テラーノベル
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今回はリクエスト作品です
頭のネジぶっ飛んでる陸海空×タイムスリップした日本の歪んだ愛の話です
暴力表現、強姦示唆があります
投稿が遅くなって大変申し訳ございません
らぎさん、リクエストありがとうございました!
鳥たちも寝静まる丑三つ時、古い街灯が断続的にアスファルトを照らす
不気味なほどの静寂と闇に包まれた道を日本は猫背でとぼとぼ歩いていた
今日も今日とて踊る会議。あちこちで起こる無意味な争いを仲裁していたらこんな時間になってしまった
この役割って追加報酬出るのかな、出るとしたら同人誌が好きなだけ買えそうだ
まあ残業代すら満足に出ないからもらえるわけないんだけど
自分から損な役割を買ってしまう弱い自分が嫌になる
そんなことを考えるうちにいつの間にか家についていたようだ
「ただいま…」
キィ、と軋む古い蝶番。生気のない声が静かな部屋に響く
誰もいないのだから当然だが、暖かく出迎えてくれる声がないというのは何とも寂しいものだ
賑やかだった独立前の光景が頭をよぎって目頭に湿りを感じる
浴衣に着替え、向かうは洋風な部屋に似合わない小さな仏壇
懐から短刀を置いて、写真の前で手を合わせる
肌身離さず持ち歩いている、僕の護身用の短刀
目の前にいる彼の、折れた愛刀から作ったものだ
フレームの中から真っ赤な瞳を向ける真面目な面持ちの”父”
神々しさを感じる旭模様が厳かな雰囲気を醸し出している
僕は彼をよく知らない。実際に会ったことがないのだ
物心ついたときには彼の宿敵であり僕の育ての親であるアメリカさんの所にいて、彼は既に亡くなっていた
しかし、彼のことはアメリカさんや植民地であったアジア国たちからよく話に聞く
凛とした芯のある強さがあり、獅子奮迅に戦場を駆ける姿はアジアの覇者と呼ぶに相応しかったそうだ
非力で意志が弱く周りを気にしすぎる、平々凡々で愚図な僕とは大違い。同じ日本国なのになぜこうも違うのだろう
…僕が”父さん”みたいに強かったら、面倒ごとに巻き込まれなかったのだろうか
寂れた虚しい日々から逃れられるのだろうか
考えても仕方のないことがグルグルと湧き出して渦巻いていく
いや、僕が”父さん”みたいになるなんて、夢でも無理だな
だったらせめて化けてでもいいから出てきてくれないかな、一応実の息子なんだから守護霊になってくれてもいいのに
そんなことを思いながら目を瞑り手を合わせている
しかし、疲れている時に目を閉じてしまえば開けることは難しいもの
再び瞼が上がることはなくそのまま寝てしまう
仏壇に置かれた刀が灯した不気味な輝きが、瞼の僅かな隙間を抜けた
浅い意識の中で、人々のざわめきが脳に響く
その中でも高音の優しい声が何度も聞こえてきた
夢…じゃない。僕に呼び掛けてるのか?部屋には僕しかいないはずなのに…
浮上する意識とともに薄っすら目を開ける。そこには澄み渡った青空と痩せこけた女の人の顔が写っていた
「目を覚まされましたね…よかった」
明らかに室内では無い景色。驚きで上半身が跳ね起きる。辺りを見回すと、テレビでしか見ないような寂れた街並みが広がっていた
「えっと…ここは…」
「東京です。大日本帝国の」
大日本帝国……僕はタイムスリップしてしまったようだ
けど、今がいつなのか景色からだけじゃ分からない。この人に聞いてもいいがこれ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。早くこの場を去らなければ
漫画では定番のタイムスリップ。たしか、こういう時は…
「…お聞きしたいのですが、この辺りに新聞を売っている店はありますか?」
「ええ、そこの角を曲がってすぐです」 「ご親切にありがとうございます」
そう、新聞を見ればいいのだ。そうすれば日付も世情もすぐ分かる
さっさと砂埃を払って目的の方面へ歩き出した
少しして、教えてもらった新聞屋の目の前をゆっくり通り過ぎる
お金が無いから新聞を買う余裕は無い
横目で見た新聞の表紙には『青年将校による襲撃』と書かれていた
「まじか…」
見出しから察するに、内容は二・二六事件。そして、おそらく今は1936年、約90年前といったところか
昭和恐慌で人々が貧困に喘ぎ苦しんでいた時代だ
しかもこの後の日中戦争や真珠湾攻撃などで更に物資が無くなっていく
自分の命を生かすことに必死で、見ず知らずの人間を助けるなんてことは到底できないだろう
それこそ、軍の幹部などの比較的裕福な人でなければ
となると、僕に残された希望は父、日帝のみ
しかし僕はその父の住所を知らなかった
どうしよう…僕、このままじゃ餓死しちゃうよ…
ぐう、と腹が空腹を訴える
そういえば、帰ってすぐ寝落ちたからご飯食べてなかった…
エネルギー不足で足取りがおぼつかなくなる
やばい…また倒れちゃう…
崩れ落ちた膝。砂が頭に触れる感覚
近くにいた男の人が僕の顔を覗き込む
遠くで聞こえた力強い呼び声と真っ赤な瞳を最後に、再び意識を失った
眩しい
太陽とは違う明るさに目が覚める
今度は地面ではなく布団の上
ふわりと漂う和室の匂い。初めて嗅いだのになんだか懐かしい気持ちになる香りだ
「やっと起きたか」
「陸~!起きたよ~!」
僕を覗き込む、二つの旭。元気な声が誰かを呼ぶ
なんとなく父と似ている気がするが…兄弟だろうか
そう思っているうちに、もう一人の気配がすぐそこまで来ていた
「よかった。死んでいたら夢見が悪くなるところだった」
静かに開いた襖から現れたのは見覚えのある旭日旗
生きている、本物の”父”
驚きで上体が跳ね起き、瞼がカッと見開くのを感じた
「ほう、お前も国の化身か。俺たちと似ている気がするが…」
「というか、完全に日本国だな。でも俺たち以外に日本国の化身は今の時代にいないはず」
