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『第十七話 クラスのやる気スイッチ』
朝から千夏は、教室でノートを片手に歩き回っていた。
「文化祭、何やりたい?」
今までなら話しかけることすら緊張していた相手にも、少しずつ声を掛けられるようになっていた。
「メイドカフェ」
「脱出ゲーム」
「クレープ屋」
「フォトスポット」
「お化け屋敷」
「なんでもいい」
「ジェットコースター」
ノートはあっという間に文字で埋まる。
──昼休み。
千夏と結衣は机を寄せ、集まった案を眺めていた。
「……すごいね」
「うん」
「見事にバラバラ」
二人は同時にため息をついた。
誰の意見も楽しそうだ。
でも、一つにまとめる方法が分からない。
「どうしよう……」
千夏はノートを閉じた。
──その日の放課後。
花村生花店でエプロンを身につけながらも、千夏はどこか浮かない顔だった。
「いらっしゃいませ……」
花村さんが振り返る。
「今日はずいぶん小さな声ね」
「えっ?」
「何かあった?」
千夏は照れ笑いを浮かべ、文化祭の話をした。
クラス全員に意見を聞いたこと。
どれも良い案なのに、まとまらないこと。
花村さんは「ふーん」と頷きながら聞いていた。
「みんな、自分がやりたいことを言ってくれたんだね」
「はい」
「それって、すごくいいことじゃない?」
千夏は首を傾げる。
「でも、決まりません」
花村さんは店先の花を眺めながら言った。
「写真撮って思い出を残すの、好きでしょう?」
「はい……」
「人ってね、自分が経験したことなら、イメージしやすいの」
「経験したこと……?」
「食べ物もあって、遊びもあって……そういうものなら一つにまとまるかもね」
千夏は「あっ」と言う口のかたちになる。
千夏の頭の中で、散らばっていた案が少しずつ一つになっていく。
「……遊ぶ人も楽しめるし、お店をやる人も楽しめる……」
千夏は小さく呟く。
ノートに書かれた一つ一つの言葉が、頭の中で線になった。
「そっか…………!縁日!」
千夏はノートに一心にペンを走らせる。
そんな千夏の様子に花村さんが少し心配そうな顔になった。
「…………できました」
千夏は花村さんにメモを見せた。
花村さんはそれを読み、思わず吹き出す。
「ぷっ……あははははっ!これタイトル?」
「本当に……これでいいかな?」
「うん、すごくいいと思う」
「ちょっと……やりすぎ?」
「こういうのは勢いが大事よ!」
花村さんは可笑しそうに、ずっと笑っていた。
──翌日のホームルーム。
教壇に立った結衣は、両手を口に添えて大きな声を出す。
「みんな、聞いてくださーい!」
教室中の視線が集まる。
「最後の文化祭、ウチのクラスはこれやりまーす!」
そして、千夏と結衣は横に長い長い大きな紙を広げた。
そこには──
『ガチでエモい!!アオハル縁日カフェ!浴衣で映え確定♡インスタ超バズのフォトスポットもあるよ!!』
一瞬の静寂。唖然とした顔が並ぶ。
そして
「長っ!」
「何そのダサおもろいタイトル!」
「めっちゃウケる!」
「これ考えたの誰よっ!」
「そこっ!長いとかダサいとか言うなっ!」
結衣がムキになって言い返すと教室は大爆笑に包まれた。
結衣は負けじと胸を張る。
「まだ笑うの早い!ちゃんと聞いて!」
射的!
ヨーヨー釣り!
かき氷!
焼きそば!
たこ焼き!
ラムネ!
そして、浴衣も貸しちゃうフォトスポット!
結衣が身ぶり手ぶりで説明し、千夏が板書する。
説明が進むにつれ、笑い声は少しずつ「いいね!」に変わっていった。
「それ面白そう!」
「たこ焼きとかレンチンならいいんじゃね?」
「俺、射的作れる!」
「私、ポスター描く!」
「フォトスポット担当やりたい!」
「教室を丸ごと神社みたいにしようぜ!」
教室が一気に賑わう。
結衣がにやりと笑った。
「この企画を考えた千夏!最後に一言よろしくっ!」
突然名前を呼ばれ、千夏は驚いた。
「え!?亜土さんが考えたの!?」
クラスのみんなも意外性に驚く。
結衣に引っ張り出され、みんなの視線が集まる。
心臓が速くなる。
そして深呼吸を一つした。
「……ありがとうございます」
教室が静かになる。
「みんなの意見を聞いたから、この案ができました」
ノートを胸に抱く。
「一人だったら、思いつきませんでした」
少しだけ笑った。
「だから、うちの出し物は……みんなで作りたいです」
一瞬の沈黙。
そして、大きな拍手が教室に響いた。
「よし、やるか!」
誰かの声をきっかけに、みんなが動き始める。
そんな様子を見ていた結衣が千夏に耳打ちした。
「入ったね」
「え?」
「クラスの”やる気スイッチ”」
千夏は教室を見渡した。
さっきまでまとまらなかったみんなが、もう誰からともなく準備の話を始めている。
本当に、入ったんだ。
文化祭まで三週間。
千夏にとって忘れられない日々が始まる。
──続く
コメント
3件
すごい✨️こんなにたくさんのことをやるなんて、準備めっちゃ大変そうですね😳 でも楽しそう……!
花村さんのアドバイス「経験したことならイメージしやすい」って言葉、すごく納得でした。そこから千夏の頭の中で案が線になって「縁日」にまとまる流れが美しい。そしてあの長ったらしいキャッチーなタイトルはクラスの空気を一気に変えるスイッチになる。最後、みんなの拍手と結衣の「入ったね」の笑顔にじんわりきました。次、準備の風景が楽しみです。