コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
帝都近郊の密林の奥地、そこには平屋建ての建物が隠されるようにひっそりと存在していた。
その建物こそ転生者であり狂気の科学者として地球で悪名を轟かせたマッドサイエンティスト、ハンス=ハースペクターの研究所である。
彼はマンダイン公爵家の後援を受けて、強化兵士であるドールの研究開発を進めていた。
ドールとはこの世界に存在する様々な薬草を掛け合わせて作り出された劇薬で人為的に痛覚を遮断、更に精神を破壊して意のままに操れるまるで人形のような兵士のことであるが、何故か少女のみが使われている。
本来サイボーグ技術に深い関心があるハースペクターとしては、帝国の技術水準から実現が不可能であるための苦肉の策ではあるが。
この研究のため大勢の子供がマンダイン公爵家傘下の暗部組織から送り込まれ、非人道的な実験によって数多の犠牲者が今も生み出され続けている。
また余談だがシャーリィの親友であるルミを改造したのも彼であり、シャーリィにとっては倒すべき復讐相手である。
こんな彼だが、出資者であるマンダイン公爵家にも秘密にしていることがある。ある人物からの依頼を受けて、一人の女性を秘密裏に保護しているのだ。
その女性の名は、ヴィーラ=アーキハクト。アーキハクト伯爵婦人であり、シャーリィとレイミの実母にして剣姫と吟われた女傑である。彼女はアーキハクト伯爵家襲撃の際に奮戦するも襲撃者との戦闘で深傷を負ってしまう。
失った右目には黒い眼帯を着けて、左腕は肩諸とも損失。右足も膝から下を損失。今ではハースペクターが用意した車椅子がなければ生活することは困難な身体となってしまった。
とは言え、彼女も現状を座視しているわけではない。ただ世話をされる小鳥のように振る舞うつもりは毛頭無く、まして自分の世話をしているのが数多の少女達を物言わぬ兵器に作り替えたり切り刻む狂人となれば言わずもがな。
この十年、日々動く手足を使って身体を鍛え続け、三十代半ばを過ぎているにも関わらず身体能力は現役時代、つまり十代の頃と謙遜の無い域を維持していた。
全ては目の前の狂人を始末して悲劇に終止符を打ち、生き延びているであろう愛娘達を探すために。
今日もヴィーラは自由が効かない身体に鞭打って鍛練を行いつつ、非人道的な実験で犠牲になった子供の名前と出来る限りの情報を記して、少しでも遺品となるものを手に入れるため実験室へと向かっていた。
ドアを開くと、そこにはこの時間帯休んでいる筈のハースペクターと、もう一人大男が居た。
「おや、いけませんね。ここは危ないので極力近付いて欲しくはないとお伝えした筈ですが……」
そんなハースペクターの言葉は届かず、ヴィーラは残された左目を見開いて大男を見つめていた。
「ちっ……!」
大男が舌打ちを漏らして。
「エドワード……!」
そこに居たのは、アーキハクト伯爵家の衛兵長であり冒険者時代から苦楽を共にしたエドワード=ブレーンである。
襲撃の夜、侵入者との戦いで命を落としたと聞いていたヴィーラとしては生きていたことに衝撃を受けた。
もちろん生きていたのだから本来は喜ぶべきなのだが……。
「私をこの男に預けたのは、貴方だったの!?」
「……ああ、そうだよ。俺がお前をこいつに預けた。ったく、ハーネストの野郎がヘマしたお陰で、こんな傷物になっちまった」
明らかに敵意を孕んだ瞳を見て、エドワードはあっさりと自分も襲撃に関与していたことを白状した。
「っ!お前っ!」
「そう力むなよ、ヴィーラ。今のお前に何が出来るってんだ?俺が助け出さなきゃあの世に逝ってたんだぜ?」
「ふざけないで!散々良い思いをさせてあげたじゃない!なのに私を、あの人を裏切ったの!?」
貴族に見出だされて衛兵等の職に就く。冒険者の誰もが憧れる成り上がりの典型パターンである。
ヴィーラは共に旅した仲間としてアーキハクト伯爵家へ招き、平均より遥かに高い待遇を用意。
要望にも極力答えて、娘達の教育にも参加して貰う等かなり優遇していたのは事実である。
「ああ、待遇には文句無かったさ。その点ではお前にも伯爵閣下にも感謝してる。良い思いも出来たしなぁ」
「じゃあ何で!?」
「それはなぁ、ヴィーラ」
車椅子のヴィーラへゆっくりと近付いたエドワードは、顔を寄せて極悪な笑みを浮かべた。
「俺が本当に欲しかったのはお前なんだよ、ヴィーラ。いや、正確には伯爵家だ」
「……は?」
唖然とするヴィーラを他所に、エドワードは笑みを深める。
「家を飛び出して大活躍してる、帝国貴族始まって以来のお転婆娘。伯爵令嬢であり一人娘だったお前をものにすれば、俺も伯爵様だって息巻いたもんだぜ」
「エドワードっ!」
「だが、変なボンクラを婿養子にしてさっさと引退しやがった。旦那さんをぶっ殺してやろうかと毎日考えていたぜ?
とは言え、貴族を殺るのは不味いからな。だからお前は諦めて、お前の娘を虜にしようと考えた。だから養育係に立候補したんだがなぁ」
「お前っ!」
「最初は上手く行くと思ってたんだぜ?少なくともレイミお嬢様は俺の武術に興味津々だったからなぁ。俺は身分も低いがお前の仲間で衛兵長だ。あり得ねぇ話じゃないだろ?」
「そんな目的のためにあの子達に近付いたの!?過去の自分を殴ってやりたいわ!」
「そうカッカするなって。どのみちその計画も失敗に終わったんだからよぉ。理由はお前も知ってるだろう?」
「ええ、知ってるわよ。シャーリィがいきなり養育係を変えて欲しいって強く要望してきたのよ。あの娘が意見するなんて珍しかったから応えたけど……お前の邪欲を見抜いていたみたいねっ!」
「ああ、そうだ!あの無表情のクソガキが居なけりゃこんなことにはならなかった!レイミお嬢様を俺から遠ざけて、しかもお前らはそれを聞き入れて俺を外しやがった!ふざけやがって!」
「ふざけてるのはお前よっ!そんなっ、そんな理由であんなことを!」
「ふんっ、貴族様には分からねぇだろうなぁ!だから全部奪い取ってやったんだ!お前が傷物になっちまったのは想定外だがな!」
「エドワードーーーッッ!!」
信頼していた仲間の裏切り、そして自身の迂闊さからヴィーラは叫び、そしてエドワードは愉快そうに嗤う。
「興味深い」
それを観察するハースペクターもまた笑みを深めるのだった。