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ミューゼはニーニルの街でレデルザードに襲われた時、アリエッタを護れなかったのを悔いていた。それどころか逆にアリエッタに助けられてしまう始末。その光景は直接見る事は出来なかったが、パフィから事細かに教えられていたのだ。
「それで悔しくて……」
(そりゃ悔しいでしょうね。だから密かに特訓してたのかしら)
アリエッタには不思議な力がある。例え巨大生物を跳ね返すなんて事をやってのけたとしても、言葉も分からない幼い少女に守られて、平然としていられるようなミューゼとパフィではない。出会ってからそこそこの付き合いになるネフテリアも、2人のそういう所はしっかり見抜いていた。
だからこそミューゼの事を気に入り、城を抜け出して放浪していた時間を無くしてでも、ミューゼ達の保護観察の王命に従っている。もっとも、王命が無くても自分から遊びに行く気満々だったが。
「だから心に決めたの」
「私も決めたのよ」
(でしょうね。あんな無垢で可愛い過ぎる女の子に好かれて、守ってあげたくなる気持ちはよく分かるわ。わたくしだってたまに暴走しちゃってたし)
悪いと思っていても、着せ替え行為が止められないのは全員が体験している。それだけアリエッタが可愛いのだ。そんな溺愛対象は、現在クリムに膝枕され、フレアに撫でられながらお昼寝中。
沖の浅瀬からは遠すぎて見えないが、幸せそうな顔で「みゅーぜ…」と呟いている。
「あの子を護る為に……か」
全てを語られずとも、ネフテリアは納得していた。いくら破天荒とはいえ、人の上に立つ王女であり、1人の大人の女性なのだ。
魔法の力は精神の力でもある。アリエッタを護りたいと思う心がミューゼを成長させたとしても、なんら不思議ではない。友人の確かな覚悟の強さを魔法の成長という形で垣間見て、ネフテリアは少し嬉しくなっていた。
(どうしてアリエッタちゃんのような女神の子が森で拾われたのかは分からないけど、女神のエルさんから託されている状況なのは間違い無いと思うのよね。ミューゼが女神の保護者としてふさわしい人物なのは、素直に喜ばしいわ)
例えアリエッタの能力の方が強くても、子供を護るのは大人の役目。そう考えているネフテリアにとって、2人の志は尊敬に値する。
その力の矛先が自分だという事だけは納得出来ないが、それでも2人の決心を聞けるなら、今はあえて受け止めようと、真剣な眼差しでミューゼ達を見つめた。
その視線に反応するように、ミューゼから爆発的に魔力がほとばしり、その周囲の海水を吹き飛ばす。
ドンッ!
「!!」
そしてその意思を口にした。
「そう、決めたの……アリエッタの唇はあたしの物だって!」
「私はアリエッタならどこでも美味しく味わうのよ!」
「ここまでのシリアスな雰囲気が台無しだよ!!」
決心のあまりの内容に、ネフテリアは全力でツッコミを入れていた。
「アリエッタちゃんを護る為にここまで強くなったんじゃないの!? っていうか魔力だけで周囲吹き飛ばしてるじゃん!」
周囲に影響を与える程の魔力を拭き出すというのは、その前後での魔力の差がそれほど大きいという事である。たとえ少量の水であっても、吹き飛ばす程の爆風を発生させるのは、ベテラン級の実力が必要なのだ。
しかしミューゼはまだ新人。センスはあってもベテランと同等の経験などは持っていない。
「……あの時、アリエッタはあたし達を護る為に力に目覚めた……そう思っています。ならばあたし達もアリエッタを護りたい」
あの時とは、レデルザードに襲われた時の事である。
森で拾った時は、色を使う素振りすら無かった。おそらく必死になって初めて力を使い、母親のエルさんと同じ事が出来るようになったのではないかと、ミューゼ達は考えていた。『覚醒』という事である。
「それに……あたしだって……あたしだって、アリエッタをちゅっちゅする為なら、覚醒の1つや2つしてみせる!!」
「動機が不純過ぎるよ!!」
「テリア様とアリエッタの唇がくっついたのを見て、ブチィッときましたから!」
「いや実際なんでそれで覚醒しちゃってるの!? 魔力と一緒に感情まで爆発しちゃってるよ!!」
「アリエッタの為です!」
「そーゆーのはシリアスな時にしてくれないかなっ!」
ミューゼはアリエッタの事が可愛くて可愛くて仕方ないという感情と共に、自分の魔力の限界を突破してしまったのだった。はたから見れば魔力の爆発にしか見えない光景である。
「感じる……これがあたしの中に眠っていた本当の魔力……」
「それ以上喋る前に、真面目な話作ってる詩人や他作品の作者に謝って!?」
釣られてネフテリアのツッコミも爆発する。セリフだけシリアスにしたミューゼに怒り心頭である。
「これならアリエッタの大事な物を奪った悪女を倒せる!」
「悪女って何よ! 話聞いてる!? ちょっと!!」
「そろそろいくわよ、パフィ!」
「なのよ!」
合図と共に、横で静かに生地を練っていたパフィが動き出す。
両手に持った生地を腰の辺りで抱え、身体を捻る。そして捻った体を戻すと同時に生地を突き出した。
「【チュロォォォォス】!!」
「んなっ!?」
何かしてくると感じたネフテリアは、パフィが動くと同時に身をかわしていた。ネフテリアがいた場所を1本の線が猛スピードで通過していく。それはパフィが持っている生地から伸びていた。しかもただ細長いだけではなく、表面がギザギザになっている。
ネフテリアは一瞬その表面を見たが、それについて考える暇は無い。
「くたばれええええ!!」
「わたくし一応王女なんですけどっ!?」
ミューゼが遠慮なく突っ込んできた。その手に渦巻く水球を掲げ、ネフテリアに叩きつけようとしている。
ネフテリアも対抗してツッコんで、咄嗟に魔力で海水を集め、回転する水柱にしてミューゼに向かって発射する。
「はあああああ!!」
「もーいやああああ!!」
気合の叫びと悲痛な叫びが交わり、お互いの水の魔法がぶつかり合った。
衝撃と水しぶきが飛び散り、水の押し合いが始まる。しかし、
(ミューゼの攻撃を受け止めて動きを止めたら……マズい!)
