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お城
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#BL
『 』
114
【一】花火にかき消された声
白)つい昨日まで人間を毛嫌いしていたのは貴方様でしょう?一体あの童のどこがお気に召したと⋯。
桃)⋯りうらの魂の形が⋯似てるんだ。俺の兄上の魂と、そっくりなんだよ
桃)だから久しぶりに兄上に会えたみたいで嬉しくて⋯舞い上がっちゃって、
白)⋯⋯⋯こういうとき⋯僕が何も言えなくなるの、知ってますよね⋯?
桃)うん。初兎は優しいからね、笑
桃)⋯⋯花火が一番綺麗に見える場所を追い求めて歩いてたら、あの子がいたの。本気で兄上かと思った。でも違くて⋯
桃)鬼族に輪廻転生って概念はないと言い伝えられてるけど⋯人を食す集落とは無縁の俺たちは、例外なのかもね
白)⋯⋯つまり、生涯人の血肉を食わずに亡くなった璃羽蘭様は輪廻転生を果たし、死に場所であるこの神社の次男として生まれ変わった、と⋯?
桃)うん、そんな感じ。
桃)なぜだかあの子のことをりうらって呼びたくなって⋯呼んでみたら本当にりうらって名前らしくて。吃驚だよ、俺も
初兎は俺が抱えている“過去”⋯⋯現代風に言うならば、とらうま?のことを理解してくれている、数少ない存在だ。
⋯⋯ほう、過去だの伝説だの曖昧で気になるだって?ならば仕方ない。この場を借りて、大神神社の伝説『神・威風の鬼退治』を簡単に紹介してやろう。
・・・・・・
男)⋯⋯これで14人目だ、鬼に食われて死んだ村人の数は⋯。
女)⋯鬼の長を殺しましょう。そうせねば、いつかこの村は滅んでしまうわ
男)とは言っても、百姓ばかりのこの村ではまともに戦えぬ⋯刀狩令さえなければ武器は揃ったというのに、
女)武士の方々にお願いしましょう。幸い、この村は海と山に挟まれていて毎年豊作。ご馳走を振る舞うことは可能よ
男)おい!今から江戸に向かい、武士様を連れ帰ることができる者はおらぬか!
───時は江戸の世、自然豊かな村。
鬼の中でも人喰い族とそうではない族があることなど露知らず、人間は“鬼”全体への恨みを膨らませていった。そうしてとある一人の武士が、鬼の長を退治してほしいという依頼を承った。村の作物の3割を献上することを報酬として。
桃)兄上、水浴びしないのですか⋯?
赫)⋯⋯⋯ああ。気分ではなくてな
蒼)⋯⋯あれが人喰いの鬼か⋯。
武士の名は威風。当時はまだ青年と呼べるほどの若さだった。威風は息を潜めて、鬼の様子をじっと観察する。
赫)⋯⋯那瑋子、お前は先に帰りなさい
桃)えっ⋯?なぜですか、?
赫)⋯その草陰に人間が潜んでおるのがわからぬか。豊臣の刀狩の影響を受けず刀を持ち続けているということは、恐らく位の高い者だ。警戒せねばならない
桃)⋯お、俺も戦えます!兄上1人では、皆が心配しますよ⋯⋯!
赫)俺は大丈夫だ。集落の皆にもそう伝えてくれ。初兎、那瑋子を頼めるか
白)承知。行きましょう、那瑋子様
桃)待って、兄上は何も悪いことしてないのに⋯!兄上が負けるのも嫌だけど、兄上が勝って人殺しになるのも俺は嫌です⋯!俺たちと逃げましょう、兄上!
赫)⋯⋯悪いが長としてそれはできない
赫)ごめんな、那瑋子。
兄上の優しさと切なさが入り交じった紅い瞳に見つめられ、俺は何も言い返すことができなくなった。
蒼)余所見をしている間に、その首を落としてやろうぞ!この悪しき人喰い鬼め!
赫)違う!俺たちは鬼だが、この数百年の間で人を食ったことは断じてない!
蒼)その証がどこにあると言うのだ!
