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惑星テラ・ノヴァ。
赤茶色の大地が広がる前線基地(FOB)の一角に設けられた、広大な多目的訓練フィールド。
そこには、地球側の御殿場演習場とはまた異なる、実戦的で殺伐とした空気が漂っていた。
周囲を囲むのはコンクリートの防壁と、油の匂いを放つ工場のシルエット。
空を見上げれば、見慣れない巨大なガス惑星が、紫色の空に浮かんでいる。
そのフィールドの中央で、三体の鋼鉄の巨人が対峙していた。
『26式多目的装甲戦闘服』——通称ヘビーアーマーを纏った、防衛隊の精鋭たちだ。
その中には、特別強化要員である鬼塚ゲンの姿もあった。
彼らは訓練用のペイント弾頭を装填したアサルトライフルを構え、油断なく三角形の陣形(トライアングル・フォーメーション)を組んでいる。
「……本気ですか、工藤さん」
鬼塚が外部スピーカーを通じて問いかけた。
その声には困惑と、僅かながら戦士としての好奇心が混じっていた。
「ええ、本気ですよ。
新しいアーマーが完成したんで、どうしても対人データを取りたくて」
彼らの視線の先に立っているのは、工藤創一だ。
だが、その姿は以前の作業着姿でも、無骨なヘビーアーマー姿でもなかった。
そこに立っていたのは、洗練された「未来」そのものだった。
従来のヘビーアーマーが「歩く戦車」や「中世の甲冑」を思わせる重厚長大なシルエットだったのに対し、創一が身に纏っている新型アーマーは、極限までシェイプアップされていた。
素材は鈍い鉄色ではなく、艶消しのブラックとダークレッドのツートンカラー。
装甲板は流線型を描き、人体の筋肉の流れに沿うように配置されている。
関節部には金属メッシュではなく柔軟な人工有機繊維が使用されており、可動域の制限を感じさせない。
一言で言えば、アメコミ映画のヒーロー『アイアンマン』を、さらに実戦的かつミリタリー調にリファインしたような外見だ。
——『モジュラーアーマー(Modular Armor)』。
発展基板(赤基板)とプラスチック、そして高度な電子部品を惜しみなく投入して開発された、次世代の強化外骨格である。
「総重量は50キロ弱。ヘビーアーマーの半分以下です。
ですが防御力は据え置き、むしろ複合装甲の採用で耐弾性は上がっています。
……さあ、いつでもどうぞ」
創一は武器を持たず、素手でゆらりと構えた。
その姿は、あまりにも無防備に見える。
観覧席で見守る日下部駐在員が、心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫なのでしょうか……。
相手は鬼塚さんを含む、実戦経験豊富なSATと空挺団の選抜メンバーですよ?
いくら性能が良くても、中身は工藤さんだ。戦闘のプロ相手に3対1は……」
「まあ、見ていてください」
隣に控える権田隊長が、苦笑混じりに言った。
彼だけは知っているのだ。
この工場長の「強さ」が単なる格闘技の腕前ではなく、理不尽なまでのテクノロジーの暴力に裏打ちされていることを。
「では、始めます!」
ブザーが鳴った。
瞬間、鬼塚を含む三体のヘビーアーマーが動いた。
ズシン、ズシン!
重低音を響かせ、重戦車のような突進を開始する。
彼らの狙いは単純だ。
包囲し、火力で制圧し、質量で押し潰す。
100キロの鉄塊が時速40キロで迫るプレッシャーは、生身の人間なら腰を抜かすレベルだ。
「確保するぞ! 左右に展開!」
鬼塚の指示で二機が左右へ散開し、クロスファイアの射線を形成しようとする。
完璧な連携。
逃げ場はない——はずだった。
「遅いですね」
創一が呟いた。
次の瞬間、彼の姿がブレた。
ヒュンッ!!
風切り音だけを残し、黒い影が消失する。
鬼塚のセンサーが敵影を見失った時には、創一はすでに包囲網の外側、彼らの背後に回り込んでいた。
「なっ……!?」
「バックアタック!?」
三機が慌てて振り返る。
その動作すら、創一の目にはスローモーションに映っていた。
モジュラーアーマーに組み込まれた新型のアクチュエータと、神経接続された反応速度強化モジュールが、彼の知覚時間を引き伸ばしているのだ。
「ヨシ、良いですよ。
反応速度、サーボの追従性、共にクリア。
ヘビーアーマーの鈍重さが、止まって見えますね」
創一は解説しながら、軽くステップを踏んだ。
その動きはボクサーのように軽やかで、100キロの巨体がドタバタと向きを変える様とは対照的だ。
「撃てッ!」
鬼塚が叫び、三方向からペイント弾が放たれる。
ダダダダダッ!
秒間数十発の連射。
だが創一は、その場から動かなかった。
ただ上半身を僅かに逸らし、あるいは手で払うような仕草をしただけだ。
カキン、カキンッ!
