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年度が改まってからも、私の仕事内容に変わりはなく、矢嶋のラジオ番組も継続して手伝うことになった。
一方で、ある変化があった。佐竹が新年度を待たずに支局に異動となったのだ。
同じ部署で働く契約社員の田代から、後でこっそり聞いたところによれば、重要な取引先との間でトラブルを起こしてしまったがための、いわゆる左遷的な異動らしい。そして、彼女の穴を埋めるために、新たなメンバーが採用されることになった。
急なメンバーチェンジがあった中での改編期の忙しさが少しずつ落ち着き始めた頃、六月最初の日曜日に周年イベントを開催することが決まったと、全社員に伝えられた。
編成広報局内の定期会議の時、そのイベントに関する議題の中で局長の中沢は言う。
「その日はラジオもやるそうだよ。いつもの内容に加えて、レポーターが会場の様子を伝えながらという趣向らしい。パーソナリティは午前と午後で交代で、午後は矢嶋君だそうだ。制作側からの要望で、川口さんにはバイトの子と一緒に、午後の部の方をいつものように手伝ってほしいそうなんだ。そのうち改めて打ち合わせなんかがあると思う。その日は日曜日だから休日出勤になってしまうけど、後日みんなと交代で休みを取ってもらうことになると思うから、よろしくお願いします」
梨乃と一緒なら楽しそうだし、いつものようにということなら特に難しいこともなさそうだ。
「分かりました」
「さて、それと、現時点での企画内容です」
中沢はA4サイズの紙を皆に回覧する。
「現段階で検討されている内容やなんかがそこに書いてあるので、ざっと目を通しておいてください。その内容は共有フォルダに格納して、都度情報を更新するそうだ。それから、日程だけは、近いうちにホームページに乗せることになるそうだから、そのつもりでよろしく頼んだ」
中沢は特に私と田代を見ながら付け加える。
「それを見た視聴者から問い合わせがあるかもしれない。その時は、『詳細は後日、決まり次第公表する予定』と答えておいてください」
「はい」
私と田代は頷いた。
中沢は皆の顔をぐるりと見回す。
「何か他に、議題に乗せたいことはありますか?」
特に誰からの発言もなく、そこで会議は終わった。
その会議の翌日、ラジオ番組の手伝いのため、私はいつもの時間にマスタールームへと向かった。すでに梨乃は来ており、辻と矢嶋はスタジオにいる。
「おはよう、梨乃ちゃん。今日もよろしくお願いします」
「夏貴さん、おはようございます!」
梨乃は笑顔を見せ、身を乗り出すようにして話し出した。
「イベントの話、もう聞きました?局内見学ツアーだとか、キッチンカーも呼ぶ予定だとか、今からワクワクするなぁ」
「キッチンカーも?それは初耳」
私に気づいて辻がスタジオからやって来た。
「夏貴ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「もしかして今、例のイベントの話、してた?その日の午後に、矢嶋がラジオをやるから手伝ってほしいっていう話は、中沢局長から伝わってるかな」
「はい、昨日聞きました」
「二人にお願いする仕事は変わらないんだけど、いつもより少し、時間が長くなる予定なんだ。近くなったら、改めて打ち合わせしよう」
#独占欲
そこに今度は矢嶋が姿を見せる。
「川口さん、おはようございます」
「おはようございます」
彼が眩しく見えてどぎまぎした。嫉妬心を自覚してからの私はこんな調子だ。挨拶を終えて顔を上げた途端に目が合って、どきりとする。
しかし彼の方は、仕事用の爽やかな笑顔を浮かべたままだ。
「今日もよろしくね」
彼はにこりと笑い、辻に数枚の紙を手渡した後、再びスタジオへ戻って行った。
「さて、二人もそろそろスタンバイしてくれる?」
「はぁい」
「はい」
私たちは返事をして、席に着いた。
辻がマイクを通して矢嶋に何か指示を出している。
それをぼんやり見ていた私に、梨乃が声を潜めて訊ねる。
「ねぇ、夏貴さん。矢嶋さんと何かありました?」
「え?」
急な質問に私は焦った。
