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「本当に心残りはないですか?」

私は出征が決まった時より尋ねていたことを最後に聞いた。

だって、もう時間がないのだから。


「ホンマにないで? ……まあ嫁さんが欲しかったけど、こればっかはな」

一瞬合った目は逸らされ、「さあ、寝よか」と立ち上がり離れていく体。

私はその大きな背中に抱き付き、体を密着させていた。


「和葉?」

「私じゃだめですか? 嫁になるのは」

目が熱くて、喉がヒリヒリして、心臓が痛いぐらいに鳴る中、私はなんとか声を振り絞りそれを言葉に出す。


「ありがとうな、ホンマに嬉しいわ。でも、和葉を待たせることは出来ん。帰って来ん男を待たせるのは酷や」

しがみついている私の手をそっと取り、離れていく背中。その言葉に、私はまたしても大志さんに体を預けていた。


「今日だけ……」

大きく息を吐き、あまりの緊張に息が吸えなくなる。

明日死ぬかも分からない、この時代。戦地に赴く兵隊さんの為に、僅かな結婚生活を送った女性も居ると聞く。私のおばあちゃんのお母さんみたいに。

おばあちゃんはお父さんを知らないと言っているし、それが当たり前の時代だったと話してくれた。

だから、それがどうゆうことか分かってる。

これがこの人の願いなら。


「和葉」

やっと振り返ってくれた大志さんは、私を優しく抱き締めてくれる。体は大きくて、熱くて、そして震えていていた。

「大志さん」

そんな震えを止めようと、私はただ強く包み込む。

大志さんの不安や苦しみを少しでも和らげられたら、私はそれで良いから。


だけどそんな想いとは反対に、離れていく体。私は手を伸ばすけど、それは掴まれてしまった。


「ありがとう。ありがとうな」

握られた手は、もう震えていなかった。


「俺の願いはもう叶ってるんや。だから充分なんよ。これからの子がそんなこと言ったらアカン。死にに行く男に、身を捧げるなんて考えたらアカン。和葉には未来があるやで」

「た、大志さんにだって……」

そんな頼りない言葉しか、私には返せない。


「……あ。そうやったな。大丈夫や、こうゆう鈍臭い方が生き残るもんなんやって」

そう言い握られた手はそのまま引っ張られ、寝室に辿り着く。


いつものように横並びにひかれた布団に私は横になるも寝付けるはずもなく、手を強く口元に当て目を閉じ声を殺した。だって、こうしないと。


「大丈夫やって」

「……はい」

それが溢れ落ちてしまう前に、私は大志さんの布団に潜り込んでいた。


「甘えん坊さんやな? 子守唄、歌ってまうで?」

「はい」

子供扱いでも構わない、私はただあなたの側に居たい。そんな思いでただ身を寄せる。


「……とある村に、学校でも家でも馴染めない女の子が居ました」

大志さんが話し出したのは、私が菅原平成先生を知るキッカケとなった、大好きな冒険の物語。何十回、いや何百回と読んだだろう。

だけど飽きることなんて一度もなくて、私はまたワクワクとさせられてしまう。

やっぱりすごいな。身を引き裂かれてしまいそうなこの思いを、優しく受け止めてくれる。

大きな胸の中で温かな声に包まれ、私は静かに眠りについた。

八十年越しのラブレター

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