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シャワーの水が、段々と暖かくなりお湯になる。妙にリアル。本当に、誰が作ったんだろう。こんな世界。
どうやって帰って来たのかはよく分からない。気が付いたら、部屋に居た。部屋の真ん中で立っていた。日課のリボルバーのメンテナンスを行い、ランプを消してカーテンを開けた。朝から降り続いていた雨は上がり、西陽が部屋をオレンジ色に染めている。今日もジェイは帰って来なかった。コウは今頃また病院だろう。自分で仕込んだ毒なんだから、やっぱり今回も自業自得だ。
レンタルドレスを脱ぎ捨てて、浴室に入り、レバーを捻ってシャワーを出す。湯気で曇った鏡に当ててクリアに写るようにする。現れる貧弱な体。胸元に蝶の羽、背中には天使の翼。モザイクアートのように小さな丸の集合体で描かれている。私の、傷。
私の母親は異常者だった。世間からそうは見えないが、闇に堕ちた愚かな女。一緒に暮らし始めた男は、それに気付いて逃げたのだろう。私が物心ついた頃には存在しなかった。
「悪い子ね」
少しでも女の気に食わない行動をすると、夜中折檻された。女はヘビースモーカーで、いつもタバコを咥えていた。夜中、私の服を脱がせて裸にすると、そのタバコの火を私に押し付ける。
「映画みたいにさ、胸に蝶描いてやるよ」
泣き喚く私の胸に押し付けられるタバコの火。毎日毎日、繰り返し繰り返し。治ってきた水脹れを上から更新。痛みとむず痒さが絶えず付き纏う不快感。
蝶に飽きると、女は背中に天使の翼を描いた。両面プリントされた私の体。
ある日突然、女は私の前から姿を消した。ボロアパートに帰って来なくなった。鍵なんてあってないような物。空腹に耐えかねて外に飛び出した私は、知らない人に保護されて、何も分からないまま施設に入れられた。
義務教育を受けさせられ、中3になったある日。
「脱げよ」
潰れた平家コンビニの屋上で、8人の同級生に呼び出されリンチを受けた。施設暮らしと言うだけで無意味に目を付けられる人生。大人しくしていれば可愛がられる程度だったのだろうが、いちいち反抗した私は常に傷だらけ怪我だらけ。モラルも何もあった物じゃ無い。
8人のうちの誰かが、私のハネを見たかったのだろう。私は上半身を裸にされた。
「ハネ、もっと大きくしてやるよ」
言って近づけられるタバコの火。
カチン。
音を立てて私の中のタガが外れた。
押さえつけられた腕を振り解き、転がっていた制汗スプレーとライターを拾い、端から一人ずつ燃やしてやった。
「助けて!」
叫びながらお互い近づき離れ、どんどん火が大きくなる。燃える物が何であれ、火は美しい。
私は8人を屋上に残して一人逃げた。8人が逃げられないように鍵を掛けて。
潰れたコンビニは全焼。隣の小さなアパートも全焼。アパートで昼寝してた老夫婦と、若い母親と三つ子の赤ん坊が死んだ。勿論8人の同級生も死んだ。
14才で14人殺した。
それが、私の罪。
頭からシャワーを浴びる。髪を伝って落ちる水滴が、私の傷をくすぐる。その感触が、ジェイを思い出させた。
「もう、痛くない?」
ジェイの冷たい指が私の傷を優しく撫でる。
「うん。大丈夫だよ」
私は答えた。
彼が初めて自分の背中の傷を見せてくれた夜、私も自分の傷を見せた。
ジェイは泣いた。私も泣いた。泣きながら2人で抱き合った。
「僕、勃たないよ?」
申し訳無さそうにそう言うジェイ。
「?」
私は涙を拭きながらジェイを見上げた。
「病気、なのかな。病院行った事ないけど、今迄一度も勃った事無いんだ」
普通じゃない人生を送って来たんだ。そう言う事もあっておかしくない。
「別に、私気にしない。したい訳じゃ無いから。ただ、一緒に居たい」
2人で泣きながら、恥ずかしがる顔で笑った。
「ずっと一緒?」
ジェイが聞く。
「ずっと一緒」
私が答える。
それから、ぎゅっと抱きしめ合って眠った。
泣きながら、恥ずかしい顔で笑い合いながら。
気が付くと、病院の天井があった。
畜生、またここか。
俺は苛立ちながらベッドから起き上がる。
「急ぎで治しておきました」
横から看護師が声を掛けてくる。
「気が効く事で。今日は何日?」
「後5日です。間に合いますか?」
「ヨユー」
自分で作った毒だが、治癒に3日も掛かった事が腹立たしい。
俺は、レンタルスーツのままで病院を出て事務所に向かう。
脳裏に浮かぶジェイの姿と声。
「もし時間が無かったら、最後の1人は協力出来ると思う」
言って一枚の紙を渡して来た。
「カナデの恩師?って言うのかな。ラスト1で止めてくれてるんだ」
名前と住所の書かれたその紙を見ながら、俺は頭を掻いた。
「後2人なんだろ?4週間も有ればヨユーだ」
そう言った俺を見て笑いながらジェイは言った。
「どうかな。カナデは中々扱い難いから。ああ、くれぐれも手は出さないようにね。僕の大切な人なんだから」
「扱い難い、そんなレベルじゃ無いだろ。アレは」
1人呟きながら、俺は足を早めた。