梨乃は小首を傾げ、私と矢嶋に交互に視線を走らせる。
「いや、なんというか、ここ最近のお二人の空気感が、どことなくこれまでとは違うような気がして」
「別に何もないけど」
曖昧に笑ってごまかしたが、背中に汗がにじむ。
「ふぅん?。まぁ、お二人の仲が悪くなったわけじゃないのなら、全然いいんです」
「二人とも、そろそろ始まるよ」
辻の声に私たちははっとした顔を見合わせて、慌てて表情を引き締めた。
梨乃が小さく拳を握る。
「頑張りましょう!」
この日もたくさんの電話がかかってきた。五分おきにチェックしているメールでのリクエストも、結構な件数がある。パソコンの画面を見ていて、私はふと気づく。
「南風っていう人から、メールでもリクエストが来てる。この人、電話もかけてくる人よね?」
「そうです。彼、金曜日がお休みなんですかね。もう完全に常連さんですね。あ、夏貴さん、電話鳴ってます」
「ほんとだ!」
私は急いで電話に手を伸ばし、声を整える。
「おはようございます。リクエスト承ります」
『おはようございます。南風です』
あまりにもタイムリー過ぎる。私は梨乃に目くばせした。
彼女は眉根を寄せて苦笑する。その目は、彼ですか、と言っていた。
番組の手伝いを始めてから数か月、頻繁に彼の電話を取ることが比較的多いように感じる。それは、彼が毎週欠かさずリクエストしてくる人だからかもしれない。電話は二台で、私が彼に当たる確率は二分の一だ。同時に回線が埋まることだってあるのに、毎回つながるというのもある意味すごい。
私はいつものように彼のリクエストを聞き取り、彼が話すコメントを手元の受付票に書き記す。
「素敵なエピソードとリクエスト、ありがとうございました」
定番の締めくくりの言葉を告げて電話を切ろうとしたが、南風が思い出したように話し出す。
『今度イベントがあるそうですね。ホームページで見ました』
聞こえなかったふりをして切ってしまうわけにもいかず、私は仕方なしに答える。
「詳細については後日お知らせすることになりますが、もしもご都合がつく時にはどうぞ足をお運びください」
『ぜひ行こうと思ってるんです。私の家、MMテレビさんのすぐ近くなので。ちなみにそのイベントでは、あなたにも会えるんでしょうか?』
「え?」
彼に訊ねられて困惑したが、できるだけ軽やかに聞こえるように意識して答える。
「私は裏方ですので、お会いすることはないかと……。あの、申し訳ありません。リクエストの電話をかけたいとお待ちの方が他にもいらっしゃいますので、大変心苦しいのですが、そろそろこの辺で電話を……」
しかし南風は、私の言葉に重ねて話し続ける。
『いえね、いつも丁寧に対応してくださる方のお顔を、一度拝見してみたいと思っていましてね。もしも機会があれば、ぜひ一度お会いしてみたいものです』
本気で言っているわけではないだろうと思った。だから、私は彼の言葉を軽く流す。
「後日発表されるイベントの詳細を、ぜひ楽しみにお待ちください。今日はお電話ありがとうございました」
『は、はい、楽しみにしています。都合をつけて必ず行きますので』
最後の方に力を込めて言ってから、やっと南風は電話を切った。
なんとか無難に対処できたようだと、私は胸を撫で下ろした。
梨乃が小声で労いの言葉をかけてくれる。
「お疲れ様でした。相変わらず、長い電話でしたね」
「うん、そうね。今度のイベント、必ず行くって言ってたわよ」
「えっ、そうなんですか。私、思うんですけど、南風さんって、夏貴さんのこと、絶対に気に入ってますね」
「会ったことがないのよ?」
「だからこそ、なのかもしれませんよ。夏貴さんの声って可愛いから、余計にどんな人だろうって想像を掻き立てられて、会ってみたいと思わせた、とか」
「なんか、やだなぁ……」
苦笑で紛らわせはしたが、梨乃の言葉に心がざわついていた。
考えすぎだろうが、その想像が変なものでないことを願いたい。会うことはないだろうと思いつつも、イベントの日に本当に来るのだろうかと、まだ先のことではあるが身構えてしまう。
来たとしても顔を合わせないで終わりたいものだ、と思った時、二つの電話が同時に鳴り、私と梨乃もまたほぼ同時に受話器に手を伸ばした。