「何が優しくする、よ。聖壱さんが初心者にあそこまで手加減してくれないとは思わなかったわ」
次の日の朝、私達はいつもとは違う場所で朝食をとっている。さすがに人気のホテルだけあって朝食も私の料理なんかとは比べ物にならないわ。
それにしても昨日は初めてだったのに、理性を飛ばした聖壱さんに好き勝手されて……体のあちこちが痛い。
「そうは言うけれど、香津美があそこまで煽らなければ俺だって……」
昨日の事は私が悪かったの? そんなはずないわ、だって私は何もかも聖壱さんに任せていたでしょう? それなのに……
「人の所為にしないでよ。罰としてしばらくお預けにしてやるんだから!」
「はあ? 無茶を言うな、やっと解禁されたばかりなんだぞ!?」
これにはさすがに聖壱さんも納得できないとばかりに噛みついて来る。もちろん本気で言っているわけじゃないけれど、素直に謝らなかった聖壱さんが悪いんですからね?
「別に私は無くても困らないもの」
これもちょっとだけ嘘。聖壱さんの逞しい腕に抱かれ触れられるのは決して悪くはなかった。むしろ……
「俺はすっごく困るんだ! 香津美は俺の妻なんだから、時には夫の意見に寄り添えよ!」
「そういう聖壱さんこそ、妻の意見を尊重したらどうなのかしらね?」
好き放題言い合って、見つめ合って……いつかの夜を思い出して笑い合う。そういえば私達は出会った頃からこうだったわね。
「そう言えば柚瑠木さんと月菜さんはどうなったかしらね……?」
最初にいたホテルに置いてきてしまった二人の事が気にならなかった訳じゃない。けれど聖壱さんの言う通り彼らの夫婦関係に口出ししにくいのも事実で。
「ああ、それならば香津美が眠っている間に電話が来て……二人で話し合った結果、このまま契約結婚を続けていくことになったそうだ」
「……そうなのね」
私の勝手な想像だけれど、月菜さんは柚瑠木さんの事を慕っているのではないかしら?あの事件の時あれほど怯えていた彼女だけれど、柚瑠木さんのために一生懸命だったもの。
結局その月菜さんの頑張りは柚瑠木さんには伝わらなかったのかもしれない。そう考えると少しだけ悲しい気持ちになるけれど……
「月菜さんはあんなに努力家なんだ。今は難しくてもいつかは柚瑠木の心を溶かしてくれると思うぞ?」
聖壱さんの言葉に私も納得したの。確かにあれだけ頑張り屋さんな月菜さんが隣に居れば、柚瑠木さんだって何か変わっていくかもしれないから。
「そうね、私は全力で月菜さんを応援するわ!」
「香津美が月菜さんのサポートをすれば、なお効果的かもな」
いいわね、私はそうさせてもらおうかしら? だってあの二人、素直になればきっと上手くいくと思うんだもの。
朝食を終えホテルを出てまっすぐレジデンスに帰っても良かったのだけれど、なんとなく二人そろって寄り道をしたの。
「聖壱さん、もっと右。右だってば!」
「分かってるって香津美、そんなに何回も言わなくても……ああ~」
大きなクレーンゲームの前、もう何度トライしたかしら? 何のキャラなのか分からないフィギュアに聖壱さんはムキになってしまってる。
「右だって言ったのに聞かないからよ! もう、そんなにそのフィギュアが欲しいの?」
「んん、まあな……もう一回」
私は聖壱さんが部屋にフィギュアを飾っている所なんて見たこと無いのだけれど……どうしてもこれが欲しいみたい。聖壱さんの狙っているフィギュアは今流行りの悪役令嬢らしく、見るからに高飛車な雰囲気。どこがいいのよ、こんな人形?
「今度こそ……ここで……よし!」
ガコンと商品の落ちる音がして、しゃがんだ聖壱さんの手には悪役令嬢のフィギュア。聖壱さんはとても嬉しそうなんだけれど、私は何だか気に入らないわ。
「どうしてそれが良かったの? 他にももっと可愛いのいっぱいあったじゃない」
そう、月菜さん似の和風美少女とかね。けれど聖壱さんはキョトンとした顔をして私を見てるの。私は何かおかしなことを言ったかしら?
