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最近、何も決めていないのに、仕事は進んでいる。
私の知らないところで。
何かが決まったあとで、その報告だけが届くようになった。
決定事項、と件名に書かれたメールを開くたび、少しだけ遅れてきた拍手をしているような気分になる。もう終わった話題に、今さら参加している感じだ。
以前なら、決まる前に声がかかっていた。
資料を見て、意見を出して、少しだけ言い回しを整えてから、全体に回す。そういう役割だったはずだ。少なくとも、私はそう思っていた。
最近は、私の名前が最初から入っていない。
会議の招集も、相談の打診もない。代わりに、「共有です」「念のため」といった一文が添えられた連絡だけが届く。そこに、返事をする必要はない。返したところで、話はもう先へ進んでいる。
仕事自体は減っていない。
机もあるし、パスワードも有効だ。出社すれば、挨拶も返ってくる。誰かが露骨に距離を取っているわけでもない。だから、気のせいだと言おうと思えば、そう言えなくもなかった。
ただ、何かを頼まれなくなった。
「これ、どう思います?」という一言が、私の前を素通りするようになった。代わりに、決まった結果だけが、整った文章になって手元に届く。
その文章は、よくできている。
無駄がなく、角が立たず、短い。
私がこれまでやってきた仕事を、誰かが、もっと速く、もっと簡単にやっている。
自分の役割を、後から見せられている気分だった。
私は、調整役だった。
少なくとも、そう呼ばれてきた。意見が割れたときに、双方の言い分を少しずつ削って、落としどころを探す。強い言葉を、弱める。弱すぎる表現を、少しだけ前に出す。誰かの顔を立てながら、全体が動く形に整える。
目立たないが、必要な仕事だと信じていた。
派手な成果は出ないが、トラブルも起きにくい。長くやるほど、周囲の癖や地雷がわかってくる。だからこそ、続けてこられたのだと思っていた。
気づけば、私は一番長くそこにいた。
最初は、ただ居ただけだ。辞める理由がなく、続けてきただけ。それがいつの間にか、「詳しい人」「昔から知っている人」「一応、聞いておいたほうがいい人」になっていた。
その立場が、いつからか、重くなった。
説明が長い、と言われることが増えたわけではない。
むしろ、何も言われていない。
ただ、私の話す前に、結論が出るようになった。
会議は短くなった。
確認事項は減り、判断は早くなった。
迷っている時間が、無駄だという空気が、静かに共有されていった。
それは、悪いことではないのだと思う。
効率は上がるし、決断は速いほうがいい。私自身、そう言ってきた側でもある。
それでも、私の中に残るのは、説明しきれない違和感だった。
何かを間違えた感覚ではない。
役目を終えた、と言われたわけでもない。
ただ、呼ばれなくなっただけだ。
ある日、偶然、廊下で立ち話をしている二人の横を通りかかった。私の関わっていた案件の話をしているのだと、すぐにわかった。声をかけようか迷って、やめた。呼ばれていない場所に、勝手に入るのは、少し勇気がいる。
そのまま通り過ぎたあとで、胸の奥に、薄い膜のようなものが残った。
破れたわけではない。
ただ、確実に一枚、隔てられた感じがした。
私はまだ、ここにいる。
仕事もしている。
名前も消えていない。
それでも、何かが、少しずつ切られている。
音もなく、理由もなく、
長いものから、先に。