「もしかして、ご先祖様?」
「そんなわけないだろ。というか先祖にもこの見た目の方はいなかったはずだ」
「でも日本語話せてるから日本に関わってるのは確かだよね」
「しかしこいつは満州国ではない。となると…他に思い当たるものはない」
僕を置いて進んでいく会話
しかし、これ以上進まなくなって三人の視線がこちらに集中する
威圧と警戒を感じるそれらに体が震えた
「お前は何者だ?答えろ」
どうしよう、下手な答えを返したら命は無い、そんな意志を感じる
本当のことを言って、彼らは信じてくれるのだろうか
未来人だなんて現代でも信じてもらえないのに
でも、嘘をつくにも証拠がない。問い詰められたらバレてしまう
…やっぱり、真実を話すしかない。信じてもらえなかったら、逃げよう
意を決して、震える口をこじ開けた
「信じてもらえないと思いますが…僕、日本国の化身で…貴方の息子の日本と申します」
父、陸さんの顔を真っ直ぐと向く
真剣な僕と反対に、三人は驚きで体を飛びあがらせていた
「む、息子だと!!?」
「お、おお、お前!!いつの間に隠し子作ってたんだよ!!?」
「なわけあるか戯け!!隠し子などおらんし初対面だ!!」
「混乱するのは分かるけど!名乗ってもらったんだから僕たちも名乗らないと!」
「そ、そうだったな…」
深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着かせたらしい
小さく咳払いをした彼らはもうすっかりいつもの調子になっていた
「申し遅れた。俺は大日本帝国陸軍の化身、陸だ」
「同じく大日本帝国海軍の化身、海という」
「大日本帝国陸軍飛行戦隊及び海軍航空隊の化身、空だよ。ちなみに、陸が長男で海が次男、僕が三男ね」
なるほど、軍隊の化身か…でも彼らは国の化身と言っていたような…
「大日本帝国そのものの化身はいらっしゃらないんですね」
「そうだな。俺たち三人で大日本帝国の化身、といった感じだ」
成程。たしかにこの時代は軍隊が国を動かしているようなものだったし、特例ってやつなのかな
納得のいった様子をみて、彼はまた咳払いをした
「今度は俺たちが質問させてもらおう」
「まあ、聞きたいことはたくさんあるが…一つずつ順番に聞いていくとするか」
「俺の息子、ということは未来から来たのだろう?どうやってここの時代に来たんだ」
「えっと、それは…」
答えようとして、ぐうぅぅぅと鳴る腹の虫。 しばらくなにも食べていたかったから当然なのだが、ものすごく恥ずかしい
「あ…すみません…」
もじもじと謝る僕に、脇にいた海さんが元気よく笑った
「お前腹減ってんのか。なら、詳しいことは飯を食べながら聞こう」
僕のことを笑った彼が振舞ってくれた食事は、それはもう美味しかった
戦時中とは思えない、野菜中心の健康的な昼ごはん
久しぶりのちゃんとした食事に腹だけでなく心も満たされた気がする
さっき笑われたことは許してあげよう
片付けが終わり、机を囲んでお茶を飲む
そして、今までの経緯をありのままに話した
「なるほど、仏壇に挨拶していたら寝てて、起きたらこの時代にいたと…」
「…まるで夢物語だな」
ポツリと呟かれたその言葉で三人が浮かべた、記憶を探るような、何かを考える表情
僕の言うことを信用してもいいのか迷っているのだろうか
「にわかに信じがたい。何か俺たちとの繋がりを証明するようなものはないのか?」
家族の証明、か………
浴衣の膨らみにそっと手を添える
……本当は見せたくない。でも、生きていくためにはここにおいてもらうしかない
ただでさえ過酷なこの時代、生活できる場所がなければ死んでしまう
死ぬよりはマシ、そう結論づけて証拠品を手に取った
「これなら信じてくれますか」
身一つで飛ばされた僕の、唯一の所持品
何故か懐に入っていた護身用の短刀
それを、鞘に納めたままそっと手渡した
「………これは」
「父の…陸さんの刀を加工して作った短刀です。刃紋は変わっていないと聞きました。貴方のものと見比べて確認してください」
すっと鞘を抜いて、現れた白銀の刃
「本当に一致している…」
自身の刀の根元部分に重ね端から端までじっくり見比べた彼が感嘆する
驚きを隠せない三人の中で、すぐに冷静さを取り戻した海さんがじっと僕を見た
「さっきから気になってたんだが、お前なんでそんなによそよそしいんだ?息子ならもっと親しい態度をとるだろ」
視線から僅かに疑惑を感じる。本当に家族なのか、そう言いたいのだろう
確かにそうだ。僕たちは”家族”と言うには縁が薄すぎる
「これは、”会ったことのない父”の形見なんです。物心ついたときには亡くなっていましたから」
寂しげに呟いた僕に目を丸くする彼
気まずそうに、すまなかったと謝る
まさか謝られるとは思っていなくて焦っていると、横にいた二人が優しく微笑んだ
「そうか。なら、会うのは今日が初めてというわけか」
「時代を超えての再会だなんて、なんか感動的だね」
ほんわかとした空気が僕らを包んで緊張を和らげる
数刻、これまでの出来事を脳内で整理し、現実を受け入れる
柔らかさを帯びた表情になる叔父二人と対照的に真面目な面持ちの陸さんが口を開いた
「わかった。でも、急に息子ができるのは理解が追い付かないし、まして未来から来たなど信じがたい。悪いがしばらくは本気で信用することはできないだろう」
「ふん。頭が固いな」
「なんだと!喧嘩を売っているのか貴様は!」
「ちょっと!甥の前で喧嘩しないの!」
……陸さんと海さんは仲が悪いのだろうか
ちょくちょく挟まる兄弟喧嘩のせいでどうも真面目な雰囲気が続かない
空さん苦労してるんだろうなぁ…と、会社での僕の姿を重ねて同情の視線を送る
しかし彼は僕と違い拳骨一発でその場を鎮めた。さすが軍隊の化身だ
………さて、帰る方法が分からない今、僕がやれることは何があるだろう
未来の知識を活かして過去の事故や戦争の被害を減らすこと?