「だってこのフィギュア、香津美に似ているだろ? 優しい悪役令嬢とか悪者ぶりたい香津美にそっくりだもんな」
「な、何でそんなこと……?」
確かに私は性格が悪いわよ? 決して可愛いなんて自分だって思わない。けれどどうして私がずっと悪者ぶって生きてきたことまで……
「何度も眠りながら泣いて謝るってるんだもんな。なんか香津美のそういう所を見て、俺が守ってやりたいなって思ったんだ」
「私、聖壱さんの前で泣いて……? 貴方はそれを見て嫌にならなかったの?」
知らなかった。私が眠っている間に泣いている事も、それを聖壱さんが見て守りたいと思ってくれていたことも。
「気が強い所も性格が悪い所も、優しくて泣き虫な所も全部含めて香津美なんだ。嫌になんてなるわけがない」
それが当然だとばかりに迷わずに言い切ってしまう。聖壱さんのそういう所にずっと救われている事、知らないでしょうね。
「聖壱さんには本物がいるから、フィギュアなんていらないでしょう?それともまだ香津美が足りない……?」
焦る聖壱さんからフィギュアを取り上げ、そのままゲームに並んでいる人に渡した。だって、ねえ……私だってヤキモチくらい妬くのよ?
「……聖壱さんの香津美は私一人で十分よね?」
フィギュアを諦めきれない様子の聖壱さんを黙らせて、さっさとゲームセンターを後にした。
「この後、少しだけ親父と会う約束をしているんだ。」
レジデンスに帰るのだと思っていたけれど、そう言われたので聖壱さんと二人テナント内にある和喫茶へ。店内に入ってみると、お義父さんはすでに奥の席に座っていた。
「昨日は二人ともご苦労だったね、香津美さんも調子良さそうで良かった」
「ああ、そんな事よりも親父は大丈夫だったのか?眞二叔父さんたちはこれからどうなる……?」
そう事件があったのはまだ昨日の事で……もしかしたらお義父さん達は、あれから警察で事情聴取を受けたのかもしれなかったのだわ。
「ふむ、証拠があるとはいえ眞二たちが素直に罪を認めるかは分からないかな。多分お前達にもこれから先も迷惑をかけることになるだろうが……」
確かに、そんな簡単に罪を認めるような人たちには見えなかったわ。まだ全部終わったわけじゃないのよね。
「べつに構わないぜ、乗り掛かった舟だ。この際SAYAMAカンパニーの膿はすべて出し切るつもりでやって行こうぜ」
「頼りにしてるよ、聖壱」
SAYAMAカンパニーを愛する気持ちは社長と同じなのね。遠くない未来……この会社を継ぐときの為こうして色んなことをやっているのでしょうね。
少しだけ会社の話をすると、お義父さんは親戚の家へと行かなければならないと帰って行った。今回の事件でかなりゴタゴタしているらしい。
「親父にきちんと香津美のことを話そうと思ったんだけどな……今はそれどころじゃないな」
「結婚前に一度ちゃんと挨拶したじゃない、それじゃダメだったの?」
聖壱さんは私の何を話そうというのかしら? しかもこんな時に話さなければいけないような事なんて……
「俺が香津美との契約結婚を解消し、今度は真剣な気持ちで香津美との未来を見てるって事をきちんと話しておきたかったんだ」
「聖壱さん……」
嬉しかった、聖壱さんは二人のずっと先のことまで考えてくれているんだって。今まで私が見ることも出来なかった幸せな未来図を彼は私に見せてくれる。
「今回は話せなかったが、次こそきちんと話すから。何があっても俺を信じてついてきてくれるよな?」
そうね、聖壱さんはSAYAMAカンパニーの次期社長。これから私達にはどんな困難が待っているのか分からない。それでも少しでも輝ける二人の未来のために……
「ええ、離れてくれと頼まれたってって離れてなんてあげないわ!」
この場所で、ずっとあなたと一緒に――――
本編完結
この後、番外編へと続きます。
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