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土曜日までの毎日、わたしは夜になる度に類人くんとメールのやりとりをした。
それは土曜日にどこへ行くかだけじゃなくて、学校や部活のこと、好きな音楽、テレビや漫画、色々な話題で盛り上がった。
何だか恋人同士になったような、それくらい類人くんと距離が縮まったような気がして、わたしは毎日毎日舞い上がっていた。
そんな楽しい数日を過ごし、土曜朝当日。
わたしは興奮してなかなか寝付けず、結局空が白み始めるまでずっと布団の中で起きていた。
たぶん、1時間くらいしか寝られなかったんじゃないだろうか。なんだか頭がぼんやりする。
そんな中、わたしはいつも着ているあまり可愛げのない私服に着替えて、魔法百貨堂を訪ねた。
朝早いこともあって、道路に面した古本屋はまだ開店もしていなかった。
けれど、他に入り口を知っている訳でもない。
いったいどこから中に入れば良いんだろう?
お店の前でちょっと困っていると、ガラス戸越しに掛かっていた店内のカーテンがシャっと開かれ、あの古本屋のお爺さんが顔を覗かせた。ガチャリと鍵を外し、戸を開けてくれる。
「いらっしゃい。話は真帆から聞いとるよ。どうぞ、お入り」
「あ、ありがとうございます!」
わたしは頭を下げてから店の中に入り、いつものように奥へ向かう。
すでに開かれたドアを抜けて、あの綺麗なバラ園に出る。射し込む陽の光に照らされたバラの花が、キラキラと眩しく輝いて見えた。
魔法百貨堂のガラス戸の向こうにもやはりカーテンが掛かっていて、わたしは首を傾げながら取手に指を掛ける。
ガタガタッ……
どうやらこっちも鍵が掛かっているらしい。
どうしよう、もしかして真帆さん、まだ寝てるとか……?
お爺さんに話をしてみようかしら、と思っていると。
「きゃあぁぁっ!」
突然背後から叫び声が聞こえ、バッと振り向いたのと同時に、空から何か大きな物がすぐ目の前の地面に落下してきた。
「アイタタタ……」
それは呻き声を漏らしながらゆっくりと上半身を起こし、しきりにお尻をさする。
……真帆さんだった。
真帆さんが、空から降ってきたのだ。
その肩にしがみ付いていた黒猫が、フラフラしながら地面に降り立つ。
黒猫は忌々しそうに真帆さんを見つめ、
「ミャーォオ、ミャーォオ」
とまるで抗議するように低い鳴き声を発した。
「仕方ないじゃないですか、急いでたんですから……」
口を尖らせながら言う真帆さん。
黒猫はフンッと鼻を鳴らすとプイッと真帆さんから顔を背け、どこへともなく駆けていった。
それを見送ってから真帆さんは立ち上がり、
「いちいち煩いなぁ、もう……」
とボヤきながら、地面に転がっていた、これは……ホウキ?に手を伸ばす。
それから改めてわたしに体を向けると、
「ごめんなさい、遅くなりました」
言って深々とお辞儀した。
「えっと……真帆さん? いったい、それは……」
戸惑うわたしに、真帆さんは照れ笑いを浮かべながら、
「すみません、昨夜ちょっと集会がありまして。ついさっきまで宴会してました」
「あ、いえ、そうじゃなくて……」
そのホウキは、いったい。
けれど真帆さんは、そう言おうとするわたしに構うことなく、
「ああ、安心して下さい。もう準備は済んでますから、すぐに着替えちゃいましょう!」
「え、いや、だから……」
そのホウキで、空飛んでたんですか?
なんて質問すらさせてくれる間もなく、真帆さんは扉の鍵を外すとガラス戸を開け、
「さぁ、どうぞ中へ」
わたしを置いて、さっさと店内へと姿を消してしまうのだった。
真帆さんはいつものナチュラルメイクとは違い、しっかりと気合の入ったメイクをしていた。
紅い唇は艶めかしく色付き、頬は薄っすらと桃色に染まっている。それに加えて目元の綺麗なまつ毛と、くっきりとしたアイラインが更なる大人っぽさを演出していた。
ピンクのブラウスシャツに紺色のヒラヒラしたロングフレアスカート、ブラウンの靴には黒いリボンがあしらわれている。
わたしはそんな真帆さんに案内されてカウンターの脇を抜けて靴を脱ぎ、奥へと続く長い廊下を歩いた。
左側のガラス戸の向こう側には、店前のバラ園とは真逆の、昔ながらの日本的な古めかしい小さな庭が広がる。そこにはためく洗濯物の全てが女性もので、けれどそれにしては何だか量が多いような気がした。
右側には開きっぱなしのドア越しに台所や居間、それに続いて加奈、真帆とプレートの掛かったふた部屋がつづく。
加奈、って誰だろう。お姉さんか妹さんの名前だろうか?
