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――旧校舎校長室内――
※闇の仲介所
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「そんな……嘘だろ? アイツが……」
ジュウベエも良く覚えていた。またからかってやりたいと思っていた。
そして勝ち伏せてやりたい。だがそれも叶う事は二度と無い。
「幸人っ!」
ジュウベエの震える声と瞳が、この依頼を引き請けろと訴えかけている。
それは弔い合戦。本来あるまじきそれは、もはや私怨だ。
第三条二十四項。
※依頼に私情を持ち込むべからず。
私情? 私怨? 関係無い。
このターゲットだけは、この世に生きていてはならない。生かしてはおけないと。
「……引き請けよう」
彼は迷いも無く、二つ返事に眼鏡を外す。
まだ依頼金も説明されていないが、聞くまでも無い、とでも言わんばかりに。
ジュウベエのそれは明らかに私情だが、幸人のそれは果たして。
無機質かつ、それでいて奥深い銀の眼から、それを伺い知る事は出来なかった。
「正気ですか? クライアントは畜生、しかも既に死亡していますが……」
これには流石の琉月も驚きを隠せない。
まさかこうまであっさり引き請けるとは、思ってはいなかったからだ。
最初から、この依頼は破棄する予定だった。
誰も引き請けないだろうと。事実何人ものエリミネーターが難色を示し、請けようとはしなかった。
考えれば当たり前だ。
ある意味犬のお使い、しかも報酬も有って無きに等しい。
引き請ける方がどうかしている。これは遊びでは無い。決して知られても、失敗も許されない危険な裏の仕事だ。
管理部門統括である霸屡は、この依頼に於ける特異なデータを欲しがってはいたが、請けるエリミネーターが居ないのでは、そもそもお話にならない。
いくら依頼をランクや報酬で選ばない、エリミネーターの中でも変人として有名な『雫』とはいえ、絶対に難色を示すはずだと思っていたからだ。
それがどうだろう?
「クライアントに種別の違いも、ましてや想いの違いも無い」
この銀色の彼は難色を示す処か、まるで人も犬も同等であるみたいに言っているのだ。
琉月は思い違いをしていた。
いくら依頼を金額で選ばないとはいえ、人である以上、必ず何処かしら利を求めているはず。
しかし彼に、そういう類いは一切感じられない。
「……今回の依頼金は、クライアントの御主人からの貯金箱の中身、計6084円となっておりますが……」
“そんなはずは無い”
この金額を見れば、多少は考えが揺らぐはず。
手元に入るのは僅か三千円少々。
これで人を殺すには、余りに割が合わな過ぎる。
琉月は依頼金額を提示し、期待を込めてその返答を待った。
彼女のその期待は、それでも“請ける”事なのか、やはり“断る”事なのか?
「……くどい。一度口に乗せた言葉を違えるつもりは無い」
即答。一切の迷いや揺らぎすらなかった。
「その金額に込められた想い……。その想いを形に変えて遂行するだけだ」
やはり利では動かなかった。
これまでのどのエリミネーターとも、彼は毛並みが違う事を琉月は改めて実感する。
「分かりました……。そして確かに承りました」
狂座最高位階、特等“SS”級にまで昇り詰めた彼だからこその、決して揺るがない信念。
これこそ本来在るべき、エリミネーターとしての姿。
もはやあれこれ駆引きは不要。琉月の成すべき事は、己の仕事を最後まで完遂する事。
「現時刻を以て、狂座はこの依頼をランク“特A”と認定致します」
彼女が高らかに宣言するそれは、依頼成立の狼煙。
“特A”
それは依頼総合度に於ける特級措置。
通常依頼ランクは、低い順にD→C→B→A→S→SSと区別されている。
勿論ランクが低い程、依頼金額や執行難度は低く、高くなる程上がっていく仕組みだ。
基本的に依頼ランクが低い程、位階の低いエリミネーターが請け、高ランクになるにつれ、位階の高いエリミネーターが請けるのが普通だが、ある程度は個人の自由。
これは己の名誉や命にも関わる問題なので、ここは慎重に吟味したい処。
特にランクS以上は国家レベル、はたまた世界レベルに関わる依頼なので、熟練のエリミネーターでもおいそれ手は出せない。
ちなみにS級エリミネーターが、同じランクSの依頼を“生還”したまま完遂出来る率は、当社値で30%弱。
つまりは無理をせず、身の丈に合った依頼を請けるのが一般的かつ、長生きの秘訣。
死んでしまえば全てが水泡と帰すのは、何処の業界でも一緒だ。
狂座執行部門位階、最高峰であるS級エリミネーターへ昇格するには、依頼完遂を重ねていくのみではなく、ある“最低条件”が必須課目と定められているが、それはまた別の話。
話を戻そう。
特級とは、どのランクにも位置しない依頼。
今回の件で言えば、依頼金額は最低にも関わらず、執行難度がやけに高い。
この依頼金額と執行難度が食い違った場合のみ、特例として特級措置が施される。
危険が高いうえ、実入りも少ない特級依頼を請ける奇特なエリミネーターは、そうそう居るものではないが、本部への評価上昇率は通常依頼より高いので、それなりに重宝されてはいる。
「ターゲットは法の下に保護されています。これを不自然無く消去するのは至難と思われますので――」
琉月の言うそれは、ターゲットが既に逮捕後だという事。
「くれぐれも間違い無きよう……」
それは他殺と思われても、一切のミスも許されない。
司法国家の厳重な網羅を潜り抜け、尚且つ自然死に見せ掛けなければならないからだ。
逮捕後のターゲット消去は限られた枠内や順序の為、非常に難度が高く、エリミネーターからは敬遠される依頼の一つ。
「問題無い。法の保護等、無意味。俺がルールなのだから」
だがそれでも尚、雫には僅かな怯懦さえ無かった。
余裕の顕れというよりは、確定事項ともいうべき何か。
「それもそうですね。失礼しました」
踵を返した雫へ向けて、非礼を詫びるかの様な琉月のその言葉。
侮っている訳では無い。他の者なら失敗も有り得るだろう。だが――
“彼に限って失敗は有り得ない”
彼女が詫びたそれは、絶対的な信用の証でもある。
何故『雫』が特等、SS級に位置するのか。
最高位階であるS級を差し置いて尚、特等とされたその訳を。
「――人を超えし者を更に超えた……」
何時の間にか琉月以外無人となったその室内で、彼女はその訳の一つを呟いていたが、他は誰も知るよしはなかった。