桃)っ⋯どうか、ご無事で⋯⋯。
俺と初兎はそのまま集落に戻り、仲間たちに事の全てを話した。
黑)心配だが⋯長ならばきっと、敗れることなどないだろう。
瑞)うんうん、きっと大丈夫だよ⋯!
桃)でも⋯俺、いつまでも守られてばかりではいけないと思うんだ⋯⋯だって、もうすぐ100歳になるんだよ?もう戦えるのに、どうして兄上は⋯⋯
白)⋯長にとって、貴方様は命に変えても守りたい存在なのではないですか。
桃)⋯⋯⋯うん、でもやっぱり⋯俺は兄上のところに戻ろうと思う。
黑)⋯承知。ならば初兎を護衛にお使いください。単独行動は危険です
瑞)護衛、できるよね?初兎ちゃん!
白)⋯⋯はぁ⋯わかったよ⋯後々長に怒られても僕は知りませんからね?
桃)うん。わかってる。
桃)は⋯はっ⋯ぁ、兄上⋯⋯っ!?
長い距離をひたすら、無我夢中で走った。俺は初めて息切れを経験した。走った先にいた兄上は、崖から落ちる寸前。俺は咄嗟に、兄上に手を伸ばした。
赫)な、なぜ⋯こちらへ⋯⋯、?
桃)御託は後です。とにかく兄上を引き上げます。さあ、捕まってください
赫)⋯無理だ、諦めてくれ。
桃)どうしてですか!このままでは⋯
赫)いいんだ、もう⋯大丈夫だから、
桃)兄上が何をお考えかはちっともわかりません。それでも⋯⋯早く、早くこの手を掴んでください⋯!兄上を失ったら俺、どうやって生きていけば⋯⋯!
赫)止せ、俺のことは見放すんだ。俺はもう⋯助からない。腹の傷が深すぎて⋯人を食わないと回復できない⋯⋯
桃)っ⋯で、でも⋯他にも方法は、
赫)人喰いになってまで生き永らえたくはないんだ⋯だから、お前の手を握ることは⋯できない。愛しているよ、那瑋子。最期にお前を守れて、よかった⋯⋯
桃)そんな、兄上⋯!嫌だ、兄上っ!!
兄上は人の血肉より自らの死を望んだ。最期の最期まで優しい御人だった。
“愛している”⋯⋯唐突な愛の告白に、俺は応えることができなかった。そのまま兄上は崖の下に落ちてしまったのだ。
後日発見された兄上の水死体は崖の傍に埋められたそうで、その上に祠をつくり、兄上を鎮めているのだとか。
つまりあの神社の目的は本来、鬼退治をした威風を神として拝むのではなく、兄上の魂を鎮めることだったのだ。
ずっと偉大なる兄上の魂があのような祠如きで鎮まるわけがないだろうと思ってはいたが、魂が転生を果たしていたのなら話は別。大神神社は兄上の魂を鎮めようとしたにも関わらず、再びその魂はこの世へ戻ってきた。神主の次男として。
桃)初兎、なんで⋯なんでお前はそんなとこでぼーっと突っ立ってたの!?兄上のこと⋯一緒に助けてくれてもよかったじゃん!!ねぇ、何か言ってよ⋯!
白)⋯い、威風が⋯集落の方に、向かって⋯でも、僕が任されたのは、貴方の護衛だから⋯だけど、長でも勝てない相手に、優助さんや瑋懜くんが勝てるわけないって、わかってて⋯でも、でも⋯!
桃)っ⋯!そうか⋯ごめんね、初兎。
桃)⋯⋯兄上、申し訳ありません。俺は皆のところへ戻らねばならぬようです⋯ 再びこの地へ戻ってくると約束します。では、また逢いましょう、兄上⋯
桃)⋯別れの挨拶は済んだ。参ろう。
白)⋯⋯っ、はい。さようなら⋯長、
威風の鬼退治は、それだけでは留まらなかった。鬼の長の討伐のみが依頼内容であったにも関わらず、彼は瑋懜や優助を含む俺たちの集落にいた鬼を皆殺しにした。
⋯⋯俺は鬼だから、人の子のように泣くことはできない。それでも、心の内は傷だらけだった。鬼にも感情はあるのだ。
黑)っ、⋯な、ぃ⋯こ⋯⋯様、
桃)ゆうすけ⋯っ!そんな⋯彼奴、なんと惨いことを⋯⋯!
