「なにやってんだろうな」
渚はビルの下を見ていた。
蓮と未来が話しているようだ。
遠すぎて、よく見えないが、蓮が笑ったり、しょんぼりしたりしているのは、豆粒みたいな蓮の姿からも感じられた。
思わず、笑ってしまう。
「渚、今日はもう帰ったらどうだ?」
そんな脇田の言葉に、そうだな、と蓮たちを見たまま、答える。
仕事を片付け、渚がビルを出ると、何処かで見たようなスーツが見えた。
会社の前をウロウロしている。
「どうした、村人」
「なんだ、それはっ」
と叫んで和博が振り返る。
「なにやってんだ、仕事しろ」
と最もなことを言うと、
「仕事はしている。
この付近の会社に用事があったから、また来てしまって。
蓮のことが気になったから、ちょっとこの辺りをうろついてみただけだ」
と言う。
まあ、その落ち着かない気持ちはわかるが、と思いながらも、
「お前も立場のある人間だろ。
少しは考えて動けよ」
信用なくすぞ、と忠告してみた。
「あら? 渚さん……
と和博さん」
と声がした。
見ると、蓮と未来が立っていた。
「未来っ。
お前、なにやってんだ?」
と和博が未来を睨むが、未来は怯むことなく、
「いや、おばさんに言われて、蓮の様子を見に。
和博さんが、蓮の周りをうろついてたって言っとくよ」
と言う。
うっ、と和博が詰まっていた。
どうも彼は、未来の叔母に弱いようだった。
ゴッドマザーのようだな、と思う。
確かに、子供の頃から居て、親しく面倒見てくれる使用人の方が、母親などより影響力があったりするからな。
自分にとっての徳田がそうであるように、と思った。
「この近くに仕事があったんだ」
と自分にしたのと同じ言い訳を和博は繰り返す。
「だいたい、未来。
お前はいいのか。
小さいときから、金魚のフンみたいに、蓮の後をついて歩いてたくせに、こんな男に蓮を持っていかれて」
「金魚のフンはないよ。
それから、蓮より僕の方が足が速かったから、僕が蓮の後をついて歩くことはないよ」
と冷静に言い返され、物の例えだっ、と和博はわめいていた。
子供にやられるな……、と思っているこちらを見て、和博はまだケチをつけてくる。
「こんな男、僕は認めないからなっ。
僕が認めた男は、港さんだけだ」
「誰だ、港って?」
また違う男か、と蓮を見た。
「うちのお兄ちゃんですよ……。
和博さんは、昔から、お兄ちゃんを尊敬してて。
まあ、確かに、よく出来た人だったんですが。
出来すぎたのか、ある日、ぷつっと来て、放蕩した挙句に、放浪の旅に」
「俺が認める男は港さんだけだ。
港さんになら蓮をやってもいい」
と和博は力説し始める。
「待って。
私たちは兄妹だから……」
と蓮が呆れたように言っている。
「でも、あのー。
こんな具合なんで、兄さんも可愛がってはいたんですけどね……」
結果的に、港は自分を慕う和博をも捨てていったことになる。
だから、余計に、和博は、その妹の蓮に執着しているのかもしれないと思った。
「そうだよ。
お前と結婚したら、港さんが僕の本物の兄さんになるんだよっ」
「いや、戸籍上はそうなるけどね。
なんで弟になりたいのよ。
和博さんの方がお兄ちゃんより年上よね?
同じ学年だけど」
蓮は溜息をつき、
「和博さんは、兄と同じ学校に行きたくて、猛勉強したくらい、兄にべったりだったんですよ」
と溜息をつく。
「……そうか」
なるほど、いまいち、憎めない男だ、と思い、和博を眺めていた。
だが、邪魔は邪魔だな、と思う。
蓮が同情気味だし。
情けをかけすぎて、おかしなことになられても困る。
渚は、和博の首根っこをつかみ言った。
「おい、和博」
「だから、なんで呼び捨てだっ」
僕の方が先輩だぞっ、と和博は叫ぶが。
「なんの先輩だ。
お前は俺の友達の先輩だが、俺の先輩じゃない」
と言い切る。
「年が上だからって、人生の先輩というのもありえないしな、お前の場合」
そういうの、年齢は関係ないから、と言い、首根っこをつかんだまま、上に引っ張り上げるようにして言った。
「ちょっとその辺で美味い飯でも食いながら、二人で話そうか」
「嫌だ。
離せっ。
蓮だけじゃなく、俺まで洗脳する気かっ」
と叫ぶ和博に、その通りだ、と思っていた。
「蓮、お前たちはもう食べたんだろ?」
と言うと、
「なんでわかったの?」
と言う。
「カレー食ったろ」
髪から匂う、と言うと、ええっ、と蓮は頭を押さえていた。
その仕草さえも今は可愛らしい。
渚は、ふっと笑い、
「あとで行くからな。
それまでには、帰ってろ」
と言った。
「ああ、あと、未来と言えども、簡単に家に上げるなよ」
そう付け加えて。
「本人を前にして言うかね?」
と未来は苦笑いしていたが、敵視されたことが少し嬉しい風でもあった。
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