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一位なんて関係ない︰
最初はエントリーナンバー28番の5級の紬が滑ります。紬は滑る前、木原コーチに物置小屋の裏の話を聞いてしまった事を謝りながら凍くんへの手紙を渡しました。「ごめんなさいあのときは盗み聞きしてしまって、凍くんはきっと今でも親のための滑らなきゃって思ってますよね。」と悲しそうに紬は言った。
それに対して木原コーチは「はい。いつもは泣くほどじゃないのに、今回は泣いたんです。きっと紬ちゃんのおかげで負けたくないと自分のために滑りたいと思って泣けたんだと思います。凍はあぁ見えて紬ちゃんのことライバルだと思ってるんですよ。」と木原コーチは優しく言った。
「ライバル。」紬は瞳を見開いて輝かせました。そして紬は下を向きながら思いました。「私と違って、スピードがあって級も私より上の6級で。私はまだ凍くんには届かない目にも写ってないものだと思ってた。」紬は前を向き直し、口を開いた。「木原コーチ…。私…絶対に凍くんの気持ちを変えてみせます!」紬はそう木原コーチに断言した。紬の瞳には強い決意があった。
そう断言したあと「エントリーナンバー28番 ルクス西川FSC 空色紬さん。」とアナウンスの人の声が響いた。リンクに行く前に紬は笑顔で「私のスケートを凍くんが見てるときにその手紙を見せて下さい。」木原コーチに頼んだ。
紬がリンクの中央に立ち、ポーズを取るその瞬間は、緊張感と期待感が高まり紬の内に秘めた決意や情熱がひしひしと伝わってくる瞬間だった。会場が静まり返り、息を呑むような緊張感が漂う中、彼女の選んだ曲「群青」が流れ出す。
その旋律に合わせて紬は滑り始め、彼女の滑りにはいつもとは違う柔らかさと優しさが融合していた。一つ一つの動きに込められた思いが観客席を包み込むようで、目を離せないほど引き込まれる。木原コーチはリンクの外でその滑りを見守りながら、凍に手紙を手渡した。凍は不思議そうに手紙を開き、そのスケートを見つめる。「何だよ、これ…。」戸惑いと驚きの中で、彼女が自分に送った手紙を読んだ。
凍くんへ、
今日はあなたに男子スケートで一位を取らせるためにこの手紙を書きました。それもただの一位じゃありません。自分のために滑って一位を取らせるためです。木原コーチから聞きました。あなたは私の事をライバルだと思ってくれていたんですね。少し嬉しかったです。凍くんは私と違って、スピードがあって級も私より上の6級で。私はまだ凍くんには届かない、目にも写ってないものだと思っていました。それだから嬉しかったのです。凍くんは自分のために滑ったことは無いと思います。親御さんには自分のやりたいように言ってください。好きなものを好きだというそれは怖くて仕方ないかもしれない。けれどみんながついてます大丈夫。自分のために楽しく滑れない複雑な気持ちも親に言えない気持ちも情けなくて踏み込むほど心が苦しくなる、痛くもなると思います。でもそれは好きなことを続けることそれは楽しいだけじゃない。あなたなら凍くんならできます。凍くんは何回でも何回でも積み上げてきた。それは武器になる。 自分と周りの誰かを比べたって、凍くんにしかできない表現はなんですか。 あの日凍くんと言い合って感じたことない気持ち、知らずにいた想いそして初めて感じた痛みも全部。あなたはどれほどの実力を持っているのだろうと思いました。凍くんは好きなスケートと向き合ってください。そうすると小さい光が見えます。大丈夫です。いきましょう。そこまで行けば後は楽しむだけですから。私は凍くんのために全てを賭けて描きます。自分にしか出せない色で。 もう今はあの日の透明な凍くんじゃない。ありのままのかけがえのない凍くんです。
空色 紬