白)⋯⋯い、瑋懜くん⋯?瑋懜くん⋯⋯!嗚呼、どうして⋯こんなことに⋯。
瑞)しょ、⋯ぅ⋯⋯ちゃ⋯⋯、
黑)⋯お逃げ、くだ⋯さい⋯⋯暫くは、ここから⋯遠く離れた地へ⋯どうか⋯
桃)そんな⋯集落の皆の亡骸を放って遠くへ行くなどできるわけが⋯!
瑞)⋯⋯長を、つれて⋯にげて、しょうちゃん⋯きみが、御守り⋯するんだよ⋯長と、那瑋子様を⋯⋯、
白)っ⋯その⋯⋯長は、もう⋯。
黑)⋯そうか⋯長と共に、逝けるのか⋯
瑞)それじゃあ⋯僕らは、天で⋯璃羽蘭様の護衛を、するよ⋯⋯しょうちゃん、きみは⋯新たな長の護衛を⋯お願いね、
白)⋯⋯ああ、約束する
優助も瑋懜も、無惨な死に方をした。せめて俺たちの手で弔ってやれたことを、今でも幸せに思っている。
桃)⋯人とは暫く距離を置こう。この怒りが鎮まる、その時までは。
白)人里離れた場所に住処をつくり、400年ほど経ってからあの地に戻って、先代の長の体を探りましょうか
桃)うん、そうだね。兄上をこの手で埋葬するまで、俺は兄上が亡くなったなんて認めたくはないからね。
そう、認めないつもりだった。けれどりうらを見つけたその瞬間、嫌でも悟った。嗚呼、もう兄上はいないんだ、と。
・・・・・・
白)⋯⋯とにかく、これ以上人の子と関わるのはおやめくださいね。そもそも貴方が決めたのでしょう?『人間と恋仲に至るのは禁止』だと⋯。
桃)⋯そっか、そう言えばそんな掟も定めたような気がするね⋯⋯あはは。
白)はぁ⋯本当にいい性格してますよね、貴方は。というか、仮に璃羽蘭様が転生していたのが事実だとしても、あの子と璃羽蘭様は同一人物ではないのです。それは貴方もよくおわかりでしょう?
桃)⋯⋯うん、わかってるよ
白)⋯では、お控えくださいね。
桃)⋯⋯⋯うん。わかってる
・・・・・・
赤)ここもいない⋯なんで来ないの、
朝からなぜか落ち着かず、境内をひたすら探し回る。あの鬼に再び会うために。
赤)あっつ⋯こんなの着てらんねー。
当然のことだが、この時期の俺たちは分厚い神職装束を着て行動しなければならない。そのせいと言うべきか、何時間も熱を発散させられないまま歩き回ったので、軽い熱中症になってしまった。
青)ったく⋯今日は安静にしとき?笑
赤)でもっ⋯探さなきゃ⋯!この神社にお兄様が封印されてるって⋯だから封印されてる場所さえわかれば、そこにあの鬼がいるはずだって⋯思って、
青)⋯⋯それ、あの祠のことやない?
赤)⋯え?まろが小さい頃にふざけてよじ登って足滑らせて怪我したあの祠?
青)おいおい、その話はあかんて⋯普通に黒歴史やからやめてや、笑
赤)⋯⋯そうだね、あそこしかないね
赤)俺、行ってく───
青)待て。俺が少し前に言うたこと、もう忘れたん?今日は安静にしろ。ええな
赤)⋯⋯⋯⋯はーい、
・・・・・・
祭囃子と共に、大神夏祭りの2日目が幕を開ける。綿菓子の甘い匂いに誘われ──たフリをして──外に飛び出す。
⋯⋯“あの場所”なら貴方の影を見つけられそうで、朧げに姿を探す。人々が生む喧騒を気にも留めず、昨夜ぽっと芽生えた淡い思いを胸の内に残して。
赤)⋯この下に、ないこさんのお兄様が眠ってる⋯⋯ってことだよね、
祠に近づいてみると、なぜだか懐かしさを感じた。まろが怪我して祠に近寄るのが禁止される以前の時期を懐かしんでいるわけではない。それよりももっと前の、俺が俺ではない頃の記憶を────。
赤)⋯⋯待って、何考えてんの俺
赤)⋯俺が俺じゃないって何だよ、笑
ないこさんに早く教えてあげなきゃ。貴方のお兄様はここにいるはずだと。 だから早く会いに来てよ、先に『またね』と言ったのは君の方だろう。
赤)⋯⋯ないこさん、
桃)呼んだ?
