「……それでは、今度は貴方の事をお伺いしても?」
「ラグーザ。お前も既に知ってる通り、俺は人間じゃない。吸血鬼だ」
彼が人間ではないことは勿論承知済みだったが、まさかかの有名な、そして、幻的存在だとされている吸血鬼だったとは。
吸血鬼については様々な文献が沢山あったりする。ニンニク・十字架・太陽光・聖水や教会などが苦手だとか、不死身の王と呼ばれる事もあるとか、吸血鬼の正体は反逆者の生き返り説や悪霊・亡霊・精霊である、など。
それ以外にも彼らの能力の事、地域や国での呼び方の違いなど。本当に様々な”吸血鬼像”が記された文献がある。暇潰しにと読んでいた本にも数多く記されていた事を思い出す。
勿論、沢山ある文献の中には外見的特徴にも触れた書物もあった。でも、なるほど。どうやら吸血鬼が獲物を惹きつけるため美しい容貌をしているというのは本当らしい。
半信半疑ながらも何処か夢見心地で読んでいた文献の内容の真偽を、自分の目で見て知ることになるとは。人生何があるか分からないものだな。
「なるほど……」
「は?」
「いえ、何でもないです。ただ、貴方がそんなに美しいのは吸血鬼だったからなんだなと。少し、昔読んだ文献の事を思い出していただけです」
「うつくしい……??」
「それより、貴方の下の名前は教えて頂けないのでしょうか。僕の方は名乗ったのですけど…」
僕の彼への容貌の感想に何故かどこか不思議そうにする彼を一旦スルーし、さらりと僕の知りたかったことへと話題を流す。
「……いや、お前は下の名前しか分かんねぇからだろ」
「まぁ、そうですけど。……教えてくれませんか?」
「………」
ずっと気になっていたことなので危険を顧みず引き下がってはみるが、流石にこれはもう今知ることは困難なのだろうか。
彼は視線を彷徨わせ、口にする事を明らかに躊躇っているようだった。
……彼は警戒心が強い。今この様に会話してくれているのは、恐らく根は優しい人だからなのだろうなと思う。
でも、彼が名を言えない理由は果たして本当に警戒心が強いからなのだろうか。僕らはどうしても人間と人外。住む場所も当たり前も、価値観も何もかもが違うのだ。何か違う理由が…?
そこでふと、昔読んだ文献に書いてあった単語を思い出した。
……もしかして、とひとつの考えが過る。
人外のフルネーム、つまり、”真名”と呼ばれるもの。それが、人間とは違い大きな意味があるのだとしたら?
文献の内容を思い出し、
僕の頬には冷や汗がつたった
「あの、もしかして”真名”が知られると云々…みたいな事があったりするのでしょうか……?でしたら、何も知らないとはいえ、余りにも無躾でしたよね。…すみません」
「…………ああ。人外に対して容易に”真名”なんか聞くもんじゃねえ。死にたくなきゃ気を付けるんだな」
「はい、肝に銘じておきます」
そう言うと彼は、ふん、とひと息鳴らした後、僕の方から窓のむこう側へと顔を背けた。
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