ミューゼとパフィの強さは連携の速さである。攻撃を受けて動きを止めてしまえば、格好の的となってしまう。
横では細長く伸びた生地がしなり、ネフテリアへと向かってくる。
(勢いがそこまで強くない……ってことはっ)
パフィの狙いを予想したネフテリアは、押し合っていた水の方向を変え、ミューゼのバランスを崩して横に弾いた。さらに、そのまま水の衝撃を利用して背中から海中に倒れ込んだ。
一瞬遅れて生地が通り過ぎ、なんとネフテリアの代わりにミューゼを縛り上げてしまう。
「ひゃああぁぁぁぁぁ!」
「む、違うのを捕まえたのよ」
(あぶなー……)
生地はミューゼの体に巻き付き、勢いよく空中へと吊り上げてしまった。
すぐにネフテリアは立ち上がり、状況を確認する。
パフィの周囲には、鞭のようにしなる長い小麦粉生地が広く輪を作り浮いている。その先端にはミューゼが縛り上げられていて、今もネフテリアを睨んでいる。
「ん? ちょっとまって、まさか……」
めげずに魔法を使おうとする姿を見て、嫌な考えが脳裏をよぎった。そして慌てて立ち上がる。
それと同時に空中のミューゼが突っ込んできた。
「【ミューゼフレイル】!」
「やっぱりいぃぃぃ!!」
そう、パフィが生地を操り、先端にいるミューゼを飛ばしてきたのだ。
慌てて海水を使って防御しようとするが……
「【水の弾】!」
「うわっ!」
水を集める前にミューゼが魔法を放ってきた。
ネフテリアは防御態勢になるのを諦め、水の弾を回避する。そこへ、
「必殺【体当たり】!」
「ひぃ!」
バシャアアアアン
水の弾はフェイントと牽制。本命はパフィに物理的に振り回されているミューゼの、捨て身の体当たりだった。
足を海水に取られながらも回避し、一瞬動きが止まったネフテリアへと勢いよく接触した瞬間、大きな水しぶきが上がった。
一方砂浜では……──
「あの子達スゲーな……浅瀬とはいえ膝まで水に浸かってるってのに、平気でやりあってやがる」
「参考に……はならないネェ。アタシ達とはスタイルが違い過ぎるわ」
「ミューゼオラちゃんはあれでも新人なんだぜ?」
「まじか……俺、あのコンビの連携に翻弄される気しかしないな」
ネフテリアが吹き飛んだ時から何か始まったなと、シーカー達が砂浜に座り込んで見学していた。
周囲の一般人も、いきなり面白い事が始まり、応援しながら観戦している。魔法を使っての試合は人気があるようだ。
また、少し離れた場所で戦っている為、誰も迷惑とは思っていない。たまに水しぶきが飛んでくるが、全員水着なので笑って浴びている。
「……全然ポロリしねぇな」
「水魔法しか使ってないってのもあるな」
「そういうところはお互い気を遣うってか」
ちょっと残念そうにしているが、最新の水着姿で動き回るのを見ている男達の顔は、かなり嬉しそう。
ミューゼとネフテリアがお互い水の魔法しか相手に向けて使っていないのは、水の多いこの場所なら最大限以上に水魔法を発揮出来るからという事もあるが、水着姿だからという配慮もあったりする。水着が切れたり燃えたりしてしまえば、大変な事になるのだ。
そんな感じで大暴れしている3人を、クリム達は呆れながら眺めていた。
「ミューゼ無茶しすぎだし……」
「テリアもやっぱりあの2人が怖いのねぇ」
「パフィさん…食天使の娘。なるほど」
水しぶきでアリエッタが無駄に濡れないようにタオルで護りつつ、それぞれ気になっている事を呟いていた。
ミューゼ達が暴れているとは知らずに眠っているアリエッタはというと、クリムの膝枕にしがみつきながら、「くりむ…おいしー……むにゅぅ」と寝言を言って、涎を垂らしているのだった。