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『第十六話 みんなの声』
──九月
新学期が始まった。
千夏はスマホのフォトアプリで夏休みの思い出を眺めている。
大学の門の前で結衣と撮ったセルフィー。タイミングが合わなくて半目になってて少し怖い。
花村生花店の店先でエプロンを身に着け赤面した自分。「可愛い」と言って花村さんが撮ってくれた。
お兄様と一緒に作ったカレーの鍋。一味唐辛子の瓶も側に置いて一枚。ナスも美味しかったな。
女の子四人でプールに行き、プールサイドで並んで一枚。みんな大胆な水着、私だけなんだか子供っぽい。
図書館で小説を読みながら目元に涙を浮かべたお兄様の隠し撮り。いつか見せて笑ってあげよう。
最後の一枚は、サッカーグラウンドで男の子三人と一緒に。最初は端に立っていたけど、真ん中に立つ隼斗くんの隣に隆太くんが押し込んだ。緊張した。
「ホームルーム始めるぞー」
担任の先生が教室に入ってきた。
千夏は慌ててスマホをしまう。
「さて。高校生活、最後の文化祭は何やる?」
担任が黒板へ「文化祭テーマ」と書く。まだ若い男の先生だけど、黒板文字がやたら上手い。
「なんでもいいよー 」
「めんどくさい」
「受験勉強しなくちゃ」
口々に消極的な意見しかでてこない。
担任は苦笑する。
「じゃあ、実行委員から決めようか?」
途端に教室は静まり返る。
誰もやりたがらない。
去年までなら、千夏も窓の外を見て終わっていた。
その時、結衣が肘で軽くつつく。
「ねぇ」
「ん?」
「やってみない?」
千夏は目を丸くする。
「私が?」
「うん、一緒にやろ?」
「む、無理だよ」
眉を下げる千夏に結衣は笑いながら言う。
「無理かどうかは、やってから決めようよ」
千夏は迷った。
だけど、結衣の笑顔が背中を押す。
千夏はそっと手を挙げた。
「……やります」
教室がざわつく。
「え?亜土?」
「珍しくね?」
少し恥ずかしい。でも逃げなかった。
俯きかけた顔を上げて、真っ直ぐ前を向く。
先生も嬉しそうだった。
「ありがとう、頼んだぞ。あと、もう一人!」
次の瞬間、結衣が元気よく手を挙げて立ち上がる。
「はーい!私もやりまーすっ!」
クラスのみんなは納得の拍手をした。
「よし、クラスの実行委員は亜土と神崎な。みんなも協力してくれ!」
こうして二人は文化祭実行委員になった。
しかし、その日の放課後、さっそく壁にぶつかる。
「みんな集まってー!」
結衣が呼んでも、男子はスマホ、女子は雑談に夢中だった。勝手にさっさと先に帰る生徒もいる。
「えー、今?」
「面倒くさ……」
誰も教壇の方を向かない。
千夏は恐る恐る言う。
「えっと……出し物を……」
誰も聞いていない。
教室が、やけにうるさく感じる。
息が詰まり、胸が苦しくなる。
結局その日は何も決まらなかった。
──帰り道。
「……ごめん」
千夏は小声で呟いた。
結衣が千夏の肩を軽く叩いて笑う。
「見事に全然まとまらなかったね」
結衣は明るく言ったが、千夏は俯く。
「……私が駄目だから」
「違う違う」
結衣は笑いながら首を振る。
「みんな、まだ“やる気スイッチ”入ってないだけ」
でも千夏には笑えなかった。
──結衣と別れた後、図書館に寄る。
問題集を解いていると、会社帰りの悠真が現れた。
「何かあった?」
悠真は千夏の表情を見るなり言う。
千夏は全部話した。
「私じゃクラスをまとめるなんて無理です」
「ふむ」
「誰も聞いてくれなくて……」
悠真は少し考えた。
「話、まとめようとした?」
「うん」
「だからかもな」
「え?」
「人ってさ、自分の話を聞いてくれる人の話なら聞こうって思うんだ」
千夏は黙る。道理はなんとなく分かるが、どうやっていいか分からない。
「まず、一人ずつ話してみたら?」
悠真は、具体的な方法を教える。
「まずは何をやりたいか聞くだけでいい。意見をまとめるのは、そのあとだ」
その言葉が胸に残る。
千夏は深く頷いた。
──翌日の始業前。
千夏は教室に入るなり、深呼吸をして日直の男子に声をかけた。
「た、田中くんっ」
「ん?」
「文化祭、何やりたい?」
突然、話しかけられた男子が驚く。
「え?俺?」
「うん」
「……ゲーセンとか?」
「ありがとう……!」
千夏はメモをとり、次に目についた女子に向かっていく。
「吉本さん!文化祭、何やりたい?」
「え?な、何?……えっと、Kポップスのカフェとか……?」
「ありがとう!」
その小さな一歩が、教室を少しだけ動かし始める。
千夏はまだ知らない。
「人の話を聞く」というこの日の経験が、いつか自分の進路を考える時に、何度も思い出すことになるなんて。
今はただ、目の前の文化祭のことだけで精一杯だった。
──続く
コメント
3件
実行委員なんて、千夏さん大変だ💦 みんなの声を聞いて、そこからなにか面白い出しものが思いついたら、楽しそうですね😆
第十六話、めっちゃ良かったわ…! 文化祭の実行委員ってだけでも緊張するのに、クラスがバラバラで誰も話聞いてくれないとこ、胸が痛かった。でも悠真さんの「まず一人ずつ話を聞け」ってアドバイス、めちゃくちゃリアルで刺さった。千夏が勇気出して田中くんに話しかけたシーン、良かったなあ。「ありがとう」って一言が効いてるんだよね。次回も楽しみ!🔥