いや、過去改変は未来への影響が大きい
最悪、より酷い状況になってしまうかもしれない
タイムスリップでの過去改変で上手くいくのは漫画くらいだ、と誰かが言っていた気がする
とすると、できることは世話になる彼らに恩返しをすることくらいか
その間に帰る手がかりを探す。よし、それで行こう
なにかさせてもらえるといいけど…一抹の不安を胸に、説教の現場へと声をかけた
「あのっ!ここに住まわせていただくお礼に、何かさせていただけませんか?」
一斉に喧騒が口を閉じる。互いに顔を見合せたかと思うと、空さんが嬉しさを口角に表した
「なら、家事を任せていい?何かと忙しくて全然できなかったんだよね〜」
「お任せください!」
「そうだ、一つ約束してくれ」
海さんに肩を掴まれ、真剣な目が僕の視線を縛る
「この家からは絶対に出るな。外は危険だし、反対勢力に連れ去らせて人質にされる可能性もある。いまは厄介ごとを増やしたくないんだ」
「…わかりました」
くそっ、外での探索はできなくなってしまった
けど、先の事件もそうだが、今の時代政府に不満持ってる人は多いし、僕みたいなあからさまに国と関係している人物がいたら憂さ晴らしに使われそうなのは確かだ
大事にしたくないのは僕も一緒だし、仕方ないけど従っておくか
かくして、四人での生活が幕を開けた
一週間ほど経った某日、玄関で軽く掃除をしながら三人の帰りを待つ
今日は本部での会議だそうだ。久しぶりにずっと一人で家にいた気がする
そう思っていると、背後から引き戸の開く音が聞こえた
「おかえりなさい。お父さん、叔父さん」
「ただいま。…やっぱりお父さんと呼ばれるのは慣れないな」
「いい加減慣れろよ頑固親父が」
「あ゛あ?父親と叔父では重みが違うだろう」
「血族ってことには変わりねえだろ」
ああ、また始まった…ほんとすぐ突っかかるんだから…
でも、正直僕も父呼びは慣れていない
「でしたら、陸さんとお呼びしましょうか?」
「そうだな、しばらくはそう呼んでくれ」
「だったら僕も空さんって呼ばれたいな~」
「俺のことも海さんって呼んでくれないか」
左右からぎゅっと抱きしめられる。なんか子供みたいで可愛いかも
「ふふ、いいですよ。海さん、空さん」
嬉しそうに微笑む彼ら
よほど嬉しかったのだろう、空さんの柔らかな頬が僕のにスリスリと触れる
「そうだ、お夕飯作ったんですけど…食べますか?」
「作ってくれたの!?ありがと〜!」
そう、今日の夕飯は空さんたっての希望で僕が作った。
まだ信頼が薄いので今まで陸さんが作っていたのだが…二人は食べてくれるだろうか
「…うむ。ありがたくいただこう」
「作ってくれてありがとな」
小さく微笑んで、優しく頭を撫でる陸さんと海さん
よかった、ちゃんと信頼を得られた
それがなんだか嬉しくて、心が浮ついたままご飯と味噌汁をよそいに行った
居間のちゃぶ台に並べた四人分の夕ご飯
囲んで座る様子はテレビで再現された昭和の家庭を思い出させる
本当にタイムスリップしたんだ、そう実感させるものだった
「「「いただきます」」」
ゆっくりと味噌汁のお椀をもって、一口飲む
依頼主である空さんは、なにかに感動する子供のようにキラキラと目を輝かせていた
「ん~!美味しい!」
「喜んでいただけて良かったです」
「なんか、家族って感じだな」
喜びの声に答える僕の笑みに、上機嫌で零した海さんの素直な感想
……そうか、これが家族ってやつか
幼き頃の在りし日、アメリカさんたちと食べた夕飯の、朧気な記憶
一人に慣れて忘れかけていた暖かなものがふわりと蘇る
「僕、長いこと一人で暮らしていたので…こうして皆さんと一緒にいるとなんだか心が温まりますね」
キョトン。僕の呟きに、一瞬面食らったような表情になった三人
顔を見合せて、じわりと喜びの意が顔に表れた
「そうか、俺もお前が来てくれてよかったと思っているぞ」
「俺たちだけの時は空気が殺伐としてたからな」
「それは兄さんたちがすぐ喧嘩するからでしょ」
「僕たち家族だからね!これからは寂しい思いさせないよ」
ぎゅっ、と大きな手が、慈しむように僕の両手を包み込む
「…はい、ありがとうございます」
僕を見つめる三人の眼は、愛しい我が子に向けるような、優しいものに変わっていた
その時からだろうか、三人は頻繁に書斎に籠るようになった
「しばらくは書斎にいる。重要な会議だから、決して部屋に近づくんじゃないぞ」
近づくなということは機密性の高い話なのだろう。そろそろ日中戦争が始まる頃だろうし作戦会議ってところか。本当は僕も参加していい感じに未来を変えたいけど…思わぬ弊害が出たら困るしな
言いつけを守っておとなしく掃除に着手する
そう、掃除という名の情報収集だ
彼らのことは強さのこと以外にも沢山聞いていた
その中でも印象に残っているのは、アメリカさんのとある一言
「あいつらはやばい。執着というか…目的のためならどんな手でも使う奴らだったし、その執着はお前にも向けられていた」
「あの時は瀕死だったからすんなり渡してもらえたが…今会ったら監禁してでも絶対に手放さないと思うぜ」
当時はHAHAと冗談めかして笑い飛ばされた
でも、話していた時の恐怖を含んだ真剣な表情はどうも冗談のように思えなかったのをよく覚えている
もし”あの言葉”が本当なら…早めに手を打っておかないと
それに、僕は争いのない平和な時代に生きる国。これから激化していく戦の時代にいつまでもいたくないと思うのは当然
まして、執着の対象である家族だとバレることは避けたかった
結果として避けることはできなかったが
…というわけで、家の中に未来へ帰る手掛かりがないか、掃除しながら探しているのだ
居間、玄関、風呂に厠、物置の隅まで
至る所を探しても求めている物は全く見つからない
「はぁ…ここもダメか」
一人ぼっちの廊下に溜息が僅かに反響する
同時に背後から近づいてくる複数の足音。話し合いは終了したようだ
「お疲れ様です」
「嗚呼。ところで、ここでの生活は慣れたか?」
「はい。まだ慣れないところもありますけどね」
「そこはゆくゆく慣れていけばいい。時間はまだたくさんあるのだから」
「…………そう、ですね」
たくさん、か。そうでなければいいんだけど
悟られないよう、自然な笑みを浮かべる
そんな僕の手を彼らはぎゅっと握りしめた
「……なあ、日本。俺たちにはお前が必要だ。お前がいてくれるからこの世に安らぎを得ることができる。家族のいる幸せを享受することができる」
「俺らのことをあまり知らなかったということは、お前が未来に帰ったらその幸せもなくなるんだろ?そんなの、俺たちは耐えられない」
「日本も家族がいて嬉しいでしょ?だから、ずっとここにいてくれるよね」
…またか
しかも今回は三人がかり。どうあがいても逃げられそうにない
ここで逆らったら何されるかわかったもんじゃない
癖強な国たちに揉まれ培われた洞察力が、不利益は避けろと警鐘を鳴らす。本音を隠し、お得意の演技でにこりと笑って見せた
「大丈夫ですって。私が父さんたちを置いて帰るわけないじゃないですか」
「………そう、だよな。ならいいんだ」
目頭の力が抜け、表情が柔らかくなる
上手く納得してくれたみたいだ。よかった
「ごめんね掃除の邪魔しちゃって」
「大丈夫ですよ。それより、少しお休みされてはどうですか?お疲れでしょう。お茶淹れてきますね」
「ありがとう。気が利くな。さすがは我が息子だ」
それからまた何ヶ月か経ったある日、転機は突然に訪れる
皿洗いをしている僕の肩にポンと優しく手を置かれる。その手の主は海さんであった
「日本、すまねえが書斎の掃除を頼まれてはくれないか」
いつものような、何気ない頼み事。でも、”書斎”という言葉に目を丸くさせる
「いいんですか?ずっと立ち入りを禁止していらしたのに」
「最近よく使用しているからか部屋の汚れが目立ち始めてな。片付けたいのだが時間がないんだ」
…機密情報があるだろう部屋に、それだけの理由で?
