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水しぶきが治まった時、衝突した2人の姿は……
『ぷはっ!』
お互い少し離れた位置で、海中から同時に身を起こした。
「びっくりした……」
「それはこっちのセリフよ。あんな勢いで突っ込んできたら危ないじゃないの!」
ネフテリアが咄嗟に展開した水の球体にミューゼが突っ込んだわけだが、急激に増量させた水とミューゼが反発しあい、その結果水の塊が爆散。その衝撃で2人とも弾かれ、浅瀬に沈んだという訳である。
元々超個人的な理由で激怒しているミューゼ達の行動がかなり過激で、今度はネフテリアが怒っていた。
「アリエッタの為を思えば、これくらい無茶でもなんでもないんです!」
「そうなのよ。唇を奪った罪は命より重いのよ」
「うああ駄目だこの保護者!」
普段は慎重な2人が完全に暴走していると、ネフテリアは感じた。実際、ここまで攻撃的な2人を見るのは、ディランがアリエッタを王妃に迎えると言った時以来である。その事を思い出し、兄と同じ様な状態になっている事態に、心底嫌そうな顔になっていた。
「事故とはいえ悪いとは思ってるから、ちゃんと謝るから! とりあえず落ち着いてくれない?」
必死なネフテリアに対し、ミューゼ達は、
「だが断る!」
「すりつぶして小麦粉にしてやるのよ!」
話を聞く気が全く無い。
ネフテリアは内心大号泣だが、それを表に出している余裕は無い。なにしろ狂暴化したミューゼとパフィが臨戦態勢に戻ったのだ。迎撃しないと命が危ない。
「飛べ! 【イーゲンミューゼ】!」
「またわけの分からない技を!」
再びパフィが、手に持った小麦粉生地で縛ったままのミューゼを空中へと飛ばした。しかし、先程とはミューゼの動きがまるで違う。
「なんかグネグネ飛び始めたし……どうなってるのよもう」
生地に捕まって、そのままの勢いで振り回されていたのに対し、今回は空中を蛇行しながら狙いを定めている。そしてそのまま水の弾を乱射してきた。
「うわわっ。また無茶苦茶なっ!」
空中を高速で移動しながらの乱射に、ネフテリアからは手が出せないでいる。
ミューゼは自分の移動をパフィに全面的に委ね、魔法を撃つ事にのみ集中していた。乱射しているのは、移動が速く体勢が安定しないせいで狙いがつけられない為である。
しかし、それが逆に効果てきめん。周囲にも浴びせられる水の弾の存在のせいで、ネフテリアは回避行動がとれず、魔力の盾で防ぐ事しか出来ないのだった。
「なんなのこの2人! うちの兵士達も見習ってほしいわ……」
まだまだ若い半人前のシーカーであるミューゼとパフィだが、2人合わせた時の実力はベテラン級。
砂浜にいるベテランを含む大人のシーカー達も、感心しながら観戦を楽しんでいる。実は密かに2人のファンもいたりする。フレアとツーファンも、同じく2人の連携に目を奪われていた。
「はぁ……パフィちゃん、やっぱりお城で働いてくれないかしら」
「ミューゼさんの雇用は、メイド達にずっと熱望されていますよね」
(なんで2人ともお城の偉い人に目をつけられてるしっ!)
ここ最近、急に人脈がおかしな方向に広がったミューゼ達と、それに巻き込まれているクリム。しかし勧誘は時々されているが強制ではないので、現状自由に過ごしている。
アリエッタの色々な件で、王族の代々の教育係でもあるピアーニャの管理下に置かれている為、本人達が望まなければ王族の命令すらも拒否する事が出来るのだ。何より、アリエッタの正体を知っている王族からは、心境的にかなり手を出しづらい。
「パフィさんは生地を操るだけで手いっぱいなんでしょうね。一切動いていません」
「なるほど、さっきみたいに追撃しないのはそういう理由なのね。何を狙っているのかしら」
高さを変えながらネフテリアの周囲をぐるぐる回り、ひたすら水の弾を撃ち続けるミューゼの姿と、それを操るパフィを見て、同じラスィーテ人のツーファンが戦況の分析をしている。なお、王女の心配はしていないようだ。
「よく分からないけど、やっぱり2人は凄いし。しっかり対抗してるテリアも凄いし……ん?」
「ん-……?」
クリムの膝に移動させられながらもまだ昼寝していたアリエッタが、モゾモゾと動き始めた。
「ふぁ……」(寝ちゃってた?)