赤)うわっ!?よ、呼んだけどさ⋯急に驚かすのやめてよもう⋯⋯
桃)ごめんごめん笑
桃)⋯ねぇ、呼び方変えてみてよ。そんな堅 苦しいのじゃなくて。俺、りうらとは仲よくやっていける気がするし!
赤)え⋯ずっとここにいてくれるの、?
桃)あ〜⋯それは微妙かもなぁ、笑
桃)可能ならもちろん、ずーっとここにいるつもりだよ。あ、ねえりうら。これってもしかして、兄上の祠?
赤)うん、そうだよ。それを伝えてあげたくてないこさ⋯ないくんを呼んだの
桃)そっか⋯ありがとね!⋯⋯でも、兄上が埋葬されたのって数百年前のことだし、もう白骨1つも残ってないよね。
赤)⋯へぇ、鬼にも遺骨を大切にする文化とかあるんだ。割と意外かも
桃)いや、そんな文化はないよ笑
桃)ただ⋯触れたかったんだ、兄上に。あの時、兄上に触れられなかったから⋯
ないくんがお兄様の話をする時はいつも、切なくて儚くて、今にも夜空へ消えてしまいそうな笑みを浮かべる。
赤)⋯ねぇ、昨日から思ってたことがあるんだけどさ⋯⋯ないくんは、大神神社の伝説に出てくる“鬼族の長の寵愛を受ける、容姿の若き鬼”だったりする?
桃)⋯⋯⋯そうだよ。俺は威風を相手に何もすることができなかった⋯今ではこうして長と呼ばれるほどには強くなったけど、元は弱っちい奴だったの
桃)⋯鬼にとって、人間の血肉は最大の栄養源。だから元は人との共存を望んでいたはずの鬼の中から、人喰い族が生まれた。でも俺や初兎ちゃん、兄上は違った。変わらず人と生きる道を選ぼうとしていた。それなのに人間は、長を殺せと⋯⋯
桃)⋯⋯兄上は本当に強い御方だった。あのような武士如きに敗れるはずがない。きっと兄上は殺せなかったんだよ、人間を⋯まだ若かった威風を。
赤)⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
桃)⋯⋯それでも、人間にとっては鬼の討伐が正義。もう恨んじゃいないさ。こうしてまた巡り会えたわけだし⋯
赤)⋯会えたって、祠に?
桃)⋯いや、君にだよ。ねえりうら、よく聞いて。俺の兄上の名前はね────
───“璃羽蘭”だよ。
赤)⋯っえ、?
桃)ついでに⋯と言ったら失礼だけど、集落にいた特に強い鬼たちの名は“優助”と“瑋懜”だ。りうらの周りにいるよね?似たような名前の子供たちが。
赤)ゆうすけ⋯あにきのこと、?それにいむは⋯ほとけっちの昔のあだ名⋯。
赤)ちょっと待って、どういうことだかさっぱり⋯じゃあ、まろは⋯⋯?
桃)ま、まろ⋯?それは知らないな、
赤)違う、まろはあだ名。まろの本当の名前は“いふ”なの。威風さんは“いふう”だけど⋯凄く似てるよね、?
桃)⋯そいつ、りうらとどんな関係?