海さんは潔癖症なのだろうか…
いや、探るのはやめておこう。どんな理由であれ、書斎に入れるのなら好都合だ
「そうですか。なら今日中にやっておきますね」
「ありがとう。掃除が終わったら本でも読んで休憩するといい。未来にはない資料もあるだろうし楽しいと思うぞ」
「じゃあお言葉に甘えて物色させていただきます」
頭を一撫でして去っていく海さん。イギリスさんと仲良くしているからかスキンシップが多い。少し照れる
そんなことより、ようやく書斎に入れる!もうここ以外は探しつくしてしまったしちょうどよかった
絶対手がかりを見つけるぞ!
そして部屋を隅まで綺麗にしよう。掃除が同列に出てくるほどに、案外僕はこの家に馴染んでいたようだ
「…汚れ、なさそうだけどな」
一見綺麗に見える、未踏の地
しかし、よく見ると書類が端に寄せ集められているし、本棚には薄ら埃が被っている
どちらも僕だったら気にしないくらいの汚れなのだけど
まあ、そんなことはどうでもいい。このチャンス、絶対ものにするんだ!
書類を整理しつつ、膨大な数の本を退かしつつ、本棚を掃除する。
ここに手掛かりがなければ、正直、詰みに近い。頼む…どれだけ些細なものでもいい。何かあってくれ…
その後しばらく何も見つけられないまま、終わりかける本棚掃除
棚の裏にあるんじゃないかと、埃まみれの隙間に潜るも収穫は無し。形すら分からない”手がかり”を無闇矢鱈に探すのは本当に気力がいる
焦りや苛立ちが相まって精神がめちゃめちゃに擦り切られた感じがした
……ここが最後、か…
何故か布が掛けられた本棚。決死の思いで布を捲る
ちらりと覗くと違和感のある光景が現れた
他の棚同様きっちりと揃えられた本たち
しかし、時代を感じさせる”それ”だけは少し前に出っ張っている
ババ抜きの駆け引きのような緊張が体を走った
…これは神からの啓示なのでは
彼らの性格から考えると、一冊だけ揃えないなんてことはしないはず。ならば、そうとしか考えられない
期待を膨らませる僕は、吸い寄せられるように様にその本を手に取った
そこに書かれていた物語はあまりにも僕の境遇と似ていた
不思議な力で異空間に連れてこられた、刀を持つ主人公
その空間で失ったはずの家族と幸せに過ごしていたが、それが罠だと知る
そして、自分が持っていた刀で” “を殺す
すると、敵の術が破れ、彼は元の世界へと帰還した
偶然とは思えない不思議な物語、古びた見た目の割に綺麗なページ
しかし、” “の部分だけが破れていて読めなくなっていた
あくまで物語であるから確信はできない
けど、今はこれしか手がかりがない
この空白に何が入るのか、重要な問題だ
よりによって、僕が一番欲している部分がないのだろう
そう簡単には帰さないという試練か、はたまた…
………いや、考えたって仕方ないよな。どうであろうと僕にはもう“これ”しかないのだから
掃除を終わらせて、道具を片付けてからもう一度”手がかり”を手に取る
さて、見つからない謎を誰に聞こうか
本の持ち主は誰かわからない
けれど、皆で書斎を使っているから、全員答えを知っているはず
なら…一番気さくでまともそうな空さんに聞いてみよう
その時丁度、部屋から数歩前に現れる空さん。なんといいタイミングなんだろうか
「空さーん!」
元気に駆け寄る僕に向けられる明るい笑顔
どうしたの?と上機嫌に問う彼に件のページを開いて見せる
「この本なんですけど…ここだけ読めないんです。なんて書いてあるかわかりますか?」
「…………うーん…昔一度読んだきりだからあんまり覚えてないけど…」
「確か”父親”を殺したんだったと思うよ」
あっさり得られた最後の1ピース。力を込めて埋めた空欄に、思わず喜びが溢れ出る
そんな不思議な喜びを現す僕を空さんはじっと見つめていた
「日本って細かい所まで気になっちゃう人?」
怪しんでいるのか口角が下がっているが、目の奥には真意の見えない強い輝きが灯っている
それは、僅かな隙間から差す眩しい日射光を思わせるものだった
しまった、顔に出てたか。帰る方法探してるのバレたかな?なんとかして誤魔化さないと…
「あ、いえ!この物語面白かったので気になっちゃって…」
右上に行きそうになる眼球をグッと堪える
ポーカーのような、数分にも思える緊張。ありがたいことに終わりはそうそうに訪れる
「……確かにそのお話面白いよね〜非現実の内容なのに妙に現実味があるというか…」
はぁ…良かった。上手く誤魔化せたみたいだ
今度は心の中で、ホッと息を吐いた
空さんにお礼を言って、自室に戻る
本を広げ、もう一度読み返しつつ考察の検証をした
僕の現状と酷似した物語。そのまま同じとしてよいのなら、元の世界へ帰る方法も同じはず
つまり、未来へ帰る条件は”父を自分の短刀で殺すこと”
幸いにも父は化身であるから、大日本帝国が存在する限り致命傷を与えようとも死ぬことはない
非道な考えではあるが、命を奪うまではいかなくてよかった
それより…懸念すべきは、”父を襲う”というとんでもないリスクだ
