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美月と共に新婚旅行から戻って二日。
今日は護衛の蒼史と美月を連れて、王都で催されている初夏の祭りに足を運んでいた。
「凄い賑わっていますね」
隣を歩く美月が目を輝かせながら人混みを見渡す。
「ああ、そうだな」
私は短く返しながらも、彼女の横顔に視線を移した。
見慣れたはずの顔が、祭りの灯りに照らされて一層愛らしく見えて胸の奥が温かくなる。
「美月、何か食べたい物はあるか?」
「食べたいものですか? そうですねぇ、あ、りんご飴食べたいです……!」
その答えに思わず口元が緩んだ。
彼女は子供のように無邪気に笑い、私の心を柔らかくしていく。
「りんご飴か。わかった、屋台を探そう」
そう言って視線を巡らせると後ろから蒼史が声を掛けてきた。
「陛下、あそこにりんご飴の屋台があります」
「本当だな、ありがとう、蒼史」
彼の言葉に私は頷き美月を連れてその屋台へ向かう。
屋台の前に立つと、店主の男が私を一目見て驚いたように目を見開いた。
「え、永和陛下ですか?」
「……ああ、どうしてわかった?」
変装をしているつもりだったのだが、見抜かれてしまったらしい。
少し困惑して問い返すと、店主は笑って首を振った。
「いやぁ、変装してはいますが……陛下の青い瞳や立ち振る舞い、それに衣服で何となくわかりました」
「なるほど……」
人をよく見ている商人の目、ということか。
その観察眼に感心しつつも、私は注文を告げる。
「りんご飴を一つくれ」
「承知しました!」
店主は快く答え、机の上から赤く艶やかに光るりんご飴を取り出して私に差し出した。
それを受け取り、美月へと手渡す。
「美月、りんご飴だ」
彼女はぱっと表情を明るくして受け取り、嬉しそうに私へ礼を告げた。
私は代金を支払い、店主から「末永く幸せに」と見送られながら屋台を後にする。
歩きながら、美月がりんご飴にかじりつく。
その頬張る姿があまりに微笑ましく、私は思わず問いかけた。
「美味しいか?」
「はい! とっても美味しいです。ありがとうございます、永和様」
「そうか、それならよかった」
素直に喜ぶ彼女を見て、胸が満たされていく。自然と笑みがこぼれ、握った手の温もりにそっと力を込めた。
――私はこの幸せを、決して手放すまい。
❀❀❀
美月、そして護衛の蒼史と共に夏祭りの王都を歩き回り、数時間が経った頃。
昼食をとろうと和食の店へ足を向けたとき、俯いて泣いている小さな影が目に入った。
少年だ。
周囲の喧噪に似つかわしくない震える肩が気になり、私は美月の手をそっと離して歩み寄る。
「おい、少年。どうした?」
屈み込み視線を合わせる。
子どもの目線に立つと、彼の怯えがほんの少し和らいだように見えた。
「う……、お母さんと……はぐれちゃって……」
「なるほど、迷子か」
その返事に、私はすぐ隣に立つ美月を見やる。
「美月、申し訳ないが、昼食の前にこの少年の親を探すのに付き合ってもらってもいいか?」
「勿論、構いませんよ」
彼女は迷いなく頷き、後ろの蒼史も声を添える。
「私も付き合います」
「ああ、ありがとう、二人共」
私は安堵し少年に手を差し伸べると小さな手がしっかりと握り返してきた。
「少年、名は何という?」
「僕の名前は大和っていうよ……!」
「そうか、大和。では母親はどんな容姿だ?」
「髪は綺麗な青で、瞳は紫!」
「なるほど、わかった」
しっかりした答えに頷くと、大和は少し安心したように笑顔を見せた。
その横で、美月と蒼史が小声で話しているのが耳に入る。
「ふふ、永和様、子供の前でもいつもと変わらない口調ですね」
「そうですね、永和様はああ見えて子供が結構お好きなのですよ」
「そうなんですね」
私は苦笑しつつ、何も言わずに大和の歩みに合わせて進む。
――昔から、子どもの無垢な笑顔には弱いのだ。
やがて王都の左側、着物屋の前に立つ女性に大和が駆け寄った。
「お母さん……!」
白髪に紫の瞳。
聞いていた特徴そのままの女性だ。
母子が抱き合う姿を見て、私も胸を撫で下ろす。
「大和……! 探していたのよ。もう、勝手にどこかへ行かないで」
「うん、ごめんね」
大和がこちらを指差すと、母親は私たちに頭を下げてきた。
「本当にありがとうございます……! 感謝してもしきれません。何かお礼を――」
「頭を上げてくれ。大それたことはしていない。お礼は気持ちだけで十分だ」
私がそう言うと、母親はなおも首を振る。
「ですが……!」
「善意でやったことだ。――大和、もう母君と離れるでないぞ」
少年は素直に頷き、無邪気に笑った。
「うん! ありがとう、お兄さん!」
母親は茶色の鞄から包みを取り出し、私へ差し出してきた。
「せめてものお礼に……和菓子屋で買ったお菓子です。お口に合うかわかりませんが……」
「……そうか。では、後で食べさせてもらう」
受け取って軽く会釈をし、美月と蒼史と共にその場を後にした。
再び来た道を戻る途中、美月と視線が重なる。
「永和様は優しいですね」
「そうか?」
「はい。そういうところも好きです」
「なっ……不意打ちは心臓に悪いな」
彼女の言葉に不覚にも耳まで熱くなる。
背後から蒼史の声が追いかけてきた。
「本当にお二人はお似合いです」
私は苦笑しながらも美月の手を強く握り返す。
鬼の王である前に、一人の男として彼女の隣にあり続けたいと心から思った。