赤)え⋯俺のお兄ちゃんだけど、
桃)っ⋯⋯やっぱり、神様なんて存在しないのかもね。残酷すぎるよそんなの。前世で命を奪われた者を今世の兄にするなんて⋯記憶がないだけマシだけど、
赤)⋯⋯いや、でもさ。まだ転生したって確定したわけじゃないじゃん。
桃)⋯そうだよね。りうらに前世のことを思い出してって言うのも酷なことか
そう言うと、ないくんは静かに目を閉じて合掌した。何かを探るような気配で。
桃)⋯威風の魂は確か、膨大な自信と僅かな哀しみが混ざった藍色だったはず。それと酷似している魂は境内に⋯⋯あった、あの舞台の上で踊ってる子か。
赤)そんなのわかるんだ⋯凄いね
桃)まあね。だからりうらが兄上の生まれ変わりだってことも、一発でわかったよ。それとりうらのお友だちのことも。微かに感じてたんだよ、優助と瑋懜がこの境内のどこかにいるかも⋯ってさ。
赤)⋯⋯そこまで言われたらもう、信じるしかないじゃん⋯⋯そっか。俺、前世は鬼族の長だったんだ。そして⋯ないくんのお兄ちゃんだったんだね。
桃)⋯うん。ねぇ、りうら。りうらを兄上の代わり⋯?みたいにしてしまうのは凄く申し訳ないんだけど⋯⋯
桃)兄上に伝えられなかったこと、今⋯りうらに伝えさせてくれないかな。いつか兄上の前で言おうと思ってたんだ
赤)もちろんだよ。それで俺も何か思い出せたらWinWinなわけだし。
桃)⋯ふふ。ありがとう、りうら
ないくんは微笑みを浮かべたと思えば、急に真剣な眼差しを向けてきた。2人の視線が交差する。そのただならぬ雰囲気に、俺は思わず唾を飲み込んだ。
桃)⋯⋯⋯兄上。まずは、俺が弱かったばかりに兄上を救えなかったことを、詫びさせてはくれませぬか。
どうするべきかわからなかった。人間のりうらと、鬼の璃羽蘭⋯⋯どちらでいるべきなのかわからない。けれど、今ないくんが求めている言葉はきっと───。
赤)⋯⋯ないこ、もういいんだよ
赤)俺に縛られず、自由に生きて。
桃)っ~⋯⋯!兄上っ⋯!大好き、大好きだよ兄上⋯⋯ごめんなさい、何百年も逃げ続けて⋯そして⋯また会いに来てくれて、ありがとうございます⋯っ
鬼が涙を流すことはない、そんな言い伝えを耳にしたことがあった。でもそれは、人間の勝手な思い込みだったのだろう。
鬼は無慈悲だという固定概念に囚われた、くだらない思い込み。だって今、ないくんはこんなに涙を流しているのだから。
そして俺とないくんが出会った場所は、“泪鬼の崖”だから。
赤)⋯⋯っないくん、俺と出会ってくれてありがとう⋯大好きだよ。
桃)っ、りうら⋯うん、大好きっ⋯!
地平線に重なった太陽と、反対側の地平線から顔を出した三日月。それらの距離とは正反対に、俺たちは昨日知り合ったばかりであることも忘れ、互いを抱きしめ合う。ないくんは鬼である故、体がひんやりと冷たい。俺の体温が段々と奪われてゆく。
赤)⋯⋯⋯⋯。
桃)っ⋯⋯、
ないくんの体から俺の体を引き離し、覗き込むようにないくんの瞳を見つめる。
桃)ぁ、あの⋯何かあった、?
赤)⋯いや、俺⋯大好きとか言っておきながら、まだないくんのことをあんまり知らないなと思ってさ⋯⋯。
桃)確かに⋯でもね。いきなり見つめられると結構恥ずかしいもんだよ、笑
赤)え⋯?それはごめん、
桃)⋯⋯俺もりうらのこと、視界いっぱいに収めてみたいな。いい?
赤)⋯断れないよ、そんなの⋯⋯
桃)えへへ、ありがと
桜のような明るい桃色の瞳。瞳と似た色をしたないくんの髪。不意にはにかんだ彼の唇の間からちらっと覗いた、鬼特有の鋭い歯。額に生える、2本の角。嗚呼、全てが妖艶に思えてしまう。
桃)⋯⋯⋯⋯⋯、
ないくんの手が俺の手へと伸びてきた。長く鋭い爪が目に留まる。触れたら痛いかもと思ったのだろうか。ないくんの手が俺の体に触れることはなかった。
⋯⋯君は一体何を考えているの?君の仕草に俺は惑わされてしまいそうだよ。
“⋯兄上!!”