争いの経験の無い僕が、軍隊の化身相手に刃を向けるだなんてできるのだろうか
反撃されて殺されでもしたら…”日本国”が存在しない今では生き返る保証は無い
ようやく手に入れた可能性を前に、不安と恐怖で胸が苦しくなる
…いや、うだうだ言ったって現実は変わらない
未来へ帰るためだ、やるしかないだろ
決意を固める音は思ったより強く痛々しく、両頬を赤く腫らした
迎えた決行日の夜。 廊下のきしむ音と、激しい鼓動が耳の奥で反響する
隙間から入ってくる空気の流れ
肌を撫でる冷たい風が、僕の高ぶる気持ちを抑え、手助けをしてくれているようだった
「陸さん、少しよろしいでしょうか」
居間の襖を開け、目線を上げた彼のすぐ側まで歩みを進める
「この後、僕の部屋に来ていただけませんか」
今までにない僕からのお誘い。コソッと耳打ちする珍しさに一瞬驚きの表情をする
「いいぞ。なら二人にも…」
「あ、いえ……”父さん”だけがいいんです」
赤みの残る頬と自然な上目遣い
機嫌の悪いアメリカさんでも有効だった、お願い事の必殺技
“これ”ならば、断るなんてことはできないはず
けど、その心配はどうやら杞憂だったようだ
「…そうか、分かった。なるべく早く向かうからいい子で待ってなさい」
何の疑いもせず、嬉しそうに頭を撫でる
懐疑心の強かった初対面では考えられない態度。それだけ僕も信用されたってことか
チクリと痛む良心から目を逸らす
ありがとうございます、としおらしく頭を下げて、何処かを向く父に背を向けた
冬の深い闇にぽっかりと浮かぶ大きな満月
淡い光が障子を抜けて部屋を優しく照らす
人工の光源がない部屋で僕はただ、布団の上で正座していた
「日本、入るぞ」
物音一つ立てず開いた隙間からぬるりと近づく凛とした気配
「とう、さん」
僕から少し離れた、布団の端に胡座をかいた
「遅れてすまないな」
「僕がお願いしただけなので大丈夫です」
二人を包む静寂
小さく開いた口から、柔らかな音が紡がれる
「それで、日本は何をしたいのかな」
緩みきった、見たことないほど穏やかな微笑み
すべての願望を包み込むような、優しく問いかける声に心がキュッと痛む
「抱きしめてほしいです、ぎゅっと」
「…ふっ、いいぞ。ほら、おいで」
緩やかに腕を広げ、懐を曝け出す
今の彼からは引き止めるときのような圧は感じない。膝立ちで擦り寄って、逞しい胸板へポスっと頭を預けた
耳に伝わる落ち着いたものとは反対に、早鐘を打つ自身の心臓
…この温もりともお別れか
別れが惜しくないかと言えば、少しだけ嘘になる
本物の家族と暮らすというのは、彼らの言う通り心の安らぎが得られるもの。それが二度と味わえないと思うと…寂しさを感じる
でも、僕は未来に帰らないといけないんだ
平穏な人生を歩むためにも
袂から取り出す短刀
音もなくスルリと引き抜き、狙いを定める
無意識に握りしめる手に力がこもった
さようなら、愛する家族
自分ごと貫く勢いで振り下ろした刃
その刃先は宙でピタリと動きを止めた
「な、っ…なん、で…!」
「はは。いいな、その表情」
「僕たちもなめられたものだね」
握り潰すかのような強大な力が細い手首を掴む
見開いた目の先には、ここにいないはずの叔父たち
力の入らない手から逃げた刃が、トスッと畳を刺す
嵌められた
遅れて現実を認知した脳に、焦燥と絶望が荒波のように押し寄せた
「ああ、作戦は良かったが…俺たちは軍人だ。殺気には人一倍敏いことなど、平和ボケしたお前でもわかるだろう」
高まる熱気と嫌な寒気が、震える体を交互に襲う
煩いほどにバクバクと鳴る鼓動が頭に響く
一向に吸えない息が喉を締め付けた
「あれだけ帰るなといったのに…やはり口だけではわかってもらえないか」
「なら、体に教え込むしかないよな」
月明かりを遮る分厚い雨雲
闇に浮かぶ三対の血月が三日月へと姿を変えた
連れ出された真冬の室外
下着以外を脱がされ、全身を麻縄できつく縛られる
勿論、短刀は没収されてしまった
何も抵抗できない僕に拳が何度も振り下ろされる
「う゛っ…ぐ、」
「未来に帰るためとはいえ、実の父親を手にかけるなんて…酷い子だ」
「ずっとここにいるって言ったじゃん。嘘つき」
「愛してやった恩を忘れたのか」
外気温よりも冷たい水が頭から被される
水を吸った麻縄が、体をギチギチと更に強く締め上げた
「ふゔぅっ…!!」
冷水で低くなっていく体温。加えて、無慈悲な寒風が吹き荒れ、傷口を突き刺すような痛みとともに熱を奪い去る
そんな、寒さに震える体に、重たい衝撃がのしかかった
バキッ
ドガッ
「お゛ァ、っ…ぅぐ…」
「俺たちはな。お前に裏切られてとても悲しかったんだ」
ドゴッ
ベチン
「かハッ…!お゛ぇ…っ、ぃい゛!!?」
「人でなしのお前には分からぬかもしれんがな」
容赦という言葉を知らない拳が僕の体を吹き飛ばす。地面に叩きつけられ痛みに蹲るが、彼は構わず鳩尾を殴り、頬をビンタする
腹から湧き上がる吐気で土を汚したのは、鼻をつく酸と、真っ赤な血だった
パァァン!
