように尖っている。
電気の消えた部屋。唯一の光は
床に転がったスマホが放つ、パンドラからの無機質な「ルール」の文字だけだ。
【この部屋から出られるのは、一人だけです】
「……ふざけるな」
暗闇の中で、九条が低く唸った。
カチリ、と安全装置を外す音が、ひどく鮮明に鼓膜を叩く。
彼は怪我をしていない方の手で、銃口を奈緒へと向けた。
「奈緒、君を殺人未遂で現行犯逮捕する。……抵抗すれば、正当防衛として撃たざるを得ない」
「あはは!まだ『刑事』の顔をするの? 九条さん、滑稽ね」
奈緒は暗闇の中で嘲笑った。
彼女は床を這い、スマホを拾い上げる。
「撃てるわけないわよ。私が死んだら、あなたのキャリアを終わらせる『予約投稿』は止まらない」
「あなたの不倫、証拠隠滅の記録、そして美波の母親から裏金を受け取った証拠……全部、あなたが一番嫌いな『大衆の目』に晒されるのよ」
「……黙れ」
九条の指が、引き金に深くかかる。
エリートとしてのプライド。
正義という名の仮面。
それを守るために、彼は今、かつての協力者を消そうとしている。
10年前に私を見捨てた時と同じ。
彼は常に「自分を守るための正解」を選び続けてきた。
私はその二人を、壁際でじっと見つめていた。
女の執念と、男の保身。
ドロドロとした醜い本性が、暗闇の中で剥き出しになっていく。
その時、私のスマホが微かに震えた。
【栞。あなただけは、別の選択肢を選びなさい】
画面に表示されたのは、このアパートの図面だった。
クローゼットの裏に、かつて管理人が使っていた隠し通路がある。
そこを通れば、外で待ち構える野次馬たちに見つからず、この地獄から抜け出すことができる。
一人で、逃げられる。
この二人を、泥沼の殺し合いに残したまま。
(……助ける必要なんて、ある?)
奈緒は親友を裏切り、九条は弱者から目を逸らした。
二人がここでどうなろうと、私の復讐は、私の「正義」は、損なわれないはずだった。
私はゆっくりと、クローゼットの方へ足を進めた。
背後では、九条の荒い呼吸と、奈緒がナイフを握り直す衣擦れの音が聞こえる。
「栞、どこへ行くの……?助けてよ、栞! 私たち、親友だったじゃない!」
奈緒が、暗闇の中で私の影を探して叫ぶ。
私は足を止めず、ホワイトボードに文字を書きなぐった。
スマホの光で、その文字を二人に突きつける。
『親友、あなたが私の教科書を捨てた時、その言葉は死んだんだよ』
私はクローゼットの扉に手をかけた。
だが、その瞬間。パンドラの画面に、結衣からの新しいメッセージが割り込んだ。
「ねぇ、栞。隠し通路の先には、何があると思う?……出口かしら。それとも、あなたの“本当の罪”を待っている、新しい観客かしら?」
扉を開けた先にあったのは、ただの通路ではなかった。
そこには、10年前の事件の「未発表の証拠」が
壁一面に貼り付けられた、歪な祭壇のような空間が広がっていた。
深冬芽以