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モヤモヤしたままの週末である。
本日も魔法の修行を――といきたかったのだけれど、今日は今日で夢矢くんのご両親が出張先のアメリカから帰って来るとかで、またひとり、わたしは帰路に就いていた。
彼女であるわたしをご両親に紹介しようとかいうつもりはないのか、と苦言を呈してみたのだけれども、そんな苦言を呈しながら思ったのは、それはそれでなんか恥ずかしいような、面倒臭いような、まだ気が早いような、そんななんともいえない複雑な気持ちになってしまったのだった。
夢矢くんにも「すぐにアメリカに戻るわけじゃないし、そのうちね」とお茶を濁されたのが、それはそれでなんとも我が心を複雑化させる。
というわけで、ヒトミに「一緒に帰ろーぜ!」と誘ってみたのだけれど、
「あ、今日は友平くんとデートしながら帰るから!」
と、にべもない返事をされてしまった。
友平くんとは隣のクラスの男子生徒のことである。
スラリとした高身長のかっこいい爽やかボーイなのだけれど、いったいいつの間に付き合い始めたんだ、こんにゃろーめ!
するとヒトミはふふんっと鼻で笑ってから、
「また今度教えたげる!」
そういいながら、ヒトミは教室の前の廊下で待っていた友平くんのところまで、小走りに駆けて行ってしまったのだった。
ぬぬぬ……なんだろう、この気持ちは!
羨ましくなんてないぞ、羨ましくなんて……!
モヤモヤ、モヤモヤ、モヤモヤ――
むむむ、やっぱりなんか気に入らない。
よし、今日も真帆さんのところに遊びに行こ! この胸のモヤモヤを真帆さんに聞いてもらっちゃおう!
なんなら、昨日心音さんがクマのぬいぐるみを受け取った時に見せたあのわずかな変化について、問い詰めてやるんだから!
なんてことを思いながら歩いていると、
――ツンツン、ツンツン。
わたしの後ろ頭を、誰かが何度も突っついてくる。
「え? 誰?」
驚いて振り向いて、
「――はぁっ?」
わたしはさらに目をひん剥いた。
そこには、空中に浮かぶ、ピンク色の折り鶴があったのだ。
まるで宙をはばたくように羽をひらひらさせながら、折り鶴はしばらくわたしの目の前を浮かんでいたのだけれど、不意にわたしの脇を抜けて、す~っと視界から消えてしまう。
わたしは咄嗟に折り鶴の飛んでいったほうに振り向いて、数メートル先でわたしを見つめている(ように見える)折り鶴と目が合ったような気がした。
折り鶴はまたしても私に背を向け、数メートル飛んでいったかと思うと、またまたわたしの方に顔を向ける。
「……なに? ついて来いってこと?」
わたしは折り鶴に導かれるまま、川辺の遊歩道をてくてく歩いた。
橙色に染まった空が水面に反射して、なんとも幻想的な風景だ。
まるで輝く黄金のような色合いに、わたしは一瞬、見惚れてしまう。
それからしばらく進んだところで、不意に折り鶴が宙に浮いたまま動かなくなった。
「あれ? どうしたの?」
訊ねれば、折り鶴はわたしの口に急に貼り付くような仕草をして、
「――え、なになに、なにすんのよ!」
その瞬間、パシッと折り紙が開いたかと思うと、わたしの口に封をした。
「もごっ? もごもごもごっ?」
なんだなんだ! こいつ、わたしをどうするつもり? まさか、口を封じて呼吸困難に陥れて――いや、でも鼻の穴は塞いでないからしっかり呼吸はできるわけで――いやいや、だからってこれは――と焦って助けを求めようと辺りを見回したところで、
「――もご?」
道の向こう側から、ふたつの人影がこちらに歩いてくるのが見えた。
おお! あのふたりに助けを求めて――と思ったところで、口に貼り付いていた折り紙が急に剥がれて、ぺちんっとわたしの頬を一発はたく。
「ひえっ!」
わたしはその唐突な攻撃に驚き、思わず腰を抜かしてバランスを崩し、すぐ近くの生垣の中にどしんと転倒。激しく尻もちをついてしまったのだった。
「……なんだよ! なんなのよ、もう!」
とお尻をなでなでしながら唇を尖らせたところで、折り紙が再び折り鶴の形を成し、じっと生垣の向こう側、わたしがさっきまで立っていたところを見つめている。
むむむ――わけのわからんやつ。
苦々しく思っていると、生垣の向こう側に、こちらに向かって歩いてきていたふたりの姿が見えた。
「――あれ?」
その姿に、わたしは何度目かの眼を見張った。
その道を歩いていたのは、あの自転車配達員であり、バーガーショップの店員であり、スーツ姿のサラリーマンだったお兄さんと、心音さんだったのである。
え? なにこれ。なんであのふたりが並んで歩いているわけ? どゆこと?
そのわけを訊ねようと前のめりになったところで、
――ペチンッ!
あの折り鶴が、またしてもわたしの頬を軽くはたいた。
にゃにすんのよ、こんにゃろーめ!
折り鶴を睨んでいると、お兄さんと心音さんは川を臨むように設置されたベンチのところに腰を下ろし、なにやら笑い合いながら、あの綺麗な夕日と光を反射する水面に眼を向けた。
心音さんの手には、あの2匹のクマのぬいぐるみが抱かれている。
ふたりはしばらく黙って綺麗な夕日を眺めていたが、やおらお兄さんは提げていたバッグから小さな箱を取り出すと、それを心音さんに差し出しながら、何か短く言葉を発した。
ここからだと、いったい何をいっているのかまでは、はっきりと聞き取れない。
けど、その次の瞬間、心音さんが嬉しそうに、頷くのが見えてそれを察する。
――まさか、そういうこと?
心音さんのいっていた彼氏ってのはあのお兄さんで、お兄さんがプロポーズしようとしていたのは心音さんだったってこと?
おにいさんは彼女さん、つまり心音さんにはバイトしているのを秘密にしてるみたいなこといってて、心音さんは彼氏、つまりおにいさんが毎日残業や吞みにいっているという話しを……?
えぇ? マジで? 何それ、できすぎじゃない? こんな偶然ある?
驚くやら、戸惑うやら。
わたしは手で口を覆いながら、眼を白黒させてしまった。
そんなわたしに、再びツンツン、頭を突っついてくる空飛ぶ折り鶴。
今となっては、この折り鶴だって誰の差し金か想像できる。
「――真帆さんの魔法でしょ、あんた」
わたしが口にすると、折り鶴は頷くように何度か上下に動いてから、再びす~っともと来た道の方へ飛んでいく。
それからまたもやわたしに顔を向けてきた。
その姿はまるで、「そろそろ行きますよ」と真帆さんがいってるような気がしてならなかった。
わたしはそんな折り鶴に、もう一度心音さんとお兄さんが幸せそうに抱き合う姿を確認してから、渋々ながら、ついていくことにしたのだった。