「あ゛ぁッ!!!ぃ…い゛だっ」
休む暇もなく襲いかかる痺れるような痛み
振り上げた手には、”精神注入棒”と書かれた頑丈な木棒。勢いをつけて振り下ろされた凶器が青を呈する肌に幾つもの赤を刻み込む
「痛い?当たり前だろ。これは俺たちの心の痛みなんだから」
「これでも十分の一も表せてないよ」
何十回、何百回と繰り返される暴力
非道な制裁と激しい罵倒の連続が肉体と精神を蝕む
「俺たちを愛しているのなら…俺を殺そうとも、未来に帰ろうともしないはずだろう?」
「十分に伝えていたはずだが…まだ示したりなかったか」
「賢いお前ならこの程度でもわかってくれると思っていたが見当違いだったみたいだ」
落胆を表しているのか、凍えそうな視線で見下ろして、悲しげな声をかける
でも、歪な口角から滲む陰湿さは隠しきれていない
無様な姿になっているだろう僕を恍惚と眺める楽しげな表情に、嫌悪で背筋が震える
「馬鹿なお前には、やはり身をもって知ってもらう方がいいようだな」
「時間はたっぷりある。全部忘れて、僕たちだけしか考えられないように…僕たちから離れようなんて考えなくなるまで愛してあげる」
嫌だ、離して、僕をかえして
現実を拒み、朧になっていく意識
幻想的な夜空が遠く、遠くへと離れていく
最期に捉えた、執着と化した彼らは、欲しいものを手に入れた子供のような、無邪気な喜びに満ちていた
それからの生活は、まさに地獄であった
連日与えられる愛という名の暴力
拳で、棒で、時には性欲で
望むものを与え、彼らが満足するまで、心身をボロボロに傷つけられる
甘い視線と声を向けながら痛めつけている姿は気が狂っているとしか思えない
何が”愛している”だ。苦痛を与えることが愛だとでも言うのか
思っていても、嫌だと言えない弱い自分が嫌になる
窓も光もない地下室で、両手両足を拘束された僕はさながら、蜘蛛の巣に囚われた翅のない蝶
逆らうことも逃げることも許されず、ただ終わりを待つことしかできない
壁に繋がれた頑丈な鎖がわざとらしく大きな音を立てる
それは、ここに居ないはずの支配者が嘲笑っているようだった
赤、青、黒。歪な斑が白の体を覆いつくさんばかりに広がっている
史実通りなら、終戦まであと9年。それまで耐えられる気がしない
そもそも、僕が過去にとらわれたことで未来が変わっている可能性だってある
しかし、心の片隅で諦めが悪い僕が「耐えていればいつかまたチャンスが来る」と楽観的な主張を繰り返す
その捨てられない希望は正気を手放し、苦痛を快楽に変換することを許してくれない
いっそ狂ってしまえたらどれだけ楽だろうか。
呪いのように僕を内面から蝕む父親譲りの気質に、自分を恨みたくなった
光源もないのにキラリと輝く白銀色の手錠
細く開いた隙間から網膜を焼く強い光で蘇る、遠い記憶
僕はあの時、なんであんなことを願ってしまったのだろう
アメリカさんとロシアさんの小競り合いの仲裁、ドイツさんとの徹夜残業、雑談まみれの終わらない会議…
苦痛だと思っていたあの日々が幸せだったと、今になって知る
冷たい床に横たわり天井の暗闇を眺める
この部屋の外には、自由な宙があるのだろうか
神の仕業だと言うのなら、もう一度僕の願いを聞いてくれ
あるかも分からない救いを求めて、目を閉じた。
陸海空サイド小話
・陸海空サイド(微アメ日)
あちこちで戦火が燃え盛る地獄のような光景
ただ一人、轟々と吹き荒れる熱風を掻き分けて、宛もなく歩を進める
突如力の抜けたボロボロの右脚
焦土に崩れ落ちる俺に冷たい銃口が向けられる。どうやら、お迎えが来たらしい
「同情でもしに来たか、米帝」
「愛しい我が子を犠牲にしてまで戦った。なのに、勝利を得られず無様に死ぬ。実に滑稽だろう」
「……安心しろ。日本のことは俺が、お前の分まで愛してやる」
…お前が、日本を?俺たちの可愛い息子を?巫山戯るな
「っはは、気力があれば全力で殺しにかかるところだったな」
「あれは”俺たち”の子だ。努努忘れるな」
自然に向けた殺気。気迫に怖気付いたか、瞳孔を狭めて息を飲む
刹那、走馬灯で蘇る、寂しそうな日本の姿
もっと沢山一緒に居たかった。愛してやりたかった。
……最期にもう一度、会いたかった
頬を伝う一筋の感覚。薄れゆく景色で、哀を浮かべる宿敵の姿が遠ざかる
ポトリ。折れた愛刀を濡らす赤い雫
微かな生命の灯火が野を駆ける風に掻き消された
それはまさに青天の霹靂だった
道端に転がる一人の青年。人のようで人ならざる、国の化身
国内では俺たち以外にいるはずのない姿に興味を持った俺は、気まぐれにそれを拾うことにした
すると、なんということだろう。彼は未来からきた俺の息子だと言う
そんな非科学的で運命のようなことあるのだろうか
「…まるで夢物語だな」
海の何気ない一言が、妙に気にかかる
未来……異世界、家族、夢物語
なんだろう、何処かで見たような…
その時、ふと思い出す”ある物”の存在
まさかアレが…
そして、家族の証拠として彼が差し出す懐刀。刀…これも、アレに関係するものだ
受け取ると、感じたことの無い感情に襲われる
愛しさ、やるせなさ、寂しさ
触れた部分から重たく暗いナニカがじっとりと乗り移っていくような気がした
「……?」
「陸?どうしたの?」
空が小声で問う。日本は海との会話に夢中なよう
「ああ、いや。なんでもない。驚きで放心してしまったようだ」
「…ならいいけど」
それだけ言って再び刀へ視線を向ける。何だったのだ、今のは
…まあ、気の所為だろ
最近色々あって疲れている上、不可解な事が起きているんだ。後で休息を取るべきだな
そんなことを考えつつ話を進めていると、終わり良く纏まってきたようだ
「わかった。でも、急に息子ができるのは理解が追いつかないし、まして未来から来たなど信じ難い。悪いがしばらく本気で信用することはできないだろう」
今の俺の素直な感想。しかし、信用に関しては少し嘘だ
本気での信用はできない。けれど、俺の勘が告げている。こいつは俺の息子だと
だから…確かな根拠はないが信用はしている
用心深いと自負しているのに珍しいこともあるものだ
「ふん。頭が固いな」
「なんだと!喧嘩を売っているのか貴様は!」
「ちょっと!甥の前で喧嘩しないの!」
ったく…何故いつも此奴は気に障る言い方をするのだ。腹が立つ