赤)っ⋯⋯⋯。
───このような調子では、いつかきっと思い出してしまう。
赤)⋯ねぇ、ないくん。今から2人で屋台回らない?あと花火も見よう!昨日は誰かさんのせいで全然見れなかったからさ、今日は俺に付き合ってよ。
桃)はい⋯その“誰かさん”が大人しく責任取りますね⋯⋯あ、俺がいると多分騒がれちゃうから、透明になっちゃおうかな。りうらも透明人間なっちゃう?
赤)妖術かけてくれるのっ⋯!?✧*。
桃)その反応は同意と受け取って構わないよね。じゃあ、目瞑って。
ないくんの妖術によって、俺の体は無色透明になった。どうやら見かけだけが透明になっているらしく、現世の物体に触れられなくなるわけではないそうだ。
赤)りうら綿飴食べたいなー
桃)いいよ、行こ!
不意に繋がれた手と手。まるでアニメのワンシーンのように、ないくんに手を引かれて屋台の方へと走り出す。昨日の速度とは比べ物にならないから、恐らく俺の速さに合わせてくれているのだろう。
桃)甘くてふわふわ⋯!こんなの初めて食べたよ!人間は凄いなぁ⋯!!
桃)あ、こっちは焼きそばだ!美味しそうな匂い⋯!いただきまーす!
赤)ちょ、そんな次から次へと⋯
桃)んま〜!夏祭り最高っ⋯!
桃)次は〜⋯あ、金魚すくいやりたい!
赤)ん。わかった
桃)ほっ!⋯あれ、破けた。
赤)そんな角度じゃ破けるに決まってるじゃんかー。ほら、貸して?
赤)こうやって掬えば⋯1匹ゲット!
桃)わ⋯!りうらすごーい!!
男)⋯ポイが勝手に動いてる⋯⋯?
男)あれ、俺ここに綿飴作り置きしてなかったっけな⋯?気のせいか?
男)焼きそばがなくなった⋯なぜだ!?
赤)⋯なんか、お化けになった気分!笑
桃)んー⋯確かに、?笑
赤)万引きしても怒られないの神⋯!
桃)神主の息子なのに、そういうところは神様に背いてるんだね⋯笑
赤)え〜。たかが1000円とそこらだし、まあ大丈夫でしょ!
画面の前にいるよい子の皆は、絶対に俺たちの真似をしたら駄目だからね。あ、悪い子ももちろん駄目だよ。
桃)大丈夫なのかな⋯?あ、もうそろそろ泪鬼の崖に行こうよ。今日のメインディッシュは花火だもん!
赤)時代遅れの鬼でも“メインディッシュ”は知ってるんだ⋯⋯。
桃)それ馬鹿にしてない?
ぷくっと頬を膨らませ、明らかに不機嫌そうな顔をするないくん。そんなところも愛おしく感じる俺も、つくづく馬鹿だ。
不意に視線を顔から下へ移す。鮮やかに咲いている浴衣の袖の花。この神社に咲いている花と同じだ。夏宵の心は、それだけのことでも運命だと錯覚する。
桃)もう先行っちゃうもんね!
赤)あ、待って!ごめん⋯⋯って、もう豆粒サイズじゃん⋯足速すぎ、
白)おい、そこの童。
赤)⋯⋯⋯もう驚かないよ。このパターンには慣れたから。それで、何?
