一瞬で霧となり巨大で不格好な竜の体を消失させるヒュドラは、微か(かすか)な記憶、メモリーをコユキと、小走りに近付いてきた善悪に齎(もたら)したのである。
小さくも力強い一本の足が、彼の育ての親である巨大な蟹、カルキノスを踏み砕いた瞬間の景色、そして彼自身が感じた絶望と天を衝く怒りの感情がそれであった。
「ヒュドラ君……」
呟いたコユキに追いついた善悪が声を掛けた。
「少佐…… いや、コユキ殿…… なんかバアルって自分の手を汚さずに色々企んでいる感じで…… 嫌な奴でござるなぁ! 僕チン…… 些か(いささか)ムカつくのでござるよ! 激おこプンプン状態なのでござるよぉ!」
「だね、善悪…… こりゃマジにならざるを得ないわねぇ! んじゃ本気だして行くとするかね? 本気の本気よぉ~! んでもその前にぃ?」
「勿論分かっているでござるよ! この馬鹿の事でござろ?」
「そりゃ当然そうよね! やっちゃって、善悪ぅ!」
ゴッチン!
善悪の本気の本気なでっかい拳骨(げんこつ)がグースーグースー眠っていたアスタロトの脳天に打ち下ろされるのであった、当然だよね。
巨大なコブを頭にこさえて蹲る(うずくまる)善悪は、改めてアスタロトのリフレクションの能力の優秀さと自身の膂力(りょりょく)の強靭さを思い知ったのである。
「なはは、善悪引っかかったか♪ さて、アスタ起きなさい! 神殿に乗り込むわよ! んもうっ! 置いてっちゃうわよ、ほらほら、アスタっ!」
「むにゃむにゃ、おお、おはよう! ん? なあコユキ………… これ(善悪)どうしたんだ?」
「ああ、善悪は今、自分の強力さに打ちのめされているのよ」
「強力? 無力さじゃなくてか? ? ?」
コユキの発言の真意がわからず頭の上にハテナを浮かべたアスタロトに向けて、蹲ったまま痛みに震え続けていた善悪の優しい声が届いた。
「ねぇアスタ? ヒュドラも無事討伐できた事だしさ、そろそろリフレクションを解除すれば? でござる♪」 ふるふる
「おう、そうだな『解除(リリース)』っと、これで良し」
スック! ゴッチン!
目尻に涙を浮かべながらも立ち上がった善悪と入れ替わるように、頭を抱えて蹲り痛みに震えるアスタロトに向けて言葉が叩きつけられる。
「本当に馬鹿でござるよ、アスタっ! お前、後先考えずに突っ込むんじゃないのでござるっ! 全くっ! 皆が、死ぬ所だったでござるよ! 猛省せよっ! でござるっ!」
「クっ、クゥゥゥーっ! 言っている事は理解できるが、いきなり殴ることは無いだろ、クゥーっ!」
仲良く同じくらいの大きさのコブでペアルックを決めている二人にコユキが言う。
「さてさて、じゃれ合うのはその位にして、いよいよバアルの本拠地ね、行きましょう神殿の中へ、とは言え、これぇ…… どかすのって、あー、一苦労しそうだわね」
コユキが指さす先にはヒュドラのブレスによって消滅した柱の上部、屋根の部分が崩れ落ち、瓦礫の山を形成している、ヒュドラが門番であった事から、この奥に入口の門が隠されている事は想像に易かったのである。
「あー、確かにこれは結構な手間、でござるなぁ~」
善悪も面倒臭そうな表情で言う。
「っ! な、なあ、アレ使えるんじゃないか? 持って来ていないのか、ほれ、あの青柿ぃ?」
「「おお!」」
アスタロトの名案に手を打って喜んだ二人、早速善悪がリュックの中から青柿を取り出すのであった。
安全そうな位置に移動した上で、コユキは瓦礫の山に向けて青柿をぽいっと放るのであった。
ドォォンっ! バチィィっ! ゴウっ! ヴンヴンヴンヴンヴン ドッチャァ――――! ドドドドドドォォォ――――!!
「おおお、大成功でござるねっ!」
善悪の言葉通り瓦礫の山は潰され溶かされ噛み砕かれて、最終的には牛の糞の激流に乗って山を下り落ちて行ったのである。
あまりと言えばあまりなご都合主義的な結果を気にする事など無く、大きな門を力いっぱい押して神殿内部に足を踏み入れる一行であった。
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