でも今は息子の前。なんとか怒りを沈め、日本の方を向く
「見苦しい所を見せてすまなかったな。ともかく、これからよろしく頼む」
「はい。こちらこそお世話になります」
こうして、日本が家で生活することになった
家族。その認識が定着すると自然と愛着が湧くものだ
それは弟達も同じで、日本に構っては幸せそうに笑みを浮かべている
可愛い我が子、可愛い甥っ子
父が亡くなり、世界が荒れ、皆が殺気立つ。そんな時に現れた俺たちの癒し
いつかに夢見た家族のいる幸せ。俺たちが幸せを享受できているのは、お前のおかげ
だから俺達も愛を持って返しているというのに…
日本は未来へ帰る方法を必死に探している
“俺たちを置いて帰る訳が無い”
作り笑いで吐かれた嘘が蘇る。その事にどうしようもなく怒りが湧いた
何故、俺たちの愛を拒む
お前だって俺たちを求めているはずだろう?家族の温もりに喜んでいたあの日の笑顔は嘘だとでも言うのか
お前は間違いなく、俺の息子。俺たちの最愛の家族。
この幸せ、絶対に手放してやるものか
いつものように書斎に集う俺たち
数ヶ月前から時々行う、書斎での作戦会議という名の報告会
だが、今日は違う。本日の議題はれっきとした作戦会議だ
「日本のことについて、話がある」
神妙な面持ちに緊張が走る。その意図を汲み取った海が、ズボンから何かを取りだした
「この本だろ」
背に書かれた題名は”鬼追い物語”
俺たちが幼少期の頃好んで読んでいた古い書物
平安時代から記されたきたらしいそれは時代にそぐわず夢のような非現実を感じさせる
「主人公である、刀を持って異世界からやってきた少年。まさに日本と同じだ」
「この主人公が元の世界に帰った方法。これが未来に帰る方法なんじゃないか」
主人公は最後、己の刀で”自身を殺す”、つまり自殺することで元の世界に帰ったとされている
「…いいことを思いついた」
ある頁の一部を指で摘み、ビリッと破く
古い本だからか綺麗に切り取ることが出来た
「えっ!?陸何してるの!?」
「先祖代々継いできた書物だぞ!?」
「安心しろ。破いたのはほんの少しだ」
不自然に空いた二文字分の穴。俺の手に残る、”自身”と書かれた紙切れ
点火器で燃やし残った灰を見て、海が納得いった様子を見せた
「…なるほど、そういう事か」
「未来へ帰る手がかりとしか思えないコレをわざと日本に見せて、デマ情報を掴ませる。そういうことだろ」
「大まかに言えばそうだな」
流石は俺の兄弟。理解が早い
床に本を広げ、思いついた”作戦”の詳細を語る
「作戦はこうだ。日本にコレを見せ、手がかりだと確信させる。ここは内容を読めば自然とそう思うはずだから、手に取るよう誘導すればいいだろう」
「次に破れについて聞いてきた日本に嘘の情報を掴ませる。ここはそうだな…父親とでもしておくか」
「そうすれば、日本は俺を殺そうと誘い出すはず。その時にお前らは死角に隠れ、直前で止める」
「その後は自由だ。各々好きな方法で”躾”をする。もうあいつに優しくする必要は無い。言葉じゃわかってくれないんだ。結局は力で支配し躾けるのが一番伝わるだろう」
軍隊と同じ。人に教え込むには圧倒的力量差による恐怖が有効
それには海も空も同意なようで、反論の気配すら見せない
「この、”己の刀で”って部分が重要だとしたら、刀の存在を消す必要があるよね。刀がある限り可能性を零にはできないから」
「だが、長年の相棒を壊すのは可哀想だ。溶かして手錠にでも再利用しよう」
「いいね、それ」
光のない赤黒い瞳がニッと細まる
此奴も此奴で、思うことがあるのだろう
怒りのような恨みのような、仄暗さが滲んでいる
「なら、俺が書斎の掃除を頼み、コレを読むよう誘導しよう。クソ真面目なお前の頼みじゃ、書斎を漁るなんてできないだろうからな」
「じゃあ僕が、書斎からでてきた日本に嘘を伝えるよ。”僕が一番日本と仲良し”だし、”信頼されてる”から聞きやすいでしょ」
…なんだか、言葉の節々に棘を感じる。何だ此奴ら
「……お前ら俺に恨みでもあるのか」
「まあいい。これで日本を手に入れれるなら、どうだって。言うことを聞けない悪い子には、親である俺が責任もって躾けてやろう」
「未来に帰る手段を無くせば、永遠に僕らのものなんだもんね。はぁ…楽しみだなぁ!」
「望んだ幸せをいつまでも得られるだなんて楽しみでしょうがない」
ククッ、アハハ!無邪気な笑い声が薄暗い部屋に響く
その様子は、悪戯の計画を立てる糞餓鬼だったあの頃を想起させた
計画通り、日本は空へあの本を見せ、俺を一人自室へと誘い出した
まさか色仕掛けをしてくるとは思ってもみなかったが…
そんなことをしてまで帰りたいのか
…本当に何も、分かってくれないのだな
日本が去って、海と空へ視線を送る。二人は恨みの視線を向けつつもすぐに日本の部屋へと急いだ
窓から見える大きな満月
今頃日本は同じ月を眺めながら緊張に身を震わせているのだろうか
俺たちの手の上で踊らされていることも知らず、その中で用意された最善を選び続ける日本のなんといじらしいこと
真実を知った日本はどんな顔をしてくれるのだろう
絶望?畏怖?案外、喜んだりして。どちらだとしても好都合だ
反抗的なら躾がいがあるし、従順なのも悪くない
最終的には俺たちによって永遠に可愛がられ、愛されるだけなのだから
新聞を閉じて席を立つ
透明な窓に映る赤の三日月が姿を隠した
伏線一覧
・『仏壇に置かれた刀が灯した不気味な輝き』
『すっと鞘を抜いて、現れた白銀の刃』
『光源もないのにキラリと輝く白銀色の手錠』
タイムスリップする直前に刀が光った。これは刀の力によりタイムスリップしたことを示している。上記の話でもあるように、この刀には陸の思いや願いが込められている。それは折れて加工された後も残っており、今度は日本が刀の前で願いを呟いた。「最期にもう一度会いたかった」「化けてでもいいから出てきてくれないかな」二人の会いたい願いを聞いた刀は「じゃあ会わせてあげよう」と日本を過去へ飛ばした。
この刀は陸の愛刀。大切に使われた物には付喪神が宿ると言うし、物は持ち主に似ると言うので(?)刀の思考も頭のネジが外れている(刀に思考もネジもないけど…)。だから、「会いたいと願ったんなら自殺も厭わない程の覚悟がないと未来に帰ろうだなんて思わないよね」とのことで帰る方法を”鬼追い物語”の結末と同じに設定した。