白)⋯⋯これ以上長に近づくな。お前が璃羽蘭様の生まれ変わりであることも理解している。それでも、お前と璃羽蘭様は全く別の人物だ。でも長は、自らお前と離れようとはしないだろう。だから⋯
赤)⋯なんで自分の主の意思を尊重してやれないの?ないくんが俺と一緒にいたいと願うならば、それを叶えてやるのが君の役目だと俺は思うけどな。
白)っ⋯僕だってそれが可能ならばとっくにそうしてるさ。でも⋯鬼が人間に恋に落ちてしまうと、残酷な未来が⋯⋯
赤)⋯⋯何、それ
白)⋯璃羽蘭様が生前、ないこ様に向けていた感情は⋯きっと兄弟愛以上のものだった。それは誰が見ても丸わかりだった。そしてないこ様自身もそれに応えようとしておられた⋯だからな、このままでは長はきっと、君に恋をしてしまう。
赤)⋯⋯⋯残酷な未来って、何。
白)鬼族の掟故に言えない。僕が今君とこれだけ話していることも、本来は掟破りと同等の重罪だ。それでも、長を失うくらいなら僕は掟なんか破ってやるんだ
赤)待って。長を失うって⋯?じゃあないくんがりうらに恋したら、ないくんは死んじゃうってことなの?
白)⋯⋯鋭いな、君。流石は元長だ
赤)っ、そんな⋯そんなの酷いよ、
白)これでわかっただろう。だからもう⋯今日で終わりにしてくれないか。
赤)でもっ⋯俺は、ないくんが好きなの
赤)俺の魂がずっと叫んでるんだ。ないくんを手放してはいけない⋯って。
白)⋯それは璃羽蘭様の魂か?それとも君のエゴか?どちらにせよ、今の君は人間だ。長と関わる理由がない。
赤)好きな人と一緒にいるために理由が必要だなんておかしいだろ!?
白)僕は好きな人を失いたくないならば今すぐ離れろと言っているんだ!!
桃)2人ともぷんぷんして物騒だぞ〜?俺のために争わないでよね♡
白)⋯⋯⋯は??
桃)ごめん、ちょっと調子乗ったね
白)かなり乗りましたね。
赤)⋯ねぇ。人間に恋したら⋯⋯ないくんは死んじゃうの?
桃)⋯⋯⋯え?それなんの冗談?笑
赤)誤魔化さないで。初兎さんが全部教えてくれたんだよ。さっきは抱きついたりしたけど、俺たちは関わり方を変えていかなければいけないって⋯⋯。
白)は?だ、抱きついたのですか!?
桃)んー⋯まあ大丈夫!2人は気にしなくていいことだからさ!ねっ?
赤)⋯⋯ふーん。ならいいけど⋯、
桃)そんなことより早く崖の方行こ?
赤)⋯うん、行こっか。
白)⋯⋯それでよろしいのですか、長
桃)⋯心配ありがとね、初兎。
君が溢した嘘に似た、写実の絵。真実のように思えて、実は偽りで。この想いもこの先の関係も、何が正解で何が誤りなのか、俺には一切わからない。それでも。
赤)⋯⋯ないくん⋯その、なんて言えばいいのか⋯わからないんだけどさ。
赤)⋯“月が見えませんね”、なんて⋯言わないで⋯⋯っ、お願い、
桃)⋯⋯!現代っ子もそんな言い回しをするんだね。“ろまんちすと”ってやつ?
桃)⋯⋯⋯安心して、りうら。俺にはずっと綺麗な三日月が見えてるよ
花火の打ち上げが行われる西の夜空に向かって、ないくんはぽつりと呟いた。
・・・・・・
夜空に打ち上げられた、無数の花火。色とりどりの光が俺たちを照らしている。
桃)⋯⋯⋯兄上、
赤)⋯⋯⋯⋯。
花火には元々、鎮魂の意味がある。俺たちを照らす光は、この場所で亡くなった璃羽蘭さんの魂を鎮めるためのもの。だが、璃羽蘭さんの魂はこうして廻った。鎮まるどころか次の命に紡がれたのだ。
赤)⋯⋯ありがとう、璃羽蘭さん
貴方の無念を俺が晴らすよ。貴方が愛した人を、今度は俺が────否、この言葉はきっとないくんにとって“呪い”になるだろうから口には出さないけれど。
赤)⋯綺麗だね、
桃)うん!すっごく綺麗⋯!