読み終わった頃にはスケートは終わっていました。それでも凍はうつ向いて悔しそうに泣きながら「何やってんだよ…バカかよ…。そんな分かりにくい表現じゃ。あんたは3位になって6級に上がれないじゃんよ。僕の為より自分のためにしろよ。もうこれ以上自分ののような自由じゃないスケートを滑る人は増えさせたくないんだよ!」と小声で言った。すると戻ってきた紬はそれを見て、凍に向けて**「別に良いよ。私は1位にならなくても。誰にも輝くように見えなかったとしても。たった一人の凍くんに輝いて見えたらいい。」**紬の言葉は、純粋で温かい彼女の気持ちが込められていた。そして凍には彼女の思いがどれだけ深いものかが伝わっていた。明るく笑って紬はもう一言言った。「さぁ!私が凍くんにこれだけ見せたんだから。凍くんも私に見せてよね!」それを聞いた凍は泣き止んだ顔を上げて、見開いている子どものような表情から微笑み優しい表情になった。その表情のまま「うん。ありがとう。紬。」と初めて素直な一面を見た紬は少し驚いたがすぐに頬を微笑みを返した。
自分のために︰
大会の控室で、凍は親の前に立ち、深く息を吸い込んだ。手には紬の手紙が握られている。彼の瞳には強い決意が宿っていた。
「僕、スケートが好きなんだ。」静かな声が室内に響いた。「今まで、父さんや母さんに言えないこともあったし、自分のために滑れないこともあったけど、今日だけは自分のために滑る。俺のスケートを見てほしい。これが俺だって、思える滑りをしたい。」
親は驚いた様子で凍を見つめたが、やがて微笑み、そっと頷いた。「そうだよな。お前は兄さんとは違うよな。凍、応援してるよ。自分らしく、頑張っておいで。」
その言葉を聞き、凍くんは心の中で何かが晴れるのを感じた。そしてリンクへと向かう。その瞬間、アナウンスが会場に響いた。
「男子ジュニアスケート、エントリーナンバー2番。ルクス西川FSC 青月 凍。」
リンクの中央に立つ凍。彼の表情には迷いがなく、紬の手紙と親の言葉が彼の背中を押していた。いよいよ彼のスケートが始まる。
観客席が静まり返る中、音楽が始まった。「Primavera-花降る日」の旋律がリンクに響き渡ると同時に、凍は滑り出した。その一歩一歩には躍動感があり、氷上に刻まれる軌跡は一瞬にして会場全体を引き込んでいく。
彼の滑りは、優雅さと速度を兼ね備えたものだった。まるで風そのもののように滑らかで、時には嵐のように鋭い。「氷の刃」という言葉がふさわしい動きで、ジャンプのたびに空気が切られるような感覚を観客たちは覚えた。彼のスケートは圧倒的な速度と鋭さを持ち、氷上をまるで刃が駆け抜けるように切り裂いていった。観客の目は釘付けになり、彼の一挙一動を追い続ける。
序盤、ダブルルッツを強烈な力で跳び、鮮やかに着氷。その直後にダブルフリップが続き、鋭い動きがリンクをさらに引き締めた。そしてダブルループに突入すると、彼のジャンプの高さと勢いに観客は圧倒される。続くダブルサルコウとダブルトウループでは、力強さが際立ち、彼の滑りに独特の輝きが宿る。
中盤に差し掛かった頃、彼はハイドログレーディングの技を見せる準備を整えた。氷上で低く身を構えた彼は、速度を維持しながら身体のバランスを取るその動きで観客を魅了する。リンクを滑るその姿は、まるで水面を滑る風のようで、氷上の支配者としての存在感を強く放った。
続いてアクセル1.5回転へ。助走の一歩一歩が力に満ち、跳躍の瞬間にはまるで時間が止まったかのように感じられた。空中での回転と着氷が一体化したその技は、観客から息を呑むような驚嘆の声を引き出した。
フィナーレでは、彼の特徴であるスピンが最大限に輝いた。リンク中央での高速回転は、鋭く、力強く、リンク全体を震わせるかのようだった。観客の視線を一身に浴びながら、彼は音楽の最後の一音と共に完璧なポーズで締めくくる。
会場に沸き起こる大歓声。凍くんの演技はその速さと力強さだけでなく、ハイドログレーディングによる独自の表現が加わり、観客の心に深く刻まれた。彼の滑りはもはや技術ではなく、氷上に描かれる彼自身の生き様そのものだった。
音楽が静かに終わりを迎え、凍くんは鋭いラストポーズで演技を締めくくった。その姿に会場は歓声に包まれ、彼の力強さと鋭いスケートが最高の形で輝いた。結果発表で彼の名前が「優勝者」として呼ばれ、1位の座を獲得した瞬間、リンクは拍手と歓声に満ち溢れた。彼の人生の物語は栄光とともに新たな章へと進んだ。
つづく