「起きたし? 寝起き可愛いし~よしよし♪」
「にゃぁん♡」
寝起きで頭を撫でられたアリエッタは、声も顔も一瞬で蕩け切った。偶然にもその瞬間を見た周囲の大人達の顔も蕩けてしまっていた。
一方、その平和な砂浜の出来事と同じタイミングで、ネフテリアの周囲から攻撃していたミューゼ達が新たな動きを見せ始めていた。
伸びた小麦粉生地がネフテリアを包囲し、先端のミューゼがその真上に上昇する。
「何を……っ!?」
ずっと水の弾を防いでいたネフテリアは、周囲の状況に気付けなかった。水の弾と水しぶきによって視界が悪くなっていた事も原因ではあるが、どうやってミューゼを止めるかを考えるのに集中していたからでもある。
ミューゼは上昇と共に、海水を集めて大きな水球を作り上げた。そしてそのまま……
「せぇーのっ!」
真下のネフテリアに向かって投げつけた。
同時に……
「捕まえたのよっ!」
外側にいたパフィが生地を引っ張ると、手に持っている生地の端がぐるぐる回って伸びている生地を巻き取り始めた。すると、ネフテリアを包囲している細長い生地が狭まっていく。
「やばっ……」
脚は海水で動きにくく、魔法は防御の為に展開したまま。さらに上からは大きな水球が落ちてきて、周囲からは小麦粉生地の壁が迫りくる。どう考えても回避は不可能な状況に、ネフテリアは心底焦る……が、真面目な顔つきで上を見た。そして、
ドッパアアアアァァァン
生地の中で大きな水球が着弾、生地の上部から火山のように水しぶきを上げた。ミューゼがずぶ濡れになるも、水着なので全く気にしていない。
狙われたネフテリアの方はというと、生地の中心でしっかり立っている。放たれた水の大半を足元の海水と魔力の盾で弾き返し、無事生還したのだった。
そこへすかさずパフィが生地を巻き取り、生地を一気に狭めると、防御に集中していたネフテリアは対応しきれず、あっさりと生地に包まれてしまった。
「ようやく仕留めたのよ」
「仇は取ったわ、アリエッタ……」
ここでようやくパフィの生地から解放され、浅瀬に自分の足で着地するミューゼ。中に王女が詰まってウゴウゴしている生地の塊に近づいていく。
「さて、これ持って戻りましょ」
「凱旋なのよ……うん?」
生地を引っ張ってネフテリアを持とうとしたパフィが、手に持っている生地の端を見て何かに気付く。そして大慌てで声を張り上げた。
「離れるのよミューゼ!」
「え──」
ドパァッ
「ぁ…かはっ……」
生地の塊から生えた手から水の弾が放たれ、ミューゼの腹部に直撃。水の質量が少なかった為、吹き飛ばされはしなかったが鳩尾に入ってしまい、へたり込んで苦しそうに生地の方向を見上げた。
そして生地が爆散した。
「な……」
「く…やっぱりなのよ!」
そのパフィの言葉にミューゼが視線を向けるが、声がうまく出ない。しかし視線を感じたパフィがミューゼにも分かるように、言葉を続けた。
「生地が海水と混ざってゆるくなってしまったのよ!」
それは平凡かつ痛恨の極みだった。
小麦粉生地に水分が混ざれば柔らかく、そして脆くなる。それはもう料理の素材としては使えない。これまで伸ばし放題で操っていた部分に海水が大量に混ざり、冷静じゃなかったパフィの気付かない所で、食材が変化してしまっていたのだった。
ネフテリアは包まれた時にそれに気づき、中で蠢きながらミューゼを封じるために手だけを出して魔法を放ったのである。そして一気にゆるくなった生地を吹き飛ばした。
自由になったネフテリアは、息を整え始めたミューゼと、生地が使い物にならなくなったパフィを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「よくも理不尽な怒りでやりたい放題してくれたわね……」
「あんな羨ましいラッキースケベするテリアが悪いのよ!」
「そ、そーよそーよ!」
「逃げ腰になりながら反論するなっ!」
生地が使えなくなったという事は、パフィは魔法相手に戦えない。つまり無駄に覚醒したとはいえ、ミューゼ1人になってしまった今の戦力は半減…それどころか連携出来なくなった事で、さらに大幅に下がっている。もちろんミューゼ達もそれを自覚している。
「さっきの事は後で謝るから、とりあえずお仕置きよ!」
「ひぃっ!」
「うわっ、足がっ…!」
怒りのネフテリアの魔力によって、2人の足元に渦潮が発生した。浅瀬とはいえ、膝まである水が勢いよく流れていては、立っているのも難しい。
「ミューゼなんとかするのよっ!」
「うんっ! えと…えと……」
「遅い! 【水渦柱】!」
ドバアァァァッ
『ゴボガボガバあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ミューゼとパフィをそれぞれ中心に、大きな2本の渦巻状に回転する水柱が勢いよく立ち昇り、2人は柱の中でぐるぐる回された後、先端から吐き出されるように飛ばされた。そのまま回転しながら少し離れた沖へ……
ぼちゃぷん
「はぁ……なんか疲れた……」
最終的に勝者となったネフテリアは項垂れ、砂浜では面白い物が見れたと拍手喝采。
なお、沖に落ちた2人は海面にプカプカ浮いて、目を回していた。