『君のことだよ』なんて言えないまま、大神神社の夏祭りは幕を閉じた。俺はやはり馬鹿だった。約束されてなどいない『明日』を信じてしまっていたのだ。
・・・・・
青)⋯昨日なったばっかやん、熱中症。待つなら室内で待っとき?りうら。
赤)⋯⋯⋯ううん、大丈夫
⋯⋯ないくんは、夏祭りと共に姿を消してしまった。当然、初兎さんもだ。
ついでに、俺はまろの顔をまともに見ることができなくなった。前世の記憶がぼんやりと思い出される中で、まろへの感情はどす黒くなってゆくばかり。あの時あいつと戦っていなければ、俺は那瑋子と⋯⋯そんな璃羽蘭さんの思いを感じるから。
赤)⋯⋯ないくん、会いに来てよ⋯
赤)前は呼んだら来てくれたじゃんか⋯また俺のこと、驚かせてよ⋯⋯
夏の暑さと蝉の鳴き声と神社の閑静さだけを残して、ただ1人ないくんだけが消えた。喪失感に満ちた虚しい夏だった。
季節は移ろい、翌夏。結局ないくんとは、この1年間で一度も再会できなかった。あの2日間の出来事は全て夢なのでは、とさえ思った。それでも俺は待ち続けた。
青)⋯⋯なあ。ここ暫くお前、俺のこと避けとるやろ。なんでなん?
赤)⋯べ、別に避けてるわけじゃ⋯
青)りうら⋯鬼に会ったって言うた時からなんかおかしいで。何かあったんやろ
赤)⋯⋯まろには言いたくない、
青)⋯ほんなら、訳もわからず1年間避けられ続けた俺の気持ちになってみ。どうや、言う気になったやろ?
赤)⋯⋯⋯ごめんね
青)⋯⋯ええよ。大丈夫やから
赤)⋯俺、俺ね⋯前世、実は⋯まろに殺されたみたいなんだよね、
青)⋯⋯⋯⋯え、?
赤)『神・威風の鬼退治』に出てくる鬼の長は、俺だったの。それで長の寵愛を受ける若き鬼が、俺が出会った鬼。俺の愛は威風によって引き裂かれたの。あ、あくまで前世の話ね。今は⋯好きじゃないよ
青)⋯つまり、俺の前世は威風⋯⋯?
赤)ないく⋯今の鬼族の長が言ってたから間違いないよ。鬼は魂の特徴を見分けられるんだって。だから、その⋯
青)それで顔合わせにくかったん⋯?
赤)⋯うん。ごめんね、まろは何も悪いことしてないのに⋯⋯、
青)⋯⋯よかった、
赤)ぇ、?
青)俺のこと嫌いになったんかと思って⋯やから今ほんまに安心した、笑
青)そうか、俺は威風なんやね。鬼族の長の命を奪った、あの伝説の武士⋯そんで今世はその命を奪った者と兄弟か
赤)はは、笑えるよね。
青)ほんま⋯笑うしかないわ
あれほど信じていた神様の存在も、結局は兄の前世で、前世の俺を殺した者で。それでもこの神社に留まり続けるのはきっと、また彼に会いたいからなのだろう。
青)⋯もうすぐ、夏祭りやな。
赤)⋯⋯そう、だね
俺はずっとここで待っているから、会いに来てね。ないくんならきっと来てくれるはずだと、そう信じているから。
《続》
月は東から昇るので、西の夜空に見えるはずがありません。にも関わらず月が見えていると言った桃さんの気持ちは───。
また、満月ではなくあえて三日月と言った理由は、一体────。
約1万文字、お疲れ様でした。サビ部分(クライマックス)は次回の内容になる予定ですので、お楽しみに。
コメント
5件
私はすごくいい子なので赤さんと桃さんの後ろ尾けます😎✨️(((( もうワードセンスもお話の進め方も全てが素敵すぎてこの世界線に住みたい😇💞(?) 控えめに言って愛してる🫶︎💕︎
わあ……第2話、めちゃくちゃ重くて美しい話でしたね。璃羽蘭さんの転生と那瑋子の想いが交錯する構成、魂の色を見分ける能力とか輪廻の仕組みとか、世界観の設計がしっかりしてて惹き込まれました。特に「鬼は涙を流せない」という言い伝えを覆すラストの涙のシーン、あそこは心臓掴まれました。月が見えなくても「綺麗な三日月が見えてる」って言う台詞の裏の意味、すごく好きです。続きが気になります!