そんな事を思っていると、それらのさらに隣の部屋の前で真帆さんは立ち止まり、
「どうぞ」
と言ってその部屋の襖を開けた。
「し、失礼します……」
わたしは言いながら部屋に入る。
中はいかにも昔ながらの畳部屋で、入って正面には明り採りの小さな窓が上下に並び、左側には押入れが、右側には年季の入った箪笥と化粧台が置かれていた。
ただ一点、部屋の脇に寄せてあるテレビショッピングとかで売っていそうなスチール製の衣装掛けだけが、何だか場違いな感じがした。
「さあ、そこに掛けてください」
真帆さんに言われるがまま、わたしは化粧台の小さな椅子に腰掛けた。
正面の鏡にわたしのパッとしない顔と服装が映り、何となく小さなため息が漏れる。
そんなわたしに構う事なく真帆さんは「よし!」と気合を入れた。
「さて、どれにしようかな~」
楽しげに衣装掛けからハンガーを外しては色んな服を矯めつ眇めつし、
「あ、これなんか良いかも!」
そう言ってわたしのところまで持ってきたのは……
「じゃ~ん! これ! これなんてどうです?」
真っ黒い、フリフリの、沢山のリボンや白いレースがあしらわれた、ロリータ服だった。
「ほら、すっごい可愛い!」
わたしの前にその黒い服を重ねながら、真帆さんは楽しげに笑う。
ゴスロリは確かに可愛いとは思うし、憧れた時期もあった。
だけど……これは、わたしの趣味じゃない。
それに、その如何にもな服と真帆さんのイメージが全然結びつかなくて、
「え、えっと、これは……」
とわたしはただただ戸惑いを隠せなかった。
「ああ、やっぱり黒は嫌ですか? 初めてのデートなんだから、もっと明るい服にしましょうか!」
真帆さんはサッと黒い服を下げると再び衣装掛けまで小走りし、鼻歌なんて歌いながらガサガサとまた服を選び始めたかと思うや否や、
「あ、これは? これなんてよくないです?」
嬉々とした様子で次にわたしに当てがったのは、やっぱりふりふりの可愛らしい、ピンク色の……ゴスロリだった。胸元にはヒラヒラのついた白いラインが三本縦に走り、ブワッと、広がったスカートには無数のハートが……
「うわぁ! 可愛い! お人形さんみたい! アハハッ!」
たぶん、真帆さんにとって今のわたしは文字通りお人形さんなのだ。色々な服を取っ替え引っ替えできる、着せ替え人形。
わたしも昔はよく遊んでいたけど、だけど……!
「ああ、でもハートハートし過ぎですよね。もう少し大人しめな色にしましょうか」
真帆さんは一人でうんうん頷いて、またまた衣装掛けまで今度はスキップするように行くと、
「水色なんて爽やかで良いですね!」
と言いながら、今度は薄い水色(でもやっぱりレースだらけ)のゴスロリ服をわたしの身体に当てがい、
「あー、でもちょっとシンプル過ぎますね! もう少し派手めなのがあったはず……」
言って背中を向けるのを、わたしは咄嗟に服を引っ張って止める。
「ま、待ってください、ま、真帆さん……!」
「あ、何か希望とかあります? 結構色々あるんですよね、気にいるのが絶対あると思うんですけど……」
「ち、違います、そうじゃなくて!」
真帆さんは眉を寄せながら首を傾げる。
「そうじゃなくて?」
「も、もっと普通の! 今、真帆さんが着てるような服にしてください、お願いだから……!」
「ええー! 可愛いのに! こんなに可愛いのに!」
「お願いします、お願いします……!」
わたしの必死なお願いに、真帆さんは深い深いため息を吐き、
「……仕方ないですね、わかりました」
言ってから、僅かに聞こえる小さな音で、チッと明らかに舌打ちした。
何だか真帆さんの本性を垣間見たような気がした。