「髪、いつ切ったの?驚いたわ」
「先月かな。似合うでしょ?」
「大人っぽくて、いいと思うわ」
最後に母とそんな会話をしてからアパートを出た。
収入が増えるわけではないようだけれど、僅かながら安定した両親の暮らしぶりを見たあとの帰路、私がこれからやることは再び両親の気持ちを大きく揺らしてしまうかもしれないと思う。
それでもね……事件を忘れて暮らしているような遥香のことを、私はどうしても許すことが出来ないの。
「真奈美ちゃん……?」
駅に着いた時、暑さを感じさせない爽やかな声に呼ばれて振り向くと
「あ、きよ美さんだ…こんにちは。ご無沙汰しています」
「素敵なお嬢さんになって……真奈美ちゃん?って、声を掛けるの、ドキドキしたわ」
私に裁縫を教えてくれた石田きよ美さんが、日傘を閉じて私を日陰に引っ張った。
「お母さんのところ?」
「はい、元気にしていました」
「私もスーパーで2ヶ月くらい前にお会いした時、お元気そうだったわ」
「きよ美さんも、お変わりなく、ずっとお元気にされていますか?」
「ええ。迷いに迷っていたお教室を始めて、ちょうど1年くらいになるの」
「わぁ、すごいです!生徒さんが羨ましい」
「真奈美ちゃんのおかげよね」
「え?」
「制服のお直しで私に頼ってくれたでしょ?あの時に、裁縫を教えるってことに目覚めたと思うから」
そう言って、バッグから綺麗な刺繍を施したハンカチを出したきよ美さんは、額の汗をそっと押さえた。
「私もきよ美さんにプロ並みの技術を教わって、今でも役立っています」
「そう?嬉しいわ」
「今度、初めてドレスのリメイクを頼まれていて…今、いろいろと考え中です」
「どんなドレス?」
きよ美さんはご実家が裕福なお嬢様だったと母から聞いている。
ご結婚後は、一般サラリーマン家庭の主婦をしていたようだけど、ドレスに馴染みがある方なのかもしれない。
「結婚式に参列する感じのワンピースドレスっていう感じですけど」
「まだ扱いやすい長さね。イブニングドレスにするのは難しいと思うけれど、どこでどんなパーティーかによるわよね」
「お昼間の女性の集まりって。大門鉄工…製鉄か……どうだったかな?」
遥香に聞いたけれど忘れた……
「大門製鉄ね」
「ご存知ですか?」
「直接的なお友達ではないけれど、有名なご婦人だから知っているわ。大門様のお招きってこと?」
「そうみたいですね」
「じゃあ、ひとつだけ気を付けないと」
「はい?」
「大門様はロイヤルブルーが大好きで、とてもお似合いなのよ。もちろん他の色の洋服もお召しになるけれど、大門様がホスト…招く側の場合は、招かれた人はブルーを避けなきゃいけないっていう暗黙のルールがある」
いい事を聞いたわ……と、私は遥香から預かっているシンプルなブルーのドレスを思い浮かべた。
「そうなんですね。シンプルなドレスのリメイクは、オフショルダーにしようかと考えたり、それだけじゃシンプル過ぎるかと思ったり……」
「シンプルなら、スカート部にチュールを重ねるとか、同系色のお花を縫い付けるとか……かしら?」
「なるほど。きよ美さんと会えてよかったです。いいヒントを頂きました!」
「私も真奈美ちゃんが相変わらず元気に頑張っているとわかって、嬉しいわ。またね」
私は日傘をさして歩いて行くきよ美さんに手を振りながら
「よし……ブルーのドレスをオススメするようにデザインの提案をしてやる」
と、予定外の仕返しを決めた。
もちろんこれは、プラスアルファってことで、予定通りの計画も進めるわよ。
コメント
8件
うふふ運気は真奈美ちゃんに寄って来てるよ
いよいよだね〰🤩素敵なブルーのドレスに仕上げましょう🤩🤩🤩
公開処刑の予感( ̄ー ̄)ニヤリ