テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
14話
𝒈𝒐⤵︎ ︎
湖の水は、うりの体温を奪い尽くそうとする冷酷な捕食者のようだった。
一歩、また一歩と深みへ進むたびに、水の抵抗が重くのしかかる。
最初は足首を、次に膝を、そして今は腰の辺りまで、暗く濁った水がうりの体を這い上がってきていた。
凍えるような冷たさが下半身を麻痺させ、すでに自分の足がどこにあるのかさえ定かではない。
背後からは、ゆあんの叫び声が聞こえていたはずだった。
けれど、耳の奥で鳴り続ける不快な耳鳴りと、心臓の絶望的な鼓動がそれを遠ざける。
(これでいい。これで、全部……)
喉の奥からせり上がる血の味を飲み込み、うりはただ、光のない湖の奥だけを見つめていた。
意識の端で、じゃぱぱとヒロの最期の笑顔が明滅する。
二人の命を吸い込み、砂に変えてしまったこの忌まわしい肉体。
このまま湖底の泥に沈み、誰の記憶からも消え去るのが、自分に許された唯一の贖罪だと思い込んでいた。
その時だった。
ザバッ!!
背後で激しく水を蹴立てる音が響いた。
振り返る余裕などなかった。
うりの細い手首に、熱いほどに強靭な力が加わる。
それは、この世の何よりも確かな「生」の感触だった。
「っ……!?」
抗う暇も、悲鳴を上げる間もなかった。
掴まれた手首を支点にして、うりの衰弱しきった体は、強引な力で半回転させられる。
水圧でよろめくうりの視界が激しく揺れ、気づいた時には、目の前にびしょ濡れのゆあんが立っていた。
腰まで水に浸かりながら、ゆあんは荒い息を吐き、うりを射抜くような強い眼差しで見つめていた。
その瞳には、夜の闇を跳ね返すような、激しい感情が渦巻いている。
「な……んで……っ」
うりは、震える唇からそれだけの言葉を絞り出した。
自分の体に触れられた恐怖が、冷たい水よりも鋭くうりを貫く。
「離せよ……ゆあん! 離せ! 触っちゃダメだ……っ、死にたいのかよ!?」
うりは自分を掴むゆあんの手を振り払おうとした。
しかし、ゆあんの指は頑なにうりの手首を離そうとしない。
その手のひらから伝わってくる熱が、うりには恐ろしくてたまらなかった。
「俺が……っ、俺がヒロくんを消したんだぞ!? じゃぱさんだって、俺が触れたから砂になったんだ! 分かってんのかよ! 俺は、仲間を殺した化け物なんだぞ!!」
一つ一つの言葉が重くうりの肩にのしかかる
「ゆあんくんだって、俺のことが憎いだろ…… 嫌いなんだろ!? 自分のリーダーを、大切な仲間を奪った俺のことが、嫌いに決まって……ッ!」
うりは、自分の存在を完全に否定したかった。
ゆあんに軽蔑され、突き放され、憎しみの言葉を浴びせられたかった。
そうすれば、何の未練もなく、この冷たい水の中に沈んでいけるから。
うりの言葉を、ゆあんは黙って受け止めていた。
水面に映る月影が、激しく波立つ。
やがて、ゆあんがゆっくりと口を開いた。
その声は、驚くほど静かで、それでいて冷徹な響きを帯びていた。
「……そうだね、俺はお前が嫌いだよ」
絶望が、冷たい安堵となってうりの全身を包もうとした。
これでいい。
嫌われた。
これでやっと、独りになれる。
……でも、……
しかし、ゆあんの言葉は、そこで終わりではなかった。
「お前のそういうとこが、昔から、反吐が出るほど嫌いだ。……全部一人で抱え込んでさ、自分だけが悪者になれば済むと思って。周りの奴らがどんなに傷つくかも考えないで、勝手に『正解』を出して消えようとする。……そんな独りよがりなところが、俺は、大嫌いだ」
ゆあんの声は次第に熱を帯び、掴まれた手首に込められた力がさらに強まる。
うりは目を見開き、目の前のゆあんを凝視した。
ゆあんの瞳は、怒りで燃えているようにも、あるいは今にも泣き出しそうにも見えた。
彼は、うりがひたすら隠してきた「自己犠牲という名の傲慢さ」を、容赦なく暴き立てたのだ。
「嫌いだ、嫌いだけど──」
ゆあんは、うりの細い体を引き寄せ、力任せに、それでいて壊れ物を扱うような脆さを持って、その胸の中にうりを強く抱きしめた。
🌸𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎
コメント
1件
好きです!これは神作ですね…続き楽しみにしてます!