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第九章 境界の崩壊
足首を掴んだ“影の腕”は、ゆっくりと力を込めた。
悠真は必死に床を掴むが、指先が滑る。
じっとり濡れた畳は、もはや自分の部屋のものではなかった。
視界の端で、壁紙が剥がれ落ちていく。
白い石膏の下から覗いたのは――また別の壁ではなかった。
漆黒の虚空。どこまでも続く隙間の闇。
パキッ……パキパキ……
天井の梁が折れる音が響いた。
いや、壊れているのではない。
部屋そのものが“あちら側”へと変質しているのだ。
テレビは歪み、液晶の中に黒い染みが広がる。
机は足を伸ばすようにぐにゃりと曲がり、影に呑まれて消えた。
現実の形をしたものが、一つずつ輪郭を失い、闇に溶け込んでいく。
悠真は叫んだ。
「やめろ……ここは俺の部屋だ! 返せ!」
だが返事はなかった。
代わりに、無数の声が壁の奥から重なり合うように湧き上がった。
「――ここは最初から、わたしたちの場所。」
「――お前も、こっちへ来い。」
耳を塞いでも無駄だった。声は頭の内側に直接響く。
やがてその声に混じり、幼いころに遊んだ“あの友達”の呼ぶ声が鮮明に聞こえた。
「ゆうま。待ってたよ。こっちにおいで。」
現実と隙間を分けていた境界線は、もはや跡形もなかった。
悠真の部屋は完全に崩壊し、そこに広がるのは、ただ終わりのない黒の世界だけだった。
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