弾丸が黒い装甲に当たり、無力に弾かれる。
直撃コースの弾丸だけを、最小限の動きで装甲の厚い部分で受けているのだ。
「防御力は据え置きですけど、その分、素早さとパワーが桁違いに上がってるんですよね。
被弾しても衝撃吸収ゲルが完璧に仕事をします。
……ほら、そんなおもちゃの銃じゃ塗装も剥げませんよ?」
「化け物が……!」
隊員の一人がライフルを捨て、近接戦闘に切り替えた。
タックルだ。
100キロの質量兵器による体当たり。
まともに食らえば、軽自動車でもひっくり返る。
ドォォォォン!!
激突音。
だが吹き飛んだのは、ヘビーアーマーの方だった。
「ぐわぁっ!?」
創一は片手で、突っ込んできた隊員の胸板を受け止めていた。
そしてそのまま、柔道の要領で投げ飛ばしたのだ。
50キロの軽量級が、100キロの重量級を軽々と宙に舞わせる。
物理法則を無視した光景に、日下部は口をあんぐりと開けた。
「パワーウェイトレシオが違いすぎます。
こっちは最新の『強化プラスチック』と『軽量化鋼材』のハイブリッドですからね。
出力は倍、重量は半分。
相撲なら横綱と小学生くらいの差がありますよ」
創一は倒れた隊員を放置し、残る二機に向き直った。
鬼塚が冷や汗を流しながら距離を取ろうとするのが分かる。
歴戦の勘が告げているのだ。
「勝てない」と。
「さて、地上戦はこれくらいにして。
次のテストに行きましょうか」
創一はニヤリと笑った。
そして軽く膝を曲げた。
「あと……これには『翼』があるんです」
シュゴォォォォォォッ!!!
爆音と共に、創一の背中と両手足の裏から青白い炎が噴射された。
砂塵を巻き上げ、黒い機体が垂直に上昇する。
「なっ……飛んだ!?」
「空を飛んでいる!?」
隊員たちが空を見上げる。
創一は高度10メートルまで一気に上昇し、そこでピタリと静止した。
ホバリングだ。
背中のバックパックに内蔵されたメインスラスターと、手足の姿勢制御バーニアが完璧なバランスで、彼を空中に固定している。
「ハハハ、ほら! こんな風に空も飛べる!
『ジェットパック(Jetpack)』です。
燃料はロケット用固形燃料。推力は十分。
これなら崖も川も関係なし。戦場を三次元的に支配できますよ!」
創一は空中でクルリと宙返りを決め、鬼塚たちの頭上を滑空した。
見下ろす視線。
地上のヘビーアーマーたちが、まるで這い回る亀のように見える。
「上を取られたら、戦車だろうが要塞だろうが無力です。
さあ、ここから一方的に攻撃させてもらいますよ」
創一が右手をかざす。
そこから何かが射出された。
グレネード?
いや、違う。
空中でパカッと割れたカプセルから、小さな球体が飛び出した。
一つ、二つ、三つ……計五つ。
それらはブーンという羽音のような駆動音を立てて、創一の周囲を衛星のように旋回し始めた。
「そして……ドローンを展開する。
こんな風に『ディフェンダー(Defender)』を展開出来るんですよ」
野球ボールほどのサイズの球体ロボット。
その下部には、凶悪な放電端子が取り付けられている。
「行け! ファンネル!」
創一が指差すと、五つのドローンが一斉に急降下した。
標的は地上の鬼塚たちだ。
バチチチチチッ!!
ドローンから青白い電撃が迸る。
それは銃弾ではない。
高電圧の電気ショックだ。
「ぐおおおおっ!?」
「システム障害!? HUDが乱れる!」
電撃を浴びたヘビーアーマーが、痙攣したように硬直する。
EMPや電気ショックへの耐性があるにも関わらずダメージを与える。
内部の電子機器や、パイロットの神経系に直接ダメージを与える、対アーマー戦に特化した攻撃だ。
「まあ基本的に、バイター相手だと火力不足なんですけどね。
あいつら皮が厚いし、電気耐性もあるから。
でも対人用なら十分でしょう?
スタンガンみたいなもんです。電気ショックですね」
創一は空中に浮いたまま、悠長に解説を続ける。
「このドローンは、使用者の周囲をガードするように自律飛行します。
水中でも空中でも大丈夫ですよ!
