夏の太陽に身を焼かれながら、私たちは歩いて行く。次に目指すのは黄金中央図書館だ。古い建物のため、所々掠れた色をしているが、町立の図書館であるため蔵書の数がかなり多い場所だ。いつの日か春華と訪れたような気がする。数十分は歩いただろうか、やっと目的地が見えてきた。あと少し、頑張ろう。私は小声でそう言った。
重いガラス製の扉を引いて、図書館に入る。館内には冷房が効いていて、私たちの火照った体を優しく包み込んでくれた。息を大きく吸い込むと、古い木の匂いと古書の香りが胸いっぱいに広がる。
「なあ平井、ここで何するんだ?」
夏の日差しのせいで流れた汗を拭いながら垣原は言った。私はそれに答えるように図書館の奥を指さす。
「春華が好きだった本を探すの。あまり詳しくは覚えてないけど、あらすじくらいならわかるからさ。」
私の言葉を聞いて垣原は1人でどんどん奥へ進んで行く。その背中を追って歩くと、私たちは本棚の前に立った。その中に収まっている本たちの古ぼけた背表紙には見知った名作の名が書かれていた。
「……相生ってこんなの読めるのか?」
若干、小馬鹿にしたような声音で垣原は言った。当然、読めるはずがない。私は首を横に振る。それを見た垣原が目を細めて笑っていた。私はそんな垣原を置いて、奥の本棚へと向かう。私の不明瞭な記憶の中で春華が読んでいたのは、病気で余命わずかな女の子と、それを唯一知った男の子の話だった。私はこの内容に心当たりがあったため、それを探すため本棚をじっと見つめる。しかし、いくら探してもその本は見つからなかった。タイトルを伝えて、手伝ってもらっていた垣原も、どうやら見つけられていないようだ。しょうがない。軽くため息をついて私はカウンターの方へ向かう。前に立つと、椅子に座って文庫本を読んでいた初老の男性が私に視線だけを向ける。その鋭い眼差しに呑まれ、私は上手く喋る事ができなかった。怖いんだよな、このおじさん。白髪が多く、灰色のように見えるボサボサの髪、レンズ越しの細く鋭い目、痩せて骨張った顔。そのどれもが威圧感を醸し出している。
「平井の所の子か。なんの用だ、貸し出しか?」
掠れた低い声でおじさんは言った。どうやら私が怯えている事に気がついていないようだった。少し待っても何も言わない私を見て、おじさんは苛立った様にカウンターを指でコンコンと叩き始める。その時だった。
「おじさん、ーーって本を借りたいんだけど。」
垣原が私とおじさんの間に入って、言った。おじさんはじっと垣原の顔を見た後、ちょっと待ってろ、と言い隣のパソコンをいじりだした。私はほっと息を吐く。垣原はチラッと私を見て、何か言いたげな表情をしたが、おじさんに声をかけられてすぐにそっちを向いた。
「おまえの言ってた本、少し前に借りられてるな。また今度、ある時に来い。」
ぶっきらぼうに言うと、おじさんはすぐに文庫本へと視線を戻した。私と垣原は軽く目を見合わせる。垣原の目には諦めの色が浮かんでいたが、私はどうしても諦めきれなかった。
「誰が借りてるとか、わかりませんか?」
私の言葉に、おじさんはもう一度視線を向ける。ぼりぼりと頭を搔くと、おじさんはため息を吐いてから言った。
「聞いてどうすんだ?直接殴り込みか?」
わかってはいたけど、やはりおじさんは教えてくれなそうだった。私は視線に耐えきれず、目を伏せる。その様子を見て、おじさんは呆れたようだったが、少し柔らかくなった声を出した。
「本当は教えない方が良いんだが、今回ばかりはしょうがない。実はコイツ、少し前から借りっぱなしで督促状を出す所だったんだ。代わりに行ってくれるか?」
そう言うとおじさんは引き出しを開けて、何か言葉が書かれた紙を取り出した。私はそれを受け取ると中身をまじまじと見つめる。そこには垣原貴音という名前が書かれていた。借りている本の名前と住所まで書かれていて、私は思わずおじさんに目線を向ける。
「え、良いんですか?本当にこんなの貰って。」
「あげてはねえよ、お使いだ。行って、本を持って、帰って来い。そうしたら貸してやる。」
おじさんはニヤリと不適な笑みを浮かべた。その悪い笑みに、私はなぜか先ほどまでの威圧感を感じなくてブンブンと馬鹿みたいに首を縦に振った。
「はい!わかりました!行こう、垣原くん。」
私は垣原の手を掴み、図書館から飛び出す。そうしてから改めて、垣原に紙を見せる。私と同じように垣原は紙をまじまじと見つめた後、目を見開いて、驚いた顔をした。
「……姉貴じゃん。」
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