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“文京区一家惨殺事件”
201X年11月深夜未明、閑静な住宅街で起きた近年稀に見る、当時十七歳の少年の犯行による凶悪犯罪事件。
現場に足を踏み入れた捜査員は、その惨状に思わず息を呑んだ。
一階で寝入っていた夫婦は、共に首の頸動脈を鋭利な刃物で切り裂かれ、その場で絶命したと思われる。
部屋内は赤ペンキをぶちまけたかの様に、部屋中の至る所に血痕がこびりついていたという。
当時一家で飼われていたゴールデンレトリバー(♂)が異変に気付き、吠えたてるが加害者に腹部を刺され、後に絶命。
飼い犬の吠え声に目を覚まし、二階から一階に降りた一家の長女(16)は、出会した加害者に腹部を刺され昏倒。
その時はまだ息があったと思われるが、後に頸動脈を切り裂かれて絶命。
被害者長女には性的暴行の跡があったという。
ゴールデンレトリバーの吠え声と、その後に続く悲鳴で不審を感じた近所の住民が通報。駆け付けた警察官にその場で逮捕された。
警察官が現場に駆け付けた時、加害者は逃走を計っておらず、浴槽でシャワーを浴びていたという。
逮捕された加害者はまだ十七歳の少年で、犯行の動機を『金目当て』とし、殺意については『証拠隠滅』『犬に吠えられたから』と無計画。
逃走せずシャワーを浴びていたのは『血がついたから』
特に支離滅裂さを示していたのが『ドグマオンが何とかしてくれると思った』
ドグマオンとは、未来からやって来た熊型ロボット(名前は厳ついが愛らしい)が、摩訶不思議な力で活躍する、現代を代表する国民的アニメの事。
長女への性的暴行については『苦しむ姿にムラムラした』等、非常に短絡的な犯行である事が伺える。
後にこの少年の精神鑑定が行われてから、その結果判定で今後を追及していく予定。
――――事件当日――――
************
「ふぅ、ごっそうさん」
事の終わった檜山は、チャックを閉めながら一息吐いた。
「血が汚ねぇな……。シャワーでも借りるか」
檜山はまるで何事もなく、汚れを落とすかの様に浴槽へ向かう。
その場に打ち捨てられた様に残された遺骸をそのままに。
家中に吐き気を催す鉄分の匂いが充満している。
床に伏せた少女の瞳からは涙の零れた跡が残っており、その開いた瞳孔が戻る事は、もう二度と無い。
よたよたと、夥しい血痕を垂れながら少女に近付く影。
彼は変わり果てた主人の涙の跡を舐め取ると、その場に暫し立ち尽くす。
『フンフーン』
近くからシャワーの音に混じって、陽気な鼻唄が聞こえてきた。
その刹那、突如近くの液晶テレビに電源が入る。
映し出されたのは、真っ赤な画像に狂座の二文字。
彼は死力を振り絞り、テレビ前まで歩いた。
“恨み晴らします”
彼は願った。この想いを。
だがこれにはお金が必要な事が理解出来た。
勿論持っている訳が無い。
“――この命、もう少しだけもってくれ……”
彼は思い出したかの様に二階へ上がる。
再び降りてきた時、彼の口には可愛らしいピンク色の、豚形貯金箱がくわえられていた。
“この想いは主人である少女と一緒に”
液晶画面には『受理されました』の文字。
それを確認した彼は少女の傍らまで行き、寄り添う様に瞳を綴じて、そのまま二度と動かなくなった。
それと同時に液晶の電源も落ちる。
けたたましいサイレンの音が聞こえてきたのは、それからすぐ後の事だった。
――――同時刻――――
※場所 ???
第一管理室(関係者以外立ち入り禁止)
“桔狂ノ間”
************
「参りましたね……」
そうパソコンの液晶画面を眺めながら、戸惑いがちに溜め息を漏らしていた。
どこぞの企業の管理室内だろうか?