一方、日本監禁後に刀は溶かされ手錠となってしまった。日本が未来へ帰るには”手がかり”に記されていたように、刀で自殺しないといけない。しかしもう刀はない。なので、日本は未来へ帰る術を失ってしまった。言われなきゃ分からない設定でしたね。
・『海:まるで夢物語だな』『記憶を探るような何かを考える表情』
この時点で日本のタイムスリップが”鬼追い物語”と関係していることに気づいていて、情報戦において王手をかけている。なんか似たような話見たことあるぞ…と古い記憶を掘り返していた
・『陸:しばらくは書斎にいる。重要な会議だから、決して部屋に近づくんじゃないぞ』
重要な会議とはどうやって日本を囲い込むかの作戦会議。本人に聞かれたらまずいので近づくなと言っていた。そもそも戦争の作戦会議なんて家でやらない
・『しかし、時代を感じさせる”それ”だけは少し前に出っ張っている』
手がかりとなる本が何故か揃えられていないシーン。こうすれば少しは怪しまれても興味を持たせることはできるだろうという作戦。ババ抜きでこれされるとそのカードが何なのかめっちゃ気になっちゃうよね。しかも日本は手がかりが見つけられず焦っているから罠だとしても飛び込むしかない
・『あっさり得られた最後の1ピース』『力を込めて埋めた空欄』『それは、僅かな隙間から差す眩しい日射光を思わせるものだった』
パズルというのは間違ったピースをはめると必ず隙間ができる。また、間違ったピースでも力を込めれば枠に入ってしまう。これは日本くんが未来へ帰りたいと強く思っていて、一刻も早く手がかりを完全なものとしたいから嘘の情報でも気づかず無理矢理”正しい”としてしまった過ちを示している
補足
・一回目の起床で女性モブを出したのは当時の困窮した生活を実感させるため。みんなこんな感じで痩せこけているから赤の他人にご飯を分け与えられるほどの余裕が無い。だからこそ比較的裕福な日帝に拾われた時何とかして家に居させてもらえるよう息子だと明かしたし、嫌々ながらも刀を見せた
・陸海空は通常警戒心が強く人を拾うなんてことはしない。でも日本を拾ってきたのは何らかの縁を感じたからなのかもしれない。
・鬼追い物語
多分あらすじを読んで気づいた方もいるかと思います。これ、鬼滅の刃です。無限列車編の。
無限列車編のボス、魘夢の血鬼術。夢の世界へと閉じ込め、幸せな夢を見せた後悪夢を見せ精神を破壊する。夢の世界から脱出するには自殺する必要がある。
まんま日本くんの置かれた状況ですよね。
まあまあ平和な環境から悪夢みたいな状況に陥る様はこの血鬼術みたいじゃない?ってことで入れてみました。
・『僕をかえして』
これには、僕を未来へ帰して、幸せな生活を送っていた僕を返してという二つの意味がある。
・麻縄で縛って水をかけるやつ
“お縄”という遊女相手にやっていた拷問。これを冬の室外でやり、命を落とした例があるらしい。
・精神注入棒
本当は軍人精神注入棒と書かれていたらしい。主に海軍で使用されていた。大日本帝国海軍の体罰はイギリス海軍から導入されたものだが、イギリス式より陰湿なんだそう。ちなみに、中国や東南アジアでは人前で侮辱され殴られることは屈辱とされているため、日本の教育制度が中国に持ち込まれた際、体罰だけは導入されなかったらしい。マレーシアやシンガポールでは未だに体罰があるそうな
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思わず溜息が溢れるほど、最後まで素晴らしい作品でした✨️ 本編から別視点までドきドキされっぱなしで、伏線では今まで言語化できなかった程些細な違和感が明瞭となりこれ以上に無いほどの充足感と納得を得ることが出来ました!琥珀様の緻密な作品構成には本当に最後まで脱帽させられます…。慣れない分野での、無理を言ってのご執筆本当にお疲れさまでした🙇 これからも、ご活動を陰ながら応援しています。 本当に、素晴らしい作品をありがとうございました❗️
遅くなりましたが拝読が遅くなりましたこと、長文失礼致しました🙇
うわぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!すきぃっ!!!!!もう好き過ぎる〜〜〜〜っ!!!!!😭😭😭😭 もう期待以上の完成度過ぎて感動致しました!正直言ってものすごい癖ですっ✨️!! 琥珀様の繊細な情景描写や揶揄表現には本当に脱帽です…。毎度、時間を忘れて没入させられます。 そしてなんだかんだ言って、未来に帰るために実の父をも手に掛けようとする日さん…。貴方もしっかりお父様の血を受け継いでますよ。所々で感じる分岐や違和感(日さんの考えや帝国様の言動への)は本当に見事なものでいろいろな想像を掻き立てられるものでした!所々で見られた”最善の選択“を選ぶ日さんの淡々とした思考や、極めつけは父をも手に掛けてでも目的を達しようとする傲慢さに日さんの隠された本性が垣間見えて好きでした…。なんだかんだ言って帝様をヤリ損なうまで日さんは最善の行動をしてきたと思うので、最後はもう叔父父上方のほうが一皮上でしたね(笑) いやぁ、ほんとうに惜しかったなぁ〜!(喜び) サツ/ガイ未遂前後の帝国様らの温度差も好き過ぎました。 何度も読み返していると、日さんを引き止める為に下手に出てやってた感がより見出されて口角が上がるのを抑えられませんでした。 これは単なる妄想ですが、このまま9年後にお父様らに無理心中エンドでも、或いはこの後父親譲りの諦めの悪さで紆余曲折あってアン/サツ計画に成功して未来で帰れるもその未来が旧国存命世界線だったりする隠しバッドエンドルートとか妄想して絶望過ぎてひとり悶えてた民は私だけではないはず………。(閑話休題) えぇっ!!?これだけ素晴らしい作品を書いて下さったというのにご丁寧に解説まで書いて下さるのですが!? もしや貴方は本当は人の皮を被った神では………? もう楽しみにしてお待ちしててます! さて、今回は私的な癖の詰め込まれたリクエストを引き受けてくださり本当に有難う御座いました! これからも、一フォロワーとしてご更新をゆるりとお待ちしております。これからも無理のないよう、お体にお気をつけてお過ごし下さい。