敵のミサイルを迎撃したり、近づく歩兵を麻痺させたり。
まさに『空飛ぶ処刑台』ってところですかね」
地上の三機は、手も足も出なかった。
撃とうにも高速で飛び回るドローンには当たらない。
本体を狙おうにも、上空を高速移動する創一を捉えきれない。
一方的に電撃を浴びせられ、システムダウン寸前まで追い込まれていく。
「……降参です! 勝てません!」
ついに隊員の一人が白旗を上げた。
鬼塚も悔しげにライフルを下ろす。
完敗だ。
次元が違いすぎた。
ヘビーアーマーが「第一次世界大戦の戦車」だとするなら、モジュラーアーマーは「最新鋭の攻撃ヘリ」だ。
勝負になるわけがない。
シュゥゥゥ……。
創一がゆっくりと着地した。
ジェットの噴射が止まり、ドローンたちをシュルシュルと回収する。
「お疲れ様でした。
いやー、いいデータが取れましたよ」
創一はヘルメットのバイザーを開けた。
汗一つかいていない、涼しい顔だ。
日下部と権田が駆け寄ってくる。
日下部の顔は、驚愕を通り越して引きつっていた。
「工藤さん……。
あれは何ですか? あの空を飛ぶ機能は」
「ジェットパックですよ。
モジュラーアーマーには『装備グリッド』っていう拡張スロットがありましてね。
そこに好きな機材を詰め込めるんです」
創一は胸の装甲パネルを開いて見せた。
そこには複雑な回路とモジュールが、整然と並んでいる。
「これがジェットパック。
これがドローンの制御装置。
で、こっちが動力源の『携帯発電機(Portable Generator)』です」
彼が指差したのは、青白く脈動する小さな立方体だった。
タバコの箱ほどのサイズだが、そこから放出されるエネルギー量は計り知れない。
「携帯発電機も備えてるんで、基本的に燃料切れはないですね。
高密度の固形燃料をカートリッジ式で装填してるんですが……
燃費計算だと、まあ1ヶ月ぶっ続けで戦ったら切れるかな?
ってレベルです」
「い、一ヶ月……?」
日下部が絶句する。
現代のパワードスーツやドローンの最大の課題は、バッテリーの持続時間だ。
長くても数時間が限界の世界で、一ヶ月?
それはもはや「無限」と同義だ。
「まあでも、そんな一ヶ月も不眠不休で戦うこともないし、心配不要ですね。
寝てる間に補充すればいいだけですし。
将来的には『核発電炉』を積んで、メンテナンスフリーにする予定ですけど」
「か、核発電……」
日下部は目眩を覚えた。
歩兵が核発電炉を背負って、空を飛ぶ。
そんなものが戦場に現れたら、戦争の定義が変わってしまう。
「素晴らしいですね……。
ですが、これはまだ表に出せないな……」
日下部は苦笑いして言った。
本心からの言葉だった。
ヘビーアーマー(26式)でさえ世界中に衝撃を与え、外交問題になりかけているのだ。
もしこの「空飛ぶアイアンマン」を公開したら、どうなるか。
アメリカは発狂し、中国はなりふり構わず工作員を送り込み、世界大戦の引き金になりかねない。
「ええ、分かってますよ。
これはあくまで俺専用、あるいは鬼塚さんクラスの隊長機用です。
コストも高いですし、量産には向きませんから」
創一はあっけらかんと言った。
モジュラーアーマーの製作には大量の「プラスチック」と「赤基板(発展基板)」が必要だ。
現在の工場の生産能力では、全軍配備は夢のまた夢である。
「でも、いずれはこれを標準装備にしたいですね。
バイターも進化して、空を飛ぶやつとか出てくるかもしれませんし。
備えあれば憂いなしです」
鬼塚がヨロヨロと立ち上がった。
ヘビーアーマーの装甲は煤け、関節からは煙が出ている。
「……完敗だ、工藤さん。
あんた本当に、ただのエンジニアか?
あの動き、達人級だったぞ」
「アーマーのアシストですよ。
俺の運動神経じゃなくて、プログラムが最適解を選んで動いてくれるんです。
『オートパイロット』みたいなもんですね」
創一は肩をすくめた。
だが鬼塚は知っている。
道具がいかに優れていても、それを使う意志の力がなければ、あそこまでの動きはできないことを。
この男は工場長として「戦う覚悟」が決まっているのだ。
「さて、実験は成功だ。
これで心置きなく、遠くの油田や未探索エリアへ足を伸ばせる」
創一は空を見上げた。
ジェットパックがあれば、鉄道の通っていない崖の上や、海の向こうの島へもひとっ飛びだ。
探索範囲(マップ)が一気に広がる。
「次はウランだな。
……もっと凄いエネルギーを手に入れるために」
彼の視線は遠くの山脈——ガイガーカウンターが反応を示していたエリア——に向けられていた。
モジュラーアーマーという翼を手に入れた今、工場長の野望は空の彼方まで広がろうとしていた。
日下部はその背中を見つめながら、手帳にメモを取った。
『モジュラーアーマー:存在自体を最高機密に指定。
当面の間、地球側への持ち込みは厳禁とする。
ただし、対米交渉の「最後の切り札」としての運用価値はあり』
硝子のカーテンの奥で、技術の怪物は育ち続けている。
いつかそれが解き放たれる時、世界は再び、その常識を書き換えることになるだろう。