消灯した室内に幾多ものパソコンが建ち並んでおり、それぞれに職員が向き合い職務にあたる。
時間は深夜帯。遅くまで残業御苦労様。
にしては、室内を消灯している意味が不明かつ不自然。ディスプレイの燈だけが、薄暗い室内の目印となっている。
しかし誰も疑問を口にしない。
これが非日常の日常だからだ。
「花修院社長、先程の依頼の事……ですよね?」
一人の女性職員が、先程の戸惑いに声を向ける。
薄暗さで共に全貌は視覚困難だが、彼女の声と立ち位置からして先程の呟きの声の主は、この企業の上司というか社長のようだ。
「ええ……。と、此処では“コードネーム”で呼びなさいとあれ程……。他の者に示しがつかないでしょう?」
「あっ! 申し訳有りません『霸屡(ハル)』様、つい……」
上司が部下の失態を咎める様なやり取り。
「全く貴女は……」
しかし不思議と殺伐さは感じさせなかった。
この『霸屡』と、何の意図があるのか分からない暗号名で呼ばせた、彼女の上司もとい社長と思わしきその人物は、トレードマークの四角黒縁眼鏡を右指でクイッと上げる。
暗闇でも映える純白の企業用ロングコートを身に纏い、液晶の燈から照らし出されたそれは、青年実業家ともとれる若さの風貌だが、気苦労からか流しストレートの白髪混じり。
――否、違う。
白髪に見えるそれは、一際異彩を放つ深い灰色。
恐ろしく切れの長いその瞳までもが、幸人『雫』とはまた異なる、毛髪と呼応する異彩色だった。
“花修院 春樹(かじゅういん はるき)”
近年急速に拡大し、一大IT企業へとその名を馳せた。
“クレイティル”
その創始者、弱冠28才の若き社長。
その脅威の頭脳とセンスは、IT文明の革命児とも云われ、世界にその名を轟かせた。
だがその裏は消去代行請負組織“狂座”管理部門所属。
コードネーム『霸屡』
位階級:管理部門統括、その人であった。
表には出る事は無い、現在の科学力では不可能な現象物の多数を開発。
更には電脳と異能を融合させた、近未来型ネットワークを確立させており、狂座の中枢を担っている。
これにより、人の心と電脳世界を繋いでいるが、その核となる感情は――
“憎悪”
その一点のみである。
************
「まさか人間以外で、感情値の臨界突破が起きるとはね……」
霸屡はつい今しがた承った依頼に、まだ信じられないでいる。
過去にこの様な事態は無かった。
“クライアントが人以外等と”
“――いや、犬も動物も皆すべからく、人と同じく全ての感情を持つ生物という事か?”
“これは貴重なデータですね……”
「この依頼、引き受けるエリミネーターはいるでしょうか?」
黙したまま思考している霸屡へ、彼女は問い掛けるが。
「まず無理でしょう。彼等は皆、自我が強い。琉月も今回ばかりは頭を痛めそうです……」
まず依頼成立は不可と即答。同僚への配慮も忘れない。
「まさか……破棄って事は無いですよね?」
「受理した以上、それは避けたい処です。狂座の沽券に関わる問題ですので……」
しかしクライアントが死亡している現状、依頼を破棄しても問題は無いかも知れない。
だが狂座項目、第三条十一項。
※依頼成立後はクライアントの生死有無に関わらず、確実に依頼を遂行せねばならない。
と定められている。更には第三条十二項。
※依頼失敗は許されない。その際は該当エリミネーターの生死有無に関わらず、引き継ぎ依頼を完遂せねばならない。
つまりは狂座の掟は絶対であり、依頼完遂率100%を誇る所以。
だがまだ受理の段階で成立では無い事。
破棄? 否、何としてもこの貴重なデータを取りたいと思っていた。
今後の為にも――
「あっ……!」
「霸屡様?」
何か心当たりが有るかの様に、不意に声を上げた霸屡へ彼女は問う。
「もしかしたら“彼”なら……」
その存在を。異質で在りながら、最高のエリミネーターが一人。
「請けるかも知れません。『雫』ならあるいは……」
その者の持つ名を、彼は思